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復讐の時

作者: 大野真里寿

以前、WEBサイトに投稿したものです。落選でした。

電子音が鳴った。

 滅多に鳴らないメールの着信音。

 洗っていた母と二人分の朝食で使った食器が食器と当たり音が鳴った。蛇口から流れる水道水がシンクにあたる。濡れた手から床へ水滴が垂れた。

ダイニングテーブルの上に置いている白い携帯電話は、ライトが着信を知らせる為に点滅を繰り返している。携帯電話に手を伸ばし濡れる事を気にせず、取り上げると水滴が腕を伝い、肘まで捲っていた袖が水分を吸い張り付いてきた。誰かは分かっていた。私は誰とも関わりを持とうとしない、持てなかった。知っている者なんて限られている。それでも、期待をした。開くと携帯画面には、Eメール1件あり。の文字が出ていた。決定ボタンを押すと送信名には貴方の名前。それは、不幸を願った貴方の名前。貴方は知らないでしょう。私に溺れる様に仕組んだ事を。その理由さえも貴方は知らない。

もう一度決定ボタンを押した。

『父が書類を忘れた。それを届けに行く。一緒に行こう。』

携帯電話を持つ手が震え、手から携帯電話が落ちた。携帯電話が机とぶつかった。

 震える指を自身の首に絡み付けた。しっとりと濡れた指は首に力を込める。初めて会った日に触れた貴方の頬から私の手に伝わった貴方の頬は冷たかった。指の冷たさと苦しさが私を元に戻す事は無い。何度も触れ合おうとも、貴方の優しさも、怒りも私から解放を許さなかった。

 携帯の照明が一段暗くなった。見にくくなった文章が私の頭で反芻される。

 苦しさに私は指を緩めて空気を吸った。首には跡も付かない。何度もした行為だから見なくても分かる。苦しみが私を醒ます事は無い。進んだ時は、元には戻らないと何度も思い至った。苦しくなかった日々など無かったのだから。

 返信ボタンを押すと、『一緒に行く』と短い文章を打った。送信ボタンを押すと二つ折りの携帯を勢いよく閉めた。そして、携帯を元に戻した。机と当たる小さな音が際立って聞こえた。

洗いかけていた食器を手早く洗うと水道を止めた。水音が無くなり音がなくなった。

 音のない部屋は外からの音をよく通す。

 季節は夏。

 蒸し暑い空気と一時の命を泣き続けるセミの声が取り巻く。そんな中、子供の笑い合う声が聞こえた。大人の声もした。子供に声を掛けている。閉塞的なこの町にいた私は、誰とも関係を持つ事も出来なかった。私たち母娘の環境を噂する大人たちや影響された子供たちが私に何をしてきたか。私は入る事を許されなかった。他愛無く進むあの時が私は羨ましかった。噂話に耳を塞ぎ続ける四季の中、私は行きかう人々の中で恐怖を抱いていた。平静を装い紛れる様にして、誰かが暴くのではないかと脅えていた。どこかで、暴いて欲しいとも思っていた。

救われたい。暴かれて、救われるのなら。

 私は救われなかった。

 気付いている。私が羨んだ日々が、どんなに他愛の無い事だったと。分かるといった貴方の言葉に、私は怒りを持った。

「気付いていた?」

小さく呟いた言葉に返事は返ってこない。

 幸せに生きてきた貴方を私は許さない。だって、私たち母娘の幸せを奪ったのだから。あの人に私は復讐を願った。貴方は、私の復讐の為の駒に過ぎない。

 復讐を願った。私は罪を犯しているのだろう。

 タオルで手を拭うと、袖が濡れている事に気が付いた。濡れた袖を掴んだ。

雨に濡れながら迎えに来た貴方に抱きしめられた事を思い出した。貴方を罪に溺れさせたのは私。

 私は、溺れる。

ワンピースの裾を持つと捲り上げた。服を脱ぐと背中には青痣と転々と付く火傷の跡がある。その跡は消えずにいつまでも私を蝕んでいる。

 罪は何時までも私の中で生き続ける。復讐心は消える事は無い。


 蛇口から水滴が一滴落ちた。



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