十話 てぃ!
タイトルをちょっち変更してみました。
ここは大陸西部に存在する大都市ウェストールだ。
「あら、シャロン。いらっしゃーい」
ルード、シャロン、そして私は腹ごしらえの為にとある食堂にやって来ていた。
ふむ。どうやらウェイトレスらしき女性とシャロンはそれなりに面識があるようだな。
屈託のない笑顔でシャロンはウェイトレスの女性に話し掛ける。
「マーサ、二人と一匹だけど大丈夫?」
シャロンが人数を告げる。
私としては匹扱いされるというのは甚だ不満ではあるが仕方あるまい。
ウェイトレスの女性は私の様子をじっと伺うとニッコリと笑顔を浮かべて口を開く。
「あら、カッコいいわね!
キチンと躾も出来ていそうだし良いわよ。
でも他のお客様に迷惑掛けたら責任はとって貰うからね!」
どうやらウェイトレスの女性の名はマーサというらしい。
ともするとやせ過ぎな印象のあるシャロンと比べると肉感的な体だ。
だが決して太っているといった雰囲気はない。
おっとりとした感じの何とも魅力的な女性だ。
ただ、私をペットか何かの様に見るのは勘弁して欲しい。
神獣だと見抜けとまでは言わない。
だが小型とはいえドラゴンを前にして彼女は平然とし過ぎではなかろうか。
「あら? そちらのお客さんは始めましてかしら?」
マーサがルードに気が付くと微笑みながら挨拶をして来る。
一目みるなり私達が初めて来た客だと言う事を見ぬとは。
流石は接客のプロといったところか。
「ああ、ルインザードだ。
フリーのハンターで何時までこの街に居るかは分からないが宜しく頼む」
「これは御丁寧に、私は一応このお店を経営しているマーサです。
こちらこそ宜しくお願いします。
今日は妙に街の様子が変でお客さんも少ないの。
だから沢山食べて行ってね」
マーサはニコニコと微笑む。
街の様子が変というという部分にシャロンがピクリと反応する。
ふむ。まぁ、昨日今日で五十名以上のハンターが死んでいるのだ。
その数はディミトリアス派に属する者の実に四分の一に相当するらしい。
この状況で街に何の変化も起きないのであればむしろその方が異常であると言えよう。
マーサは客が少ないと言ってはいるが客の入りはそう悪くない。
マーサ以外のウェイトレスは忙しそうに働いているし、マーサ自身もよく喋ってはいるものの見事としか言いようのない手際で仕事をこなしている。
客が少なくてこれなら多い時は一体どれほど忙しいのだろうか。
少なくとも戦う事しか出来ない私には接客が関係する職業は務まらないな。
『それでは適当に食事を頼むとしよう。
シャロン済まないが適当に見繕って注文してくれないか?』
「肉だ。肉も頼む」
「はいはい。分かりましたよ。
あと、ルード。私の友達をあまりイヤラシイ目で見ないでください」
ああ。シャロンもやはりルードの視線には気が付いていたか。
友人をイヤラシイ目で見られるのはさぞや不愉快だろう。
だがな、シャロン。
君は常にそういった目でルードに見られている事に気が付くべきだ。
注意されたルードと言えば気にした様子もない。
ジョッキに並々と注がれた酒を呷りながらウェイトレスやシャロン、他の女性客などに視線を這わせている。
ルードの視線を向ける割合がウェイトレスやシャロンが十だとするならば私に対しては一あるかないかといった程度なのが納得行かない。
様々な要因を加味するならばルードの奴は私だけを見て然るべきだと思うのだが。
「はーい。お待たせしましたー。ゆっくり召し上がって行ってね」
しばらくするとマーサは大量の料理を両手で抱えてやって来た。
これ程の量の料理をどうやって抱えていたんだ? と、思わなくもないがそこはプロのウェイトレスである彼女の成せる業なのだろう。
ふむ。出てきた料理は野菜や肉類のバランスが良い。
