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第5話

‡第五話‡



「な……あんたは……」



ワコジーが泣き腫らした目をあげると、頭上に、いた――くらげが。



「ちょっ……なんだいアンタくらげの分際で! この方がワコジー皇太子殿下と知って」



「知っていますよ。だからこそ声をかけたのです」



くらげ、と言うよりくらげの着ぐるみのようなものを着た女は、唯一覗く両目を妖しく光らせた。



「私の名はマヤヌ。ニルフォン海でも指折りの魔女、とでも言っておきましょう」



「マヤヌ……? おい、ユリシー、聞いたことあるか?」



「き、聞いたことあるよ……かつて地上最強と言われたアサッテカ帝国をニルフォン海に沈めたらしい……でも、悪い噂しか聞かねえから、皇帝はこの国に立ち入ることを禁じたんだ」



そんな物騒な魔女が、自分に何の用なのか……



「力になるって……どーゆーことだよ」



さっそくマヤヌを睨み付けるワコジー。しかしマヤヌの視線が思ったより恐くて一秒で断念。



「君、人間になりたいんでしょう? だから私が君を人間にしてあげようというわけです」



それに気付いていないのか、マヤヌは突然、突拍子もないことを言いだした。



「え……そ、そんなことできんのかよ? まじで?!



「ワコジー!!」



しかし、期待に目を輝かせるワコジーをユリシーが怒鳴り付ける。



「こんな魔女の言うことなんか信用するな! それに」



「じゃあ、またお父様にでもお母様にでも言い付けたらどうだ?!」



しかしワコジーは本気のようだ。不敵に目を細めるマヤヌに向き直って問い質す。



「今すぐなれんのか? だったらその話、のるぜ!!」



「もちろん、お望みなら今すぐ術はかけれます」



「貴様! ワコジーに何をする気……ぐはぁっ!!」



ユリシーがはさみを向けた瞬間、マヤヌは驚異のスピードでくらげ足をのばし、ユリシーを岩棚に押さえ付けた。



「ユリシー!」



「黙りなさい。話は終わってませんよ」



「「……はい」」




「ですが、術をかけるにあたっては、それ相応の代価が必要です。いくら私でも、無償でと言うわけにはいきませんからね」



完全に恐怖でこの場を支配したマヤヌは、さもいい人そうな口振りでさらりとそう告げた。



「金か? 金ならくさるほどあるから好きなだけやるよ」



しかしマヤヌは首を振った。



「まったく、これだから金持ちのぼんくらボンボンは……金じゃありません。私が欲しいもの、それは……君の命中率です」



「な……!!」



ワコジーの自分的な最大の魅力は、その類い稀な命中率だった。それを売り渡すと言うことは、チャームポイントを失うことに等しい。



「でも……それで人間になれるんなら……」



「やめろワコジー! おまえから命中率を取ったら何が残るんだいや残らない! 命中率はお前、お前は命中率だろうがぁぁ!!」



ユリシーの超必死の叫びもむなしく、ワコジーはノリノリだ。



「わかった。命中率ぐらいくれてやるぜ! これから地上で暮らせるなら……」



「ああそうそう。期限は三日間ですから」



さらに腹黒い笑みを浮かべるマヤヌ。



「はぁっ? 三日間?!」



「そうです。でも、その三日間のうちに君が、イーナ君を本気で笑わせる事ができたなら、君はずっと人間でいられます。ですが、もしできなかったら……ふふふ……」



「な……ケチくせえな! んなもん」



「おや、私に楯突くんですか? ……ふむ、まあ、日をのばす方法もありますがね」



「まじか?! どうすりゃいい?!」



「口付けです。君がイーナ君と一度口付けすれば、一日だけ期限を延ばすことができます」



「なっ……た、確かに可愛かった、けど、男だぜ?! で、できるわけねえだろ!!」



「当たり前です。もしそんなことをしたら、君、どうなるか知りませんよ?」



いったいどうなるのか――しかしあえてそこは聞かないことにした。



「……いいぜ……そんなもん簡単じゃねえか!」



「おぃぃっ!! 何考えてんだよワコジー!」



「よろしい。ではこの契約書にサインをしてください」



「よっしゃ♪」



期待に胸踊らせて契約書にサインするワコジー。



だから、彼は気が付かなかった。



契約書のすみっこに書かれていた言葉に。




『マヤヌの悪口、あるいはこの取引について一秒でも口にしたら、君のさらに大事なものを奪います』




「よし、書いたぜ♪」



「ふむ。ではワコジー君、両手を出してください」



「お、おう?」



言われたとおりに両手を差し出すワコジー。すると……



突如マヤヌのまわりで暗黒の海流が起きはじめた!



「な……ひぃっ!!」



あっけに取られるワコジーの両手を、マヤヌのくらげ足がぎっちりしめつけた。しかも、締め付けられた部分から何かがでていく感覚がする――



「海に沈みし古の宝冠よその輝きもて呼べ紅き女王ナリシア!!!!」



「っ――!!!!」



一瞬体中を激しい痛みが駆け巡り、思わず目を瞑る。声にならない叫びが漏れた……




「……ん?!」



急に辺りが静かになった。



ワコジーが恐る恐る目をあけると……



「ごぱぷぴっ!(足!!)」



しかし人間になったため、息ができない!!



「ワコジー?! ちっ…!!」



実は怪力なユリシーは、鋏でワコジーの髪を鷲掴みにすると、その年のわりに長い体を思いっきり海の上へとひっぱりあげていった……。



「ぐゎぱごぺごぷるっ!!(はげるっ!!)」




「ふふふ……これであの兄弟は……」







「ぷはぁーっ!!」



なんとか息を止め続けたワコジーは、海から顔を出すと盛大に息をはき出した。



「あ゛ー苦しかった……」



浅瀬に座り込み、呼吸を整える。そして……



「わぁ……」



恐る恐る、水の中から足をあげる。指を動かしてみると、少しくすぐったい感触がする。



「あ゛ぁ゛……なんてこった……紛れもねえ、人間の足だ……つかワコジー!!」



ワコジーに生えた足を、この世の終わりのような顔で眺めていたユリシー。しかし、ワコジーがおもむろに立ち上がると、その声がさらに悲鳴じみた。



「とりあえず何か着ろぉっ!!」



[続く]

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