珈琲九杯目
私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。
帰省をする金も無く、正月休み中は、ずっと自宅に引き籠もっていた俺は、三が日が明けた4日、フサフサ亭に出勤した。
既に大学生という身分を忘れていて、履歴書の職業欄には「喫茶店のマスター」と躊躇無く記載してしまいそうだ。
しかし、オーナーからの指示で店を開けてはみたものの、客のいない店内で、グラスを磨いている俺の隣では、一夢がいつもどおり、ぬぼ~と立っているデフォルトな風景が続いていた。
「一夢?」
「……何?」
「一夢は、故郷に帰らなかったのか?」
「……帰ってた」
「そうなのか? でも、一夢の故郷って、どこなんだ?」
「……とび森村」
…………訊いた俺が馬鹿だった。
今日も、このまま静かにゆったりと時が流れていくかと思われた時、突然、入口のドアが勢いよく開けられると、そこには、セーラー服を着て、まだ幼さが残る顔立ちの女の子が立っていた。
「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん!」
「……」
「ちょっとちょっと! ノリ悪~い!」
おそらく中学生と思われる女の子が、少し頬を膨らませながら中に入って来た。
「もっと盛り上がろうぜ! びろろろ~ん!」
「……」
どう反応すれば良いのだろう?
その答えを出せないでいる俺を、女の子は哀れ見るような目で見つめた。
「何かさあ、心配事でもあるの? 相談に乗るよ」
「い、いや、俺は、あんたのことが心配なんだが」
「アタシのこと? うひょひょひょ~! 心配してくれてありが父さん涙目ぇ~」
「……あ、あの、お客さんですか?」
「当たり前田の歌舞伎揚げよ!」
ほとんど計算し尽くされていない、適当な思いつきを叫んでいるとしか思えなかったが、そんなことは、まったく気にしているようではなく、ニコニコと笑いながら、女の子は、俺の目の前のカウンター席に座った。
「な、何にしましょう?」
「へい! ラーメン一丁!」
「ありません」
「無いの~! 最低だな!」
「あのね! ここは喫茶店なんです!」
「ああ~、そっかぁ! めんごめんご~! それじゃあ、お冷や!」
「もう出てます。冷やかしなら出て行ってくれますか?」
「おおおおおお! 『お冷や』に『冷やかし』を掛けたのかぁ! 何て高等な駄洒落だ! いやあ、こりゃあ一本取られた!」
全然、掛かってねえだろ!
この暴走娘をどうしたものかと思案していると、また、入口のドアが開き、同じ制服を着ている、同じような背丈の女の子が入って来た。
かなり大人びて見えるその女の子は、腰に手を当てて、怒ったような目つきで、はっちゃけている女の子に言った。
「ツーちゃん! こんな所で