第11話
‡第十一話‡
「……ニアン様……?」
「ふん、なかなかいい具合に傷ついてるでごじゃるな」
嘲笑うような表情を浮かべると、ニアンいきなり座り込むヴィータを抱えあげた。
「わぁっ! はなせー!!」
「ヴィータっ!!!!」
「てんめぇ!!!」
ユリシーが鋏をぶんまわしてニアンに飛び掛かるが、いかんせんサイズが違いすぎる。
「なんじゃ、蟹の分際で!!!!」
「ぎゃぁあっ!!!!」
ニアンの手の一振りで、ユリシーの小さな体は軽がると吹っ飛ぶ。
「ユリシー!!!!」
とんでくるユリシーを、ワコジーがキャッチした。
「ちくしょぉっ……」
「に、ニアン、様……何故? 何故です……?」
苦しげなイーナの声に、ニアンが面倒臭そうに答える。
「まろは常々、ヴィータの力を狙っておったでごじゃるー。でもそなたがいたから中々手に入れられなかったでなー」
「……そ、そんな……じゃあ俺は……」
「そなたも中々に強かったがのー。それに、そなたほど美しい者もおらぬで……楽しませてはもらったが……でもヴィータの力にはかなわんのー。だから、そなたがマヤン暗殺に失敗したとき、もうそなたは見限ろうと思ったのでおじゃるー」
「……てんめえ……!!」
イーナがどれだけニアンを信頼していたか、ワコジーは知っている。あの夜、語ってくれたからだ。なのに――
「げひひ、弱者の分際で、まろに楯突こうなど千年はやいのぅー」
下品な笑い声をたてると、ニアンは精鋭たちに声をかけた。
「族長はおらなんだが……まあ、ヴィータが手に入ったからのー。トンずらするでごじゃるー」
「なっ……待て!! うっ……」
血相をかえて立ち上がるも、脇腹の痛みに膝がおれる。
「兄ちゃーーん!! 助けてー!!!!」
「げひひひ! さらばなりー!!」
そう言い残すと、ヴィータを抱えたニアンと、おつきの精鋭たちは、猛スピードで屋敷をあとにした――。
「……くっ……」
「……イーナ……」
「アタイがついていながら……不覚だったよ……」
部屋にはもはや、累々と折り重なる死体と、すっかり目を回しているゾッカミしかいない。
「追い掛けなきゃ……」
「なっ……無理だろ?! その怪我じゃ……」
「だけどヴィータが……!!」
「……おい、ワコジー、やべえぞ!!」
悲痛な顔でうつむくイーナを支えていたワコジーが、ユリシーの声に目をあげると――
「っやべ!!」
窓の外では、紅い夕日が今にも地平線の向こうに沈もうとしている。
「はやくなんとかしねえと、元にもどっちまうぞ!!」
「っ……」
だが、こんな状況ではイーナを笑わせることなど不可能だ。それに、ヴィータがあんなことになった今、自分だけ逃げるわけにはいかない。
「ワコジー……ここは一つ、腹くくれ」
「……え゛?! で、でも……」
マヤヌの言葉が脳裏によみがえる。
口づけをすれば、一日だけ期限をのばせる……
「どうせ誰もみちゃいねぇ! それともおまえ、このまま逃げ帰っていいってのかよ?!」
いいはずがない。人間でいられれば、傷ついたイーナの代わりに戦うことだってできるかもしれないのだ。だが、いくら美しいとは言え、イーナは男なわけで――
「だぁぁーっチクショウ!! 俺も男だ! やってやるぜ!!」
髪の毛を掻き毟りながら、遂にワコジーは決意した。痛みにしかめられたイーナの顔をあげさせる。
「……イーナ……これも、ヴィータを助けるためなんだ……だから……その……き、キスしてもいいか?」
キス、と口にするだけで顔が熱くなる。だが、もう時間がないのだ、恥ずかしがってるひまは……
「……きす、って何だ?」
「うそぉぉぉ?!」
イーナの爆弾発言を聞いた瞬間、ワコジーは無理矢理にでもさっさとやってしまえばよかったと後悔した。
今まで殺ししかやってこなかったイーナがキスなど知ろうハズもないことに、どうして思い至らなかったのか――
「あ゛ーっもうっ!! き、キスってーのは……う゛ー…相手に感謝とか励ましとか好意とか、そーゆーのを伝える挨拶だっ!!」
敢えて、普通男同士ではしない事は伏せておいた。何も知らないのだから、とりあえず納得させられればそれでいいのだ。
「……そうか、分かった。お前がしたいなら……それでヴィータが助かるなら、してくれ」
真面目くさってそう言われ、恥ずかしさが募る。
「……っ、じ、じゃぁ、目、瞑れよ」
「? あ、あぁ」
イーナが素直に目を閉じ、その頬をワコジーが両手で包み、躊躇いがちに顔を近付け……
(俺のファーストキス……!!)
殆ど噛み付くように、ワコジーはイーナの唇を奪った。
(やべぇ……めっちゃはずい……)
ワコジーが唇を離そうとした、その瞬間――
「わ、ワコジー! そのまま続けろ!!」
「?!」
「変な意味じゃねぇっ!! イーナの傷が――!!」
ワコジーがうっすら目をあけると、イーナの傷口から光が漏れだしている。
(そ、そんな効果ありかよ?! あーちくしょうっ!! これは練習! 将来のための練習なんだ!!)
しかたがないから頭の中でそう自分を納得させると、何度も角度をかえてイーナの唇に口づける――
「よしっ、いいぞ!!」
「っぷはぁっ!!」
やっと唇を離すと、なるほど、イーナの傷はほぼ完治している。
「? これが、きす、の効果なのか?」
どこまでも真面目なイーナに、ワコジーはただただ赤面するしかなかった。
「……まぁ、そんなとこだ!」
ユリシーがフォローする。
「知らなかった……でも、おかげで傷が治った。これでヴィータを助けられる……」
「……そうだな……そうだな……」
「よし、じゃあニアンを追い掛けるぞワコジー!! あの陰険を……殺すっ!!」
そして、落ち込んだワコジーと殺意満々のイーナ、いたたまれない顔をしたユリシーは、ニアン達を追って走りだした……
(イーナの唇……やわかった、な……それに、あ、あ、甘い……?)
[続く]