それは、 私のせい
遅くなってごめんなさい。たくさんの人に読んでいただけてうれしいです。シリアス気味です
鳥の羽ばたきの音で目が覚めた。窓を除くと赤い月がうっそりと顔を出している。眠たい目をこすりながら、庭を除くとその羽音にふさわしい巨大な鳥が、金色の目を光らせて止まり木にいた。
きぃという扉を開ける音が鳴り、人影が草むらに踊りでる。非常識な時間に届いた手紙を、シルエット的におそらくアリアが取りに行ったのだろう。
夜に飛ぶ鳥、鳥目という言葉を知っている私から見ると不思議な感じがするが、この世界では関係ないらしい。恋文や大事な手紙、緊急性を伴う手紙などをふさわしい鳥に託して届けるのがここでの常識。
地球と違い、騒音と光の少ない夜だ。些細な音や光すらもやけに意識に上ってくる。
慌てた足音、立て続けに夜に響く、ノック音に、衣擦れの音や人の息遣い。館のあっちこっちでささやき声が漏れ、どこか緊迫した雰囲気が、館を包んでいた。
「何が、あったの」
ガウンを羽織り、室内靴に足を通す。ドアノブを握りふと、立ち止まる。このまま自分が、騒ぎの中心に向かって一体何ができるだろうか。ただ、邪魔になるだけではなかろうか。この雰囲気からして、いいことがあったわけではないのは明白だ。
「船が撃沈され……本当か?」
「おそらく。今、他の筋からも情報を……」
「各部署長を集め……エドワード様に……」
急いだ足音が、部屋の前を次から次へと通り過ぎていく。とぎれとぎれの会話からは、船が撃墜されてエドたちが忙しそうということが伝わってくる。そぉっと、窓を数センチ開くと、隣にある商会の偉い人たちが、深刻そうな顔でこっちに次々と足を運んでいた。
何ができるというわけでもないのに気が付いたら、彼らの後を歩いていた。たどり着いたのは、大きな机が四角を描くように配置されている大会議室。部屋には人が埋め尽くしていた。悲壮感と苛立ち、焦りと戸惑い、たくさんの感情が入り混じった部屋の空気。重々しかった。何がったのか、尋ねたい。だけど、とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではなかった。
「っ、おい。ちびっこ、何があったか知ってるか」
「わかんない、緊急、手紙、着く。船、破壊? 人、集合」
背後からかけられたよく響くカルの声にぶわっと涙腺が緩みそうになる。私なんかよりも、もっとちゃんとした人に聞いた方が詳しい情報が手に入りそうなのになぜだろうと思いながらも、わかっている範囲のことを話してみる。「船、破壊」と、私が口にしたときぎょっとしたように濃紺の瞳が見開かれ、騒ぎの中心にいるだろうエドの方へ視線を向ける。
「マジか……こりゃあ、結構やばいかもしれねぇな。損害がいくらだ」
船……その単語に聴き覚えが私にもあった。一昨日のお茶会で、エドが確か「大きなお金を動かして、船を出す」とか言っていた気がする。目の下にすごい隈を作ってた原因だ。
「ちょい、通らせてくれ。エドに詳しいこと聞きてぇんだ」
「カルバン殿! いらしていたのですか……あぁ、なんて心強い」
さぁっと、人垣が割れる。カルっていったい何者なのだろうか。メイドたちの噂では、オルフェス商会を立ち上げるときの立役者の一人で、エドの大親友らしいけど、ここまで影響力とは思わなかった。
「何があった」
射殺さんとばかりの眼力を、完全仕事モードのエドの翡翠の瞳が難なく受け止める。エドのいる机の上には、あふれんばかりの紙束が危うげに乗せられている。黒いインクを走らせるその手を休めることない。
「グローベック沖で、セグエル領からの魔術砲撃を受け、例の船が沈められた。今、王都にいるセグエル領首の所に、使いを走らせている所だよ」
「セグエル?」
カルが、その地名を聞き直す。
「あぁ、砲撃された位地といい、大型商船を一撃で沈められるほどの魔動兵器をもつのはあそこくらいだよ。ただ、わからないのはその行動理由だ。損害額は結構行く。今わかっているだけでも、8百万ルーベルは軽く超えるね。船の被害、乗組員関係とかいろいろあるけど、やっぱ積み荷が痛いね」
「ヘブローグっていうガキが、そこにいちゃったりするか……」
―――ヘブローグ。
