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第9話

‡第九話‡



次の朝――



「イーナちゃーん♪ 朝でっすよぉぉぉおっ!!」


「?!」


夢も見ないほどぐっすり寝ていたイーナの耳を、やたら元気な声がつんざいた。おまけに、何やら圧迫感が……


「……何してるんだ?」


「いえ、楽しいかなぁと……」


冷ややかなイーナの声に、ワコジーはしぶしぶイーナの腹に乗っけていたあごを戻した。


とりあえず今日は、アタックあるのみだ。何でもいいから楽しいことをして、イーナを笑わせなければ――そのために、今朝は自らマヤヌを呪う言葉を口にしたのだ。おかげで、口調はすっかり昨日と同じ、乙女チックだ。



「もう! お寝坊さんなんだから!! 今朝はユリシーが腕によりをかけて、海藻サンドを作ったのよ♪」


「ほら、これはあんたの分だよ! たんと食いな!!」


ユリシーが両鋏で巨大な皿を運んでくる。


「あ、ああ……」


「兄ちゃん、これおいしいよ!」


目立たないように巻かれたイーナの包帯に気付かないふりをして、ヴィータが笑顔ですすめる。


おそるおそる海藻サンドに口をつけるイーナ……


「……おいしい」


「まじか?! ありがとな!!」


(うまいくらいじゃ笑わねえのか……)


もくもくと海藻サンドを食べるイーナを見て、ワコジーは密かに溜め息をついた。




「ねえねえ兄ちゃん! わこじーさんとゆりしーさんに、この近くを案内してあげようよ♪」


朝食を食べおわったあと、ヴィータが突然提案した。


「え、良いのか?!」


「……それもそうだな。じゃあ、ちょっと出かけるか」


「やったぁ!!」


ユリシーとともににこにこと笑うヴィータ。彼に聞こえないよう、ワコジーは声をひそめてイーナに尋ねた。


「いいの? 怪我だってまだ……それに、顔見られたら……」


「ああ。怪我のことなら心配いらない。それに、任務の時は仮面を付けているから、そのへんは気にするな」


相変わらず無表情にそうつぶやくと、イーナは衣装箱の中から2人分の赤チェックをとりだし、ヴィータに着せてから自分もそれに身を包んだ。


「赤も、似合うわね。」


「そうか? さ、行くぞ。」




その日は、ワコジーの人生で一番になるくらい、楽しい日だった。


イーナを笑わせるべくユリシーと漫才的会話を繰り広げながら、兄弟とともにシャマイ村の公園や市場をあちこち見てまわったのだ。


初めて見るものがいっぱいで、ヴィータや、ときどきイーナに説明をしてもらいながら、ワコジーは目を輝かせた。



「はぁ……楽しかった……」


ヴィータにプレゼントしてもらったシャマイ人形を手に、ワコジーは満足気にため息をついた。


しかし、ふと夕暮れの空を見てはっとする。


(もうあと一日しかねえんだな……でも結局、今日も笑わせれなかった)


前を歩くイーナの背をぼんやりと眺める。すれ違う人たちが皆振り返っているのは、その、氷の天使のごとき美貌のせいだろう。



「……ねえユリシー、どうしたら……あら?」



ヴィータの肩の上に乗っている教育係に話し掛けようとして、ワコジーは、後ろを歩いていたはずのヴィータがいなくなっていることに気付いた。



「ねえイーナ! ヴィータとユリシーがいないわ!!」


「何っ?!」


「迷子になったのかも……探しましょう!!」






その後、すっかり日が暮れてからも村中を捜し回ったが、結局ヴィータとユリシーは見つからず、ワコジーとイーナはいったん家に戻った。


「……わりぃ……俺がもっと注意してれば……」


いつのまにか元に戻った口調で、ワコジーが謝罪した。


「いや、お前のせいじゃない……俺のせいだ」



暗殺者ともあろうものが、周囲に気を配るのを忘れてしまうなんて……


だが、それほどに、今日は浮かれていたのだ。あんな気分になったのは初めてで、正直まわりに気を配るどころではなかった。


「く……ヴィータ……」



後悔に唇を噛み締めながら、家に近づく――


「おい、イーナ、家の前に誰かいるぞ?」


「え?」


ワコジーの声に顔を上げたイーナの目に飛び込んできた男……長いドレッドヘアが頭の上で巨大な皿状に渦を巻く、その奇抜な髪型の男は……


「……に、ニアン様?!」



ニアン――齢30にして黒派をまとめる最恐の暗殺者は、イーナの姿を認めると、血相を変えて駆け寄ってきた。


「大変じゃ大変じゃ!! ヴィータが赤派にさらわれて族長のもとに拘留されておるのじゃーー!!!!」


「なっ……何故です?!」


まさか生け贄にでも捧げる気か――イーナの全身から血の気が引く。


「そなたには前に話したじゃろー。ヴィータにはとてつもない能力が眠っておる……おそらく奴らはそれに目をつけたのでおじゃるー…」


「そんな……」


「そこでじゃ。準備を整えて、明日の夕刻に族長の屋敷を急襲するでごじゃるー。そこでヴィータを奪還して、赤派の連中も殺すでごじゃるー」


「ほ、本当ですか?!」


「そなたの弟を見捨てるわけなかろ。しかも暗殺にはよい機会じゃ。――それでは、明日の夕刻にな」



そう言うと、ニアンは空高く跳躍して、消えた。



「……なあイーナ、よくわかんねえが、俺も一緒に行かせてもらうからな!!」


それまで口を閉じていたワコジーは、何か考えている様子のイーナの肩をつかんだ。


「でもお前、戦えるのか? 最近やっと歩けるようになったのに?」


「う……俺だってやりゃあできんだよ! ヴィータには世話になったし!! それにユリシーまで連れ去られちまったからな、ひからびる前に取り返さなきゃだし!!」


それに明日は期限の日でもある。同行すれば、なんやかんや笑わせることができるかもしれない。



「……わかった。ただし、足手纏いになるようだったらおいてくからな」


「おぅ、まかしとけ!!」



明日が最後のチャンス――狙い目は、兄弟が感動の再会を果たした瞬間だ。



[続く]

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