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第3話

‡第三話‡




「だぁーっ! まじ疲れたしっ!!」



突然海に落下してきたにんげんを運ぶのに、予想外にてこずってしまった。



おかげで、ワコジーがにんげんとともに陸に辿り着いたときには、もう太陽が顔を出していた。



「はぁーっ……」



意識のないにんげんの体を砂浜に横たえ、疲労のため息をつく。



「やっべぇな……今頃ぜってぇバレてるよな……」



「ったく、ヘタな嘘の一つでも付けないもんかねぇ」



「いや、お父様はともかく、お母様にバレたら殺されるから……て、ぉわぁあっ?!?!」



いきなり割り込んできた声にワコジーが目をあげると、砂浜に一匹の蟹――もとい教育係の人蟹が、こちらを睨んで座っていた。



「てめっ……ユリシー! いつからそこに?!」



「ついさっき来たんだよこのボケ人魚っ!!」



ユリシーは、その特大の鋏をがしょんがしょん鳴らした。



「ったく夜中にいなくなったと思ったら、人間を助けてただぁ?! 陛下がブチ切れてたよ! しかも皇后様に知られたら……」



「げ、お父様が?! ……っつかそれより! なぁユリシー、こいつ生きてんのか?」



しばし両親の事を忘れることにしたワコジー。ぐったりと横たわるにんげんに目を移す。



「はぁ? そんな人間なんかどーでもいいだろうが!」



「よくねえよ! ほっといたら死んじまうだろが!!」



ワコジーはそう言うと、改めてにんげんの方を見やった。



「あ! こいつ、息してる! なぁんだ、生きてんじゃねぇか!!」



「ワコジー……」



嬉しそうに叫び、にんげんの顔を覗きこむワコジーとは反対に、ユリシーはげんなりした声で呟いた。



「ったく……どうなったってしらねーからねアタイは……」



しかし、そんな教育係の不敬な発言を意にも介さず、皇太子は‘にんげん’の観察を試み、




「……わ……」




改めて日のもとで見たにんげんの顔に、ワコジーは息を飲んだ。



「女の子……か……?」




意識を失い横になるにんげんは、美しかった。




顎のラインで切りそろえられた漆黒の髪は、海水を吸って艶めき、陽光に輝いている。



子供らしい輪郭の顔はきめ細かい薄褐色の肌を持ち、弦月の如き弧を描いた眉の下、長い睫毛を伏せた瞳は、すばらしく大きいのだろうと用意に想像がつく。



高い鼻梁の下で浅く開いた薄い唇は、ワコジーがいつか

「絵」で見た野の花のように瑞々しく色付いていた。




「……綺麗、だな……」



静かな声を出し、無駄に長い指をにんげんの顔に這わせるワコジー。



「でも、すっげー細い……」



にんげんの腕や足は、たやすく折れてしまいそうなほどたおやかで、細い。



その手を取ってしげしげと眺めはじめるワコジーに、ユリシーがいらついた声を投げ掛けた。



「おいワコジー! 馬鹿なことやってんじゃないよ!!」



すると、にんげんが微かな呻き声をあげて身じろぎした。



「お、この子、起きるんじゃね?!」



何を質問しようかと、ワコジーが腰の貝殻メモに手を伸ばしたその時――




「兄ちゃーん!!」




「まずい! 誰か来るよ!!」



舌足らずな声とともに、小さな人影が近づいてくる。



「ワコジー、逃げなきゃ! アタイらは人間にみられちゃいけねえんだ!」



「でもガキだぜ?! 折角のチャンスなのに……つかこの子、男?!」



名残惜しそうにもたもたするワコジーを、ユリシーが一喝した。



「バッキャロー! ガキだろーが何だろーが、掟は掟なの!! 尾ひれちょんぎるぞ?!」



「わ、わぁーったよ!」




人影が砂浜に現れると同時に、間一髪でワコジーとユリシーは海に潜り込んだ――






「兄ちゃん! イーナ兄ちゃん!」



「……うぅ……ヴィータ……?」



何やら自分を呼ぶ幼い声に、イーナは重たい体を起こした。



「兄ちゃん、だいじょうぶ?!」



イーナのたった一人の家族である弟・ヴィータが、今にも泣きだしそうな顔をして自分を覗き込んでいる。



「……あぁ、大丈夫だ……」



物心ついてからずっと暗殺者として育ってきたイーナは、恐ろしく感情が乏しい。



だが、ヴィータを安心させるため、顔中の筋肉を総動員してなんとか笑顔を拵えた(しかしどう見ても顔面神経痛の発作に見える)。


「どこに行ってたの? 僕しんぱいしたんだよ?」



「お前は気にしなくていいんだよ……なぁ、それより、さっき誰かここにいなかったか?」



声が冷たすぎないように細心の注意を払いつつ、イーナは弟に尋ねた。



「……ふぇ? 誰もいないよ……?」



しかしヴィータはきょとんとするばかりだ。



(じゃあ、気のせい……だったのかな? でも、確かに……なんかやたら睫毛の長いやつがいたような……)



「兄ちゃん? どうしたの? おうちに帰ろうよ!」



ヴィータの無邪気な声に我に帰る。



「あ、いや、何でもない。帰ろう」



きっと、夢でも見ていたんだ……そう自分を納得させると、イーナはヴィータとともに、ふらつく足取りで家路についた――




「イーナ、か……」



その背後の岩影で、貝殻にメモを書き付ける人魚には気付かずに。



[続く]

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