苦虫を噛み潰したかのようなカルの言葉は、頭から冷水を浴びるくらい衝撃的を与える。思わず締め殺されそうになった首元をなぞる。息が苦しくなり頭が真っ白になった記憶が脳裏によみがえる。息が乱れる。
「え、セグエル辺境伯子息ヘブローグかい? リック」
どくどくどくと心臓がその名を聞くたびに跳ね上がる。この先を、私は聞きたくない。ぎゅと胸元のリボンを強く握る。
「確か、海岸警備隊長を親のコネで手に入れた男の名が確かそんな名前だったはずです」
リックというエドの従者の言葉にごくりと息をのむ。さあっと全身から血の気が引いていく。床が急にぐんにゃりと沈んでいくかのような感じがする。嫌だ、気持ち悪い。
「あ……わりぃ、エド。それは、俺のせいだ」
髪をかき揚げ、くしゃりとにぎりあらわにされたカルの顔には強い悔恨の念が宿っている。カルのせいではなくて、私のせいだ。私が、もっとうまくあの酔っ払いと会話さえしなければ、さっさと席を立ってしまえばこんなことにはならなかった。あの時は、こんなこと予想もしていなかったのだ。
「何かあったかい」
「ほら、昨日、いやもう一昨日か、絡まれたっていっただろう。王都から、速足の鳥をつかえばおそらく。一台くらいならそんなに、起動に時間かかんねぇだろうし……わりぃ、もっとうまくあしらえばよかった。あのときは頭に血が上って」
「いや、お前は悪くない。僕でも、そうするよ。うちのかわいい子に手を出そうというやつにはそれくらいがふさわしい。さすが、腐っても辺境伯子息。権力に物言わせて、対応だけ早い」
なんで。なんで、二人とも私を責めないの。私には、守ってもらえる資格なんてないのに。だって、これじゃあ、とんだ……。
「これってあの居候のせいなのですか、主。全く、――とんだ厄病神ですね」
「リック!」
空気がざわめく。ひそひそと、話す内容はどれも最近オルフェス家に突然居候し始めた子供の話。私の姿を実際に見たことのあるものも、噂程度で知っていたものも部屋の隅に縫い付けられたかのように動けない私に気が付いたものは、目を向ける。たくさんの、目、目、目。
「あ、私。私、私が」
「っ……! ユエ!?」
ぐらぐらと視界が揺れる。適確に今の私の立場を言い表したその言葉は紛れもなく事実。氷の槍で胸を貫かれたかのような絶望的な感覚に襲われ、思わず誰かにすがろうとしてその手をとどめる。その資格なんてないのだ。恩を仇で返すどころじゃないこの騒ぎ、本当に私はとんだ厄病神だ。
「悪いのは、俺だ。あいつは何にも知らん。こっちに全然慣れてないあいつが、貴族の身分階級なんぞわかるわけないだろう。殴ったのは、俺だ。恨むんなら、俺を恨め。あいつは、ただたちの悪い酔っ払いに絡まれた被害者だ」
身を乗り出してかばってもらう資格もなにのに、なんで、エドもカルこんなにも甘いの。それは、私が子供だと勘違いされているから?
「ごめん、なさい」
謝っても意味はない。心がその言葉に宿っていても、謝ったからといって過去が巻き戻るわけでもなんでもない。失ったものは戻らない……犯した過ちは決して消えない。その過去も、周囲の記憶からも、自分の心からも、消えないことを私は知っていたはずなのに、また選択を間違えた。
「ユエ! おきていたのかい。おこしちゃったのかい。大丈夫。大丈夫だから。まだ朝まであるから、寝ていなさい」
やんわりとした言葉で、部屋に戻るように指示される。とっさに口から出た言い訳はすぐに別の人の声にかき消される。
「でも」
「エドさん、詳しい情報きました」
「わかった。すぐ行くよ」
「あ……ごめんなさい」
本当に私は疫病神だ。もっとうまくわたしが対処していればよかった。もっとまじめ勉強しておけばよかった。とりとめのない感情が脳裏によぎる。みんないそがしそうなのに、自分だけは何もできない。その原因は自分なのに後始末さえ満足につけられない自分がもどかしい。同じ空間に人はたくさんいるのに一人ぼっちな気がする。怖い。捨てられてしまうのだろうか。このままでは、役立たずだ。
ベッドの中で泣く資格もない癖に声を押し殺して気を失うその時まで涙を流し続けた。
ぶっくまーく、うれしいです。これからも、よろしく、お願いいたします。