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最終話

‡最終話‡



「な……ヴィータじゃない?!」


ジンと呼ばれた男は、ワヒロシーのそばに歩み寄った。


「久しぶりだな、ワヒロシー」


「てめぇ……どの面下げて俺に話し掛けられる?!」


「こいつ、お父様の知り合いなのか?」


「ああ……こいつは俺の親友……だった。俺を裏切って人間になるまではなっ!!」


「え?! じゃあ、この人…マーメイド?!」


ジンは、眼鏡の位置を中指で直しながら、ワコジーを見た。


「お前さん、ワヒロシーの末息子、だったか。なんでこんなとこにいるんだ?」


「そ、それは……」


口籠もるワコジーを一瞥すると、ジンはイーナに向き直った。



「まずはお前さんに感謝せねばなぁ」


「え?」


「お前さんのおかげで、黒派のリーダーを倒すことができた……礼を言いますよ」


ぺこりとお辞儀をするジン。



「ど、どう言うこと……?」


「実はこれ全部、オギーの計画だったんだ。お前さんが黒派だってことはわれてたから、その弟を連れ去れば必ず助けにくる。そして、弟の力を狙っていたニアンも……奴らを炙り出すためとはいえ、お前さんには大変な思いをさせちまったなぁ……すまん」



ジンの説明に、イーナもワコジーも言葉を失う。


「じゃあ、ヴィータは……」


「弟さんなら、族長と宰相がちゃんと保護してるから、心配いらんよ。俺はもしもの事があったときのために、魔法で弟さんに変身してたんだ」


「ごめんよイーナ……アタイもその事は聞かされてたんだけど、口止めされて」


ユリシーがすまなさそうに言う。



「そうか……良かった……」


張り詰めていた緊張の糸が切れ、イーナはその場に座り込んだ。


ヴィータが無事だったのは良かったが、これで自分達には行き場がなくなってしまった……




「……なんかよくわかんねえが、これで一見落着か?ならワコジー、帰るぞ」


「……」


「え……? 帰るって?」


ワヒロシーの言葉に、思わずイーナは立ち上がった。


「お前……人間になったんじゃなかったのか?!」


「実は……」


ワコジーは、今までの事をすべて話した。三日以内にイーナを笑わせなければマヤヌに何かされること、先程のキスは、なんとか期限をのばすための方法だったこと――



「おまっ……あのマヤヌと……なんてことしたんだ!!」


ワコジーの説明を聞き終え、ワヒロシーが呟く。



「お父様、イーナ……黙ってて、悪かった。でも……」


この三日間の楽しかった思い出が、頭をよぎる……


「俺、帰んなきゃ……イーナ、色々ありがとな。ヴィータにもよろしく」


ワコジーはことさらぶっきらぼうにそう言うと、父のもとに歩み寄ろうとし……



「ワコジー!!」


「?!」


いきなりイーナが駆け寄ってきた。自分より背の高いワコジーの首にしがみつき、そして、



「!!!!」


唇に柔らかい感触がして、一瞬で離れていった。


「おまっ……」


「? お前が教えてくれたんじゃないか、これは感謝や好意を伝える挨拶なんだろ?」


真面目な顔で言われ、思わず頷いてしまう。


「……あんたには本当に感謝してる……だから……なぁ、行くなよ……俺にこんなに仲良くしてくれたの、お前が初めてだったんだ……すごく……嬉しかった……」


イーナの頬を涙が伝っているのを見て、ワコジーは驚いた。それは、暗殺者として抑圧されてきた彼の感情が、初めて表に出た瞬間で、


――とても、とても、きれいだった。


「なぁ、『きす』すれば、それだけ人間でいられるんだろ?! 俺、笑顔の練習するから‥…だからまた、昨日までみたいに……ヴィータと俺と、一緒にいてくれよ……俺たちだけじゃ、これからどうしていいか……」



「い……イーナ……」



父とその友人が見ている前でキスされ、さらにそんな事まで言われてしまい、ワコジーは大いに焦った。



もちろんイーナは、自分が説明した挨拶の意味でキスをしたのだが、事情を知らない父やジンはどう思うか……


おまけに、イーナの泣き顔を見たこの胸は、物凄く高鳴っている。

男、なのに。


(か、わ、いい……?)




