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九話 虐殺再び

 ここは大陸西部に存在する大都市ウェストールだ。

 そのウェストールの街の一角で人間同士による血みどろの戦闘が繰り広げられている。

 戦闘というのは正確ではないかも知れない。

 その実情はたった一人の男が大勢を相手にしても尚、一方的に蹂躙している。 

 勿論たった一人の男とはフリーのA級ハンター、血塗れの狂獣(ブラッディビースト)ルインザードことルードだ。

 私とシャロンは壁を背にする事で複数の相手に囲まれないように凌いでいる。


「おい! てめえら何やってんだ!」


 つい先ほどまでは自分達の勝利を確信し高圧的な態度をとっていたリーダー格の男が喚き散らす。

 馬鹿な男だ。

 この状況で多少喚いたところで何が変わるというのだ。

 これでは指揮官として自分は無能ですと言っているようなものだろうに。 

 

「てめえら阿呆か! 囲め!」


 ようやく多少ましな指示が出るが多勢に無勢な時点でその程度の事は想定済みだ。

 だからこそ私とシャロンは既に壁際に陣取っているのだ。

 そしてたった一人でディミトリアス派の連中を惨殺して回っているルード。

 何とか囲もうと近寄る者が尽く血の海に沈んでいく。

 襲撃者達も昨日ギルドで殺した者達よりは質は高そうだが、ルードと囲んでいる者達とではそれぞれが住んでいる速度が違い過ぎるのだ。


「囲む事すら出来ねえってなら死に物狂いで組み付け!

 組みついたところを諸共突き殺せ!

 命懸けで喰らい付け!」


 そう叫ぶ男の表情には鬼気迫る物がある。

 その叱咤を受けた連中の顔色も変わる。

 明らかに追いつめられている人間の表情だ。

 だが、こちらは奴等の都合など知った事ではない。

 何せ奴等は明らかにこちらを殺しに来ているのだ。

 相手に同情して手を抜く等と言う事はない。

 こちらの命も懸かっているのだ。

 まぁ、私は逃げ出す者を地の底まで追い詰めるような趣向は持ち合わせてはいない。

 むろん、相手が魔人であるならばそれなりに追い掛けてでも仕留めるが、相手が人であるならばそこまで必死に追いかける事はないだろう。

 つまり私は私から結構逃げる相手に関しては寛容と言っても良い。

 むしろ死ぬ事が分かっていながらも引く事が出来ずに半狂乱の表情でこちらに向かって来る連中には哀れさを感じてしまう位だ。

 だからと言って襲いかかって来る者に手心を加える等と言う事はしない。

 いや、半端に生きながらえたり長く苦しむ事がないようにに確実に屠っているのでそういう意味では手心は加えていると言えなくもないが。

 だが私の相棒たるルードは違う。

 戦闘中に敵対した者が逃げ出したのならば可能な限り殺す。

 家族を人質取られているような事情が相手にあったとしても、己に剣を向けて来るのであればやはり殺す様な気がする。

 更に付け加えるならばルードの場合は相手が苦しまないようにと配慮する事もほとんどなければ故意に苦しませたりする事も多々あったりする。

これだけを聞くとやはりルードは悪人なのではないのかと思う者もいるかも知れないが実はそうとも言い切れない事情もある。


 この時代において戦闘中に見逃がした相手に後年殺される等という話は掃いて捨てる程ありふれている。 とある貴族が政敵だった男の赤子を見逃したばかりに後に成長した少年に一族郎党皆殺しにされた等という逸話もある程だ。

 相手を故意に苦しませるというのは所謂見せしめの効果や情報を引き出す事を狙ったものだ。

 情報を引き出す為に苦しませると言う事に関しては特に説明も必要ないかも知れないが、拷問による苦痛によって知っている情報を洗い浚い吐かせるのだ。

 ようやく吐かせた情報が真っ赤な嘘情報でしたという事もあり得るのでただ痛めつければ良いというものでもないらしいが。


 もう一つの見せしめという事に関しては印象は悪いかも知れないが重要な事だ。

 ハンターという職業の者は魔人討伐の報奨金一本で生活している者は少ない。

 大抵の場合は副業をしているものなのだ。

 要人の護衛であったり、賞金稼ぎであったり、街に雇われて治安維持に努めていたりと、様々だ。

 実入りの良い仕事は競争率も高い。

 己の名が売れていれば良い仕事にも有りつき易いし、護衛や治安維持等の仕事に就いた後も迂闊にちょっかい掛けられにくくなる。

 そういった背景があり敵対した者を見せしめの為に殺す、或いは痛めつける。

 そうして自分の実力を周囲に知らしめる事によって少しでも己に降りかかってくるリスクを減らそうという訳なのだ。

 ただし、この方法は痛めつけた者かそれに近しい者に深い怨恨を抱かせてしまうかも知れないというリスクが生まれやすかったり、名のあるハンターを倒して名を上げようという者に狙われたりするという事もあるにはあるのだが。

