こども じゃないもん
ちょっと、みじかいです
「ユエちゃん、ちょっといいかしら」
台所から顔をのぞかせ、オカマな料理長が手をぱたぱたとさせて呼ぶ。この人は、やさしい人。だけど、私を子ども扱いする筆頭の人間ともいえる。まぁ、甘いお菓子とか、くれるからいいんだけど。役得、役得。
「なに? 料理長。買い物?」
「そうそう、肉料理に使う、フヴァルードという香辛料が切れちゃっていてね。買ってきてくれないかな」
「フヴァ……」
それはいったいどういう物なんだろう。聞いたことも見たこともない。
「その様子じゃ、覚えられてないわね。いいわ、メモを渡すわ」
メモには名前と簡単な絵が描かれていた。この心配りはさすがだと思う。料理長、絵が上手だ。のどぼとけが、男の人だと目の前の人を教えてくれるけど、初めて会ったとき普通に綺麗な女の人って思っていたんだよね。
「ついでに、ガルバの酒場のおかみさんに、これ渡してくれるかい」
「はい。いってきます」
最近口にする言葉は、異世界語で日本語の方を忘れてしまうのではないかと時々怖くなる。もう、一か月も聞いていない。日本語も、自分の本当の名前すらも。
そんな鬱屈した気持ちも、外に出ると忘れられる。色とりどりの花、あふれる緑、うるさいほどに鳴き渡る鳥の声。風に乗せられ鼻腔をくすぐってくるおいしそうな肉の焼けるにおい。甘いたれが、食欲を誘う。
「すみません。これ、ある?」
「おや、嬢ちゃんおつかいかね。偉いな。どれどれ、フヴァルードは、うちにはないな。たしか、ディーズ通りに香辛料専門店があったから、そこに行けばあると思うよ」
「ありがとう」
「おうよ、きぃつけな」
手を振られたので手を振り返すといい笑顔を返された。たどたどしい話し方も、きっと子供であると思わせる要因の一つなのかもしれない。でも、これが今の精一杯。この街の人はとてもいい人だ。街は良くも悪くも活気づいてる。ここの人たちの顔には作り笑顔ではなく本物の笑みが顔にこびりついている。
「えっと、ディーズ通りはこの間、エドに連れて行ってもらったカフェがある通りだったよね。なら、先にガルバの酒場に行った方がいいかな」
偽物の笑顔と嘘と真実をまぜまぜにした建前優先での向こう人間、科学の進歩のおかげで生活はとても便利になっていたけど、こっちとむこう一体、どちらに住む人間の方が本当に幸福なのだろう。
仕事が終わったのか、ジョッキを傾けて酒を早くも煽る男たちの間を縫って、おかみさんの所に行く。机の上にはおかみさん特製のおつまみがひろがっている。こういう活気ある酒場には、ポーカーとかで賭け事やっている人とかいそうだけど、全然いない。こういう西洋の酒場のイメージとここではやっぱちがうのかな。
「あら、エド坊とこの子だね。確か、ユエちゃんだったね。クロエさんから、事情は聴いているよ。いらっしゃい」
「これ、渡す。頼まれた」
籠の中から、パイを取り出す。料理長と個々のおかみさんは料理友の関係で、こうしてよくお互いの新作メニューを交換し合う。
「おつかいね。えらいわね。それに比べてうちの娘ときたら、手伝いもせずに遊び歩いて」
「私、居候。手伝い」
「それでも、偉いよ。まだ小さいのに、いくつだい」
この際聞いてみようかな。いくつに見えるのか。知るのはこわいけど、知らないでいるのも怖い。周りからどう見られているか、ついつい気にしてしまう。向こうほど人の目を意識しなくなったけど、やっぱり癖は抜けない。
「いくつ、思う?」
「そうね、十四、いや十二かね」
「……」
さけびださなかった私を誰かほめてほしい。
ここが、居候先の家だったらカルたちの実年齢を知らされた時のように叫んでいたと思うから。頭の中でもう一回、この世界の数字を一から確認してみたよ。それって、小学生。私こう見えても成人してます。お酒だって飲める年齢だよ。いくらなんでも。一目がなかったら、ネットでよく見るorzの格好を素でやるとこだったよ。
「? そうだ。店の新作、味見していかないか」
「する! 料理長、おかみさん、おいしい、言う」
「じゃあ、カウンターに座っていてね」
なんだろうな。楽しみだな。