「……ワヒロシー、見ろ」


モジモジするワコジーに代わり、ジンが口を開く。


「これが人間だ……友人を想う気持ちに、人間も人魚も違いはない」


「……」


いつの間にか空にあらわれた月が、皇帝の厳しい顔を照らす……


「だが……」


「なぁ、いいじゃねえか陛下、あんなに、なんつーの? 仲がいーんだ、許してやれよ」


あえて無難な表現を選んだユリシー。


「……一つ、問題がある」


「なんすか?」


ワヒロシーは、バツの悪そうな顔で頭をかいた。


「大事な末息子がいなくなると、淋しくなる」


「!!」


「……まっ、しょうがねえか」


ワヒロシーは苦笑すると、あの例のフォーク的なものをワコジーに向けた。


「足生えてもいんじゃね?」



すると――



「?!」


ワコジーの足が青く輝きだし、そして……



「さぁ、それでお前はもう人間だ」


ワヒロシーが優しく微笑む。



「ま、まじでか‥…!! やったああっ!! イーナ、やったぜ!!」


「じ、じゃぁ、これからずっと人間でいられるんだな?!」


喜ぶ二人を見つめていた目をうつし、ワヒロシーはジンに話し掛けた。


「ジン、そいつを……そいつらを頼んだぞ」


「……ああ」


「アタイは戻るよ、ワコジー」


ユリシーもまた、淋しそうにそう言った。


「そっか……淋しいけど、お前は海の方が暮らしやすいもんな」


「ま、また会えるよ! イーナも、またいつか会おうな!」


「たまには砂浜にでも遊びにこいよ!」



少し寂しげな表情でワコジーの頭をなぜると、皇帝は海に体を沈めていく。


「お父様! ありがとなぁぁあっ!!」


「ユリシーも元気で!!」



最後に大きく手を振ると、皇帝と教育係は海へと帰っていった――。






「……さ、ヴィータを迎えにいこうぜ」


「あぁ、そうだな‥…」


「なぁ、ヴィータと会ったら、それからどうする? もうお前は暗殺者じゃねぇんだからさ……」


「俺は……今更、赤派にも青派にもなれないよ。だって……」


ワコジーの言葉に、イーナが苦しげにうつむく。


すると。


「その事なんだが……俺がマヤンに掛け合って、お前さんたちを赤派に迎え入れたいと思ってるんだ」


「え?! で、でも俺は」


「確かにお前さんは、暗殺者としてたくさん殺した。だが、お前さんも弟さんも、まだ若い。これから、色々なことを学んでいけばいいさ」



「……!!」


「良かったな、イーナ!!」


「あ、ありがとうごさいます、ジンさん……!」


相変わらず笑顔はないが、それでもイーナの声には喜びと感謝が滲んでいた。



すると、そんなイーナを見てジンは爆弾発言を言ってのけた。



「なんだイーナ、感謝の挨拶はしてくれんのか?」


「なっ?!」


「あ! そ、そうだった!」


礼節をわきまえる草原の貴族・シャマイ。だがこればかりは許すわけにはいかない!


「だ、だめだイーナ!! つかあんたも何考えてんだオッサン!!」


今にもジンに歩み寄ろうとするイーナを、必死で引き戻す。


「何言ってるんだ! 礼儀が大切だって、教わらなかったのか?」


「だぁあーっ!! そーゆー問題じゃねぇっ!! あれはなぁっ……」


本当のことを言うべきか……だが言ってしまえば、自分が変態だと思われてしまうかも……


悩みに悩み、大混乱したワコジーは、ついに大規模核爆弾発言を投下してしまった。



「あれはなあっ! 俺限定の挨拶なんだよっ!! 俺以外のやつにはするな!!」


「え! そうだったのか!!」



(こーゆーからかい甲斐のある所はワヒロシーにそっくりだな……)




その後ヴィータと再会した二人。

ジンとマヤンの計らいにより、イーナとヴィータはマヤンの養子として赤派に組み入れられたが、ワコジーはなぜか密偵という役割で青派に投げ込まれ、その上ことあるごとにメソポ現象―廁から出られなくなるあの辛い状態―に襲われることとなる。


その裏に、最初からヴィータとイーナを養子にしようと企んでいたマヤンの陰謀が関係していることは、言うまでもなかった――。



「うぉぉおおっ! 腹がぁあっ!!」


「大丈夫かワコジー?!」




[終]

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