 決してルード自身が楽しむ為に過剰に相手を痛めつけている訳ではない。

 ただ必要だとルード自身がそう判断したから行うだけだろう。

 そういった意味では今現在行われているディミトリアス派の報復も見せしめの一種といえる。

 十数名もの派閥の者が余所者に殺されて彼等もそのまま泣き寝入りする訳にはいかないのだ。

 何が何でも報復を実行しなければ甘い汁が吸えなくなるどころか今まで食い物にしてきた連中に自分達が報復されかねないのだ。

 妙に長々と語ってしまったが結局のところ何を言いたかったかと言えばこの時代の人類において異端なのはルードではなく私の方だと言う事だ。


 年老いる事のないこの肉体。

 体内に埋め込まれた各種の旧文明の遺産。

 神獣としての強大なまでの戦闘力。


 そして限りなく不死に近い程の生命力。


 要するに限りなく不死身に近い肉体があるからこそ私は多少敵対した相手であっても寛容になる事が出来るのだ。

 ルードはちょっと極端ではあるが異端という訳では断じてない。



 長々と私が語っている間に自らルードに攻めかかる者は居なくなった。

 それも当然だろう。

 何せルードへと向かって行った者の尽くが既に斬り捨てられて息絶えているのだから。

 捨て身で飛びかかろうとも誰一人としてルードの体に触れる事も出来ないのだ。

 ルードのその手にはグラッドから貸し与えられた剣が握られている。

 如何に人の肉体が魔人と比べて柔らかいとはいってもだ。

 フル装備した二十名近いハンターを斬れば普通は多少のガタが出てもおかしくはない筈だというのに、グラッドから貸し与えられた剣には特に異常は見受けられない。

 グラッドの職人としての実力はウェストールという一都市で治まる程度のものではなさそうだ。

 その実力は間違いなく世界でもトップクラスだろう。

 それ程の職人と面識を得る事が出来たというだけでもウェストールに来た価値があったかも知れない。


「お、女だ! バクストン派の女を捕まえろ!

 そっちのちっこいドラゴンでも良い!

 とにかく捕まえて人質にしろ!」


 リーダー格の男が叫んだ。

 その指示にその場にいた者達の大半が私に狙いを定めたようだ。


 ふむ。私を狙うのか。

 それもバクストン派のシャロンではなく私の方を。

 

 まぁ、それが無難なところか。

 

 だが、それには一つ問題がある。


 私の実力を加味していないという事だ。


 お前等如きがこの私を捕えるだと?



 神獣たるこの私を?


 


 不遜な。




 愚か者たちに思い知らせなければなるまい。




 私は無言で進み出る。



「イ、イグニス?」

『心配する事はない。今、終わらせる』


 私は体内に埋め込まれている旧文明の遺産の一つである可触ホログラフィを起動する。

 可触ホログラフィとは文字通り実体を持つホログラフィだ。

 既に失われてしまった過去の人類の遺産の一つ。

 この類の遺産は貴重な対魔人用の兵器にもなり一般的にはアーティファクトと呼ばれている。

 作りだすのは不可視の刃。

 インビジブルブレイドとでも言うべきか。

 それだけを言うと私は無造作に不可視の剣(インビジブルブレイド)を翼の羽ばたきと共に一閃する。

 これならば連中も翼が生み出した風の刃だと認識するだろう。

 神獣としての能力の全てを不可視の剣(インビジブルブレイド)に使用すればその刀身は軽く千㍍を超える。

 今は小型ドラゴンの姿で可触ホログラフィで作成しているので精々二十㍍程度が限界だが今はそれで充分だ。


「チッ馬鹿が!」

 