これは味の方も期待出来そうだ。
ルードは真っ先に肉類を手を出し、信じられない程のペースで胃袋に詰め込んでいく。
シャロンはルードの食べっぷりに呆気にとられて見とれてしまっている。
『シャロン。私達もさっさと食べる事にしようか。
このままではルードの奴に全て食べ尽くされかねない』
「そ、そうですね。でもルードの勢いだと確実に料理が足りなさそうです。
先に追加で料理を注文しておきましょう」
そう言うなりシャロンは友人であるマーサに追加を頼む。
ふむ。シャロンの気遣いは私にはない部分だ。
ハンターとしての戦闘力も悪くはない。
更には容姿も優れていると来ている。
これではルードでなくても男性には魅力的に見えるのだろうな。
私も多少は見習うべきだろうか。
そんな事に思考を割いている間に一つ問題が起きた。
マーサが取り分ける様の器を一つ床に置いていったのだ。
これはつまり犬猫のように食べろ、という事なのだろう。
屈辱だ。
相当長い事生きて来たつもりだったが、このような仕打ちは受けた事はない。
「イグニス? 食べないと本当に無くなっちゃいますよ?」
『ああ…… そうだな。私も頂くとしよう』
見ればシャロンは器用にナイフとフォークを使い上品に食べている。
手掴みしそうな勢いのルードとは凄い違いだな。
何だか色々と納得はいかないものはあるが気を取り直して私も食べるとしよう。
ほう。これは中々。
これならどこか暗い雰囲気が漂うこの街で、これ程の繁盛しているのも納得出来るし、ルードが一心不乱に貪りついているのも納得出来る。
というか、ルードよ。ナイフとフォーク位はキチンと使ってくれ。
一緒にいる私やシャロンが恥ずかしいではないか。
尋常ではない勢いで料理を平らげて行くルードにマーサ以外のウェイトレスも驚きの表情で見つめている。
いや、ウェイトレスだけではない。
周囲の客もルードに注目し始めてしまったようで店内の注目がルードに集まり始めた。
その時。
「おい! 何時まで待たせんだよ!」
ガラの悪そうな客の男が近くのウェイトレスに向かって怒鳴りだした。
慌てふためくウェイトレスを庇うかのようにマーサが取りなすべく間に入る。
どうやらルードの勢いが凄まじ過ぎて調理が間に合わなくなってきているらしい。
「申し訳ありません。急いで準備致ししますね」
その姿は態度の悪い客が相手でも決して怯む事もない。
これがプロの接客というものなのだろう。
だが、間の悪い事に丁度その時に私達のテーブルに追加の料理が来てしまったのだ。
苛立っていた男は当然それを見逃す筈もなかった。
「何であっちの料理ばかりが出て来るんだよ!」
男はこちらを指差し大声で怒鳴り散らす。
シャロンは少し困った様子を見せている。
友人に迷惑を掛けたように感じているのだろう。
それは厳密には正確ではない。
シャロンに異常な量の注文をする様に仕向けたのはルードなのだから。
この騒ぎの元凶とも言える筈のルードは男の事など全く気にした様子もなく相変わらず料理をかたっぱしから貪っている。
そんなルードの態度が気に入らなかったのだろう。
男はこちらのテーブルにまでやって来た。
「おい! 陰気な黒尽くめ野郎!
テメーの所為で料理がさっぱり出て来ねぇじゃねぇか!」
男はこちらを威嚇するように怒鳴る。
そんな男の様子に目も暮れずに貪り続けるルード。
しかしこの男の体捌きからして本格的な戦闘訓練をしている様には見えない。
さしずめ体力に自信がある肉体労働者といったところだろうか。
だが明らかにハンターという身なりの私達に絡んで来るとはこの男は命が惜しくはないのか?
戦闘の素人であるこの男ではシャロンにすら敵わないだろうに。
「無視するんじゃねぇ!
アイアンキングダムだからって何時も何時もデケエ態度取りやがって!
