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第6話

‡第六話‡



盛大に震える足をなんとか動かし周囲を探索した結果、赤いチェックの布切れを見つけたワコジー。とりあえずそれを適当に体に巻き付ける。



「どうだユリシー、似合うか?」


足をガクガクさせながらくるりと一回転。人間としての晴れ姿を教育係に見せ付ける。



「……ワコジー……」



しかしユリシーは、その描いたように細い眉をしかめた。



「なあ、ワコジー……やっぱやめようぜ……今から戻ればご両親にも知られずにもとに戻れる! なぁ、きっと惨めな人生を送ることになるよ、だから……」



「だっぁーもう! ここまで来て引き下がれるかよ!! 絶対ヤだ! なぁ、ユリシー……わかってくれよ……」



ワコジーはユリシーを拾いあげると、うるうる攻撃にでた。幼少の頃から自分を見てきたユリシーは、なんだかんだ言って自分に甘い。



「……うぅ、そんな目でみんなよ……あーもう!! 分かったよチクショー! アタイもイーナを探すの手伝うよ!!」



「まじ?! やったぁぁっ♪ 愛してるぜユリシー!!」



「やめろ気色わりい!!」



やっとユリシーも踏ん切りがついたその時。




「きゃはは! 兄ちゃーん、こっちこっちー!!」




「「…あの声!!」」




聞き覚えのある幼い声とともに、小さな人影が物凄いスピードで砂浜を駆けてくる。



「きゃはは! きゃはははぶゎ!!」



「どわぁっ!!」



走ってきた子供は、前を見ていなかったのか、ワコジーに思いっきりぶつかった。足元の安定しないワコジーは、派手にコケてしまう。



「ってえ……!」



「ご、ごめんなさい!!」



慌てて謝る子供――そして。



「こら、ヴィータ。走ったら危ないだろ、何し……て……?」



「あ……!!」



ヴィータ、と呼ばれた子供を追って姿を現したのは、なんとイーナだったのだ。



「……ラッキー……!」



「お前、大丈夫か?」



鈴を転がしたように心地よいにも関わらず妙に平板な声でそう言うと、あまりの偶然に固まってしまったワコジーにイーナが駆け寄り隣に屈みこんだ。目の前でさらさらと揺れる髪から、太陽の匂いがする。



「ごめん。これ、俺の弟のヴィータだ。弟の非礼は兄の責任、謝っておくよ」



その歳にあわない語り口にとまどいながらも、ワコジーは繁々とイーナの眩しい美貌を眺め回した。


「……本物だ……綺麗……イーナ……」



しかし、ワコジーが彼の名を口にした瞬間、イーナのまわりに強烈な殺気が巻き起こる。気が付けば、胸元に短槍を突き付けられていた。



「兄ちゃん!!」



「ワコジー!!!」



「……お前、どうして俺の名を知ってる? まさかお前、赤派の密偵か?!」



「ぎゃぁぁぁっ!!!! ちょっ、待てよ! 赤派って何のことだよ! よく見ろ俺を!! 見覚えねえか?!」



必死の形相で身を捩るワコジーに、イーナが視線を走らせる……


「……お……お前、その睫毛!!」



その視線がワコジーの長い睫毛に及んだ瞬間、イーナは何かを悟ったように息をのんだ。



「じゃあ、まさかお前、俺の事を……?!」



「そっ! 溺れそうになってるお前を岸まで運んでやったんだぜ♪」



ワコジーは自信満々にそう言い放つと、にぃーっと笑った。相手もつられて笑うかと思ったのだ。だが……



「お前、どうして海ん中で泳いでたんだ?」



会心のスマイルはあっさりと無視され、イーナは笑うどころか訝しげな表情を浮かべる。



「(ちっ……)んなもん決まってんだろ! 俺、マーメイドだから。」







暫し流れる、居心地の悪い沈黙。




「……わぁ、人魚! すごいね♪」



ヴィータの声がなんだか虚ろに響く。



「あんだよ、信じねぇのか?!」


「お前、相当ひどい目にでもあったのか? 人魚はそもそも伝説上の生きものだし、仮に実在してたとしても……お前みたいのではないだろ」



淡々と言い切るイーナ。



「なっ、てめえこの鉄仮面! そりゃワコジーはちっとも綺麗でもなんでもねえが、一応! 一応人魚なんだぜ?!」



「か、カニが喋った?!」



しかし、鋏を打ち鳴らして出しゃばるユリシーを見て、その感情の起伏のない顔に微かな驚きが浮かんだ。



「あんだよ、人蟹も知らねえのか?!」



そんなイーナの様子を見て、ワコジーは呆れたように説明をはじめた。



「あんなあ、俺は人魚の国の皇太子で、お前ら人間に憧れて人間にしてもらったの!!」



「……本気で言ってるのか?」



「あたりめえだろ!! 海の魔女に頼んで変えてもらったんだよ! んでその魔女が」



「だ、だめだワコジー!! それ以上言ったら……!!」



契約書に書かれていた例の一文―目のいいユリシーにはしっかり見えていたのだ。血相を変えてワコジーの口を塞ごうとする……



「?!」



しかし時すでに遅し……たちまちのうちに、ワコジーの体が光に包まれる……


「ばばばばバッキャロォォ!!!! あ の 事とか魔女の事を口にしたら、さらに大事なもんを奪うって書いてあったの忘れたのか……?!」



「はぁっ? そんなのしらないわよ! ……えぇぇぇ?!?!」



少なくとも見た目的には、何か大切なものを失った形跡はない。しかし……



(あれ……今俺、知らねえよって言ったはずなのに……)



「おいお前、いったい今のは何だ?!」



「俺が聞きたいわよ!! ……て……えぇぇぇぇぇ?!」



なんと、自分では普通に喋っているつもりなのに、声も普通なのに、その語り口はまるで乙女になってしまったのだ!!



「おぃ!! 気色悪い喋り方すんじゃねーよ!! ……て、ま、まさか?!」



『ふふふ……君の大事なもの、“男らしさ”は預かっておきますよ。ああ、心配は無用です。今日一晩でちゃんと反省できたら、明日には返してあげます』



「いゃぁあっ!!」



ワコジーの脳内でマヤヌの腹黒い声が響き、思わず頭を抱えて叫んでしまう。



「人魚さん、だいじょうぶ?!」


「ちょっ、ワコジー?!」



心配気によってくるヴィータとユリシー。



一方イーナは、それとは対照的に、怒ったり叫んだり乙女になったりと挙動不審なワコジーをどこか哀れむような目付きで眺めていたが、ため息一つ、ワコジーに手を差し伸べた。



「……まぁ、お前は一応命の恩人だ。落ち着くまで、寝るところくらいは提供してあげる」



「ほんと? ありがとう!! やったわね、ユリシー!!」



「……まぁ、とりあえずはな……つーかお前、まじきめえ……」



「じゃあ、一緒におうちにかえろうよ、わこじーさん!」



こうしてワコジーは、とりあえずイーナに接近することに成功した。



さっそく立ち上がるワコジー。しかし、やはりふらついてしまい、乙女な悲鳴をあげてしまう。



「きゃっ!」



「……」



イーナが無言で肩を貸してくれたのが、この上なく恥ずかしかった。



(……くっ……男のプライドが……)




[続く]

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