 私が不可視の剣(インビジブルブレイド)をなぎ払うとほぼ同時にルードは悪態を吐きながらも見事に回避して見せる。

 不可視とは言っても実体を持つ以上は回避する事も不可能ではないのだ。

 だが、私を捕えようと動き始めたディミトリアス派の者達は胸の辺りから上半身と下半身とに切断され崩れ落ちた。

 斬られた者達は崩れ落ちた後も一体何が起きたのかも分からずに茫然としていた。

 ようやく多少は状況を理解したのか何かを口走ろうとしたところで声は出ない。

 彼等は肺を切断されている。

 つまり声を出そうにも吐き出す息がないのだ。

 彼等は大量の血を吐き出しながらそのまま息絶える。

 ふむ。リーダー格の男も含めて三人も生き残ってしまったか。

 爪が甘かったか。

 

「ひ、ひいいい!」


 突然に仲間達が両断されたようにみえたのだろう。

 不可視の剣(インビジブルブレイド)の間合いの外にいた為に返って恐怖を味わう羽目になるとは哀れな者達だ。


 だが、うろたえ過ぎだ。

 そんなに隙だらけだとほら―――――


「が!?」

「ぐ?」

「ひふぃ?」


 ―――――死んだ。

 結局混乱した状態のまま背後からルードに斬られた。

 折角僅かばかり長らえた命だというのに勿体ない事だ。


『終わったようだな』


 私は言った。


「おい。イグニス。お前さっき俺ごとあいつ等を斬ろうとしなかったか?」


 ルードが怒鳴る。


『何の事だ?』

「惚けるのか!」

『惚けてなど居ない。

 確かにルードが避けなければルードごと斬ってしまっていたかも知れない。

 だが私は信じていたのだ。

 ルードならあの程度を避ける事など造作もないと』


 私の言葉に不満そうに舌打ちを一つ鳴らすルード。

 だが、ルードにそれ以上私を責める様子はない。

 私は信じていた。

 いや、確信していたのだ。

 ルードなら問題ないと。

 ルード、というか、A級以上のハンターというのはもはや人外の存在だと言っても過言ではない。

 そういった連中には単純に見えないというだけの攻撃はほとんど通用しない。

 現にルードは容易く回避してみせた。

 本当の意味でも人外である上級魔人にも大抵通じない。

 何せ奴等の生物としてのスペックは桁違いだ。

 単純に不可視の剣(インビジブルブレイド)程度の攻撃では傷を負わせられなかったり、回避さてしまという事も考えられる。例え傷を負わせる事が出来たとしても奴等自身に備わっている桁違いの治癒力は瞬く間に傷を治してしまうだろう。


 しかし昨日今日で随分な数のハンターを殺してしまった。

 五十名以上は殺したのではなかろうか。

 てっきりディミトリアスとやらも襲撃に加わって来るかと思っていたが奴は思った以上に慎重であるらしい。

 ひょっとしたらただ臆病であるだけかも知れないが。

 まぁ、この場に居ない相手の事を考えても仕方あるまい。

 

『さて、それでは中断してしまったショッピングを再開するとしようか……?』

 

 そう言う私の視線の先には昨日程ではないが引きつった表情で硬直するシャロンの姿があった。

 ふむ。昨日よりも派手に暴れたというのに昨日よりも動揺が少ないな。

 中々大した適応力だ。


「やっぱりルードとのコンビ組んでいるだけはありますね。

 こんな大規模な襲撃を受けたのにその動じなさや容赦のなさ、イグニスも大概ですよ」


 密かに感心する私を尻目にシャロンは血の気の失せた表情で呟いた。

 それでも吐いたりせずに踏みとどまった精神力は本当に大した物だ。

 そんなシャロンに止めを刺す男がいた。


「シャロン。腹が空いたんだがどこか良い店はないのか?

 出来れば肉の美味い店が良いな」


 こら馬鹿ルード。

 流石にこのタイミングでそれはないだろう。

 本当に空気を読まない男で困る。

 どうやらルードの一言が決め手となったらしい。

 シャロンは慌てて路地裏の方へと掛け込んでいく。

 他人である私達に吐くところを見られたくないようだ。

 年頃の少女でもシャロンはその辺はやはり気になるらしい。

 だがシャロンよ。

 年頃の少女である君には非常に申し訳ないが、私とルードは凄まじく耳が良い。

 そこらの物陰に隠れたところで大した意味はなさないだろう。

 音に依ってシャロンが嘔吐する様子が臨場感たっぷりに伝わってきている。

 幸い周囲には新手は居ないようだ。

 やれやれ。 

 ここは一つ彼女が落ちつくまで待つ事にするとしようか。

 

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