ぶっ殺すぞコラ!」
男はルードに向かって怒鳴り立てている。
どうやらアイアンキングダムのディミトリアス派に対する不満はウェストールの市民達にかなり深く根付いているようだな。
酒も相まって男はこんな大胆な行動に出てしまったというところか。
「お客様! 他のお客様の迷惑になるような事はお止め下さい!」
マーサが男に厳しい口調で注意をする。
その声色には男に対する恐怖心は感じられない。
だがその足元はかすかに震えている。
やはり内心では恐ろしいのだろう。
まだうら若き女性とは思えない程の胆力だ。
「ああ!? 何だと!?」
酒の所為もあって男は感情を制御出来ないのだろう。
他のウェイトレスを始めとした店側のスタッフは心配そうにうろたえるもののどうして良いのか分からないといった雰囲気だ。
それは男の連合い達も同様の様だ。
男は力任せにマーサの肩付近を突き飛ばそうと手を伸ばす。
しかしその手はマーサに届く事はなかった。
男の手の平をフォークが貫いたからだ。
「あ゛あ゛あ゛!? 手、俺の手がああああ!?」
そう悲鳴を上げた男は余りの激痛に喚きまくる。
私ならば貫くにしても骨と骨の隙間を通し貫くだけに留める。
だが男の手を貫いているフォークは骨と骨の間を通す等と言う気遣いは全くされていない。
恐らく数カ所は骨も砕けているだろう。
つまるところ犯人はルードだ。
「残念だったな。俺はアイアンキングダムなんかじゃない」
ルードは悲鳴を上げてのた打ち回る男の前に立ちはだかる。
男は無様な程に無防備を晒している。
既にルードの声も男に伝わっているのか疑問だ。
そんな男にルードは問答無用に拳を振るう。
数度に渡り店内に鈍い嫌な音が響き渡る。
場の雰囲気は完全にルードに掌握されたようだ。
誰一人として口を開かない。
気丈なシャロンやマーサですら動けない。
まるで店内の時間だけが凍りついてしまったかのようだ。
男が多少痙攣してる所を見ると、どうやら殺してはいないようだ。
私の教育の賜物だな。
出会ったばかりの頃だったならば、今頃は男の首を刎ね飛ばしていても可笑しくはなかっただろう。
ルードも大分成長したようで、私も少々感慨深い。
ルードが拳をもって語り合った、いや、一方的にルードのみが語ったと言うべきか。
とにかく相手の男の顔面は歪な程に腫れあがっていた。
ルードは徐に男の連合いの元へ男を放り投げた。
突如自力では立ち上がる事すら出来なくなった知人を投げつけられた者達は完全に硬直してしまっている。
大方攻撃の矛先を自分達の元から逸らす為に必死に頭を働かせているといったところか。
彼等が自力で助かりたかったのであれば最初に怒鳴り出した男がこちらのテーブルに来る前に逃げるべきだったのだ。
もはや彼らには自力で助かる方法は残っていないと言える。
「邪魔だ。持って帰れ」
「ひ!!!」
ルードの言葉に悲鳴を上げつつもその者達は男を引き摺るように抱えて店から飛び出して行く。
騒がしい男達が居なくなったと言っても、店内にはまだ多くの客や店員が存在している。
その者達の視線は明らかにルードに対する怯えが見てとれた。
昨日のシャロンも丁度彼等の様な表情をしていた。
だからと言って彼等に彼女と同様の行動を期待する事は出来ないだろう。
そんな時だ。
「てぃ!」
店内に妙に場違いな可愛らしい声が響き渡った。
声の主はシャロンだった。
シャロンが何をしたのかと言えば非常に単純な事だ。
ルードの正面に立ちルードの額にペチっとチョップを喰らわせたのだ。
勿論ルードにダメージはない。
通常ならばルードが喰らう事は有り得ない。
ならば何故受けてしまったのかと言えば、シャロンにルードに対する悪意が皆無だったからだろう。
予想外の奇襲にルードはキョトンとしていた。
「ルード。ちょっとやり過ぎですよ。
例え巻き込まれた側だったとしてもです!
お店や他のお客さんに迷惑を掛けて良い理由にはならないんですからね!」
ルードの額にチョップを喰らわせた態勢ままシャロンは言う。
「…… 悪い」
ほう。これは珍しい。
ルードが僅かだが狼狽えている。
ルードは反論を試みようとした様だが結局素直に謝った。
まぁ、あまり賢くはないので何も思いつけなかったのだろう。
「分かってくれたなら良かったです」
素直に謝ったルードにニッコリと笑うシャロン。
その笑顔に見惚れたのはルードだけではない。
その場にいた全ての者が見惚れてしまっていた。
勿論この私も見惚れた一人だった。
出会ってほんの僅かな時しか経っていないというのに彼女は凄まじい速度で成長している気がする。
もはや昨日とは精神面においては別人と言ってしまっても良いのかもしれない。
ふむ。ルードの中でシャロンの株が急上昇していそうな気がする。
いや、私の中でですらシャロンの評価は急上昇中なのだ。
単純なルードなら天井知らずの鰻登りと見ておいた方が良いだろう。
「はい! 辛気臭いのはここまでにしましょう!」
シャロンの意を酌んだマーサの声が店内に響き渡る。
その声を切っ掛けに重く凍りついた店内の時間は動き出したようだ。
そして私達も食事を堪能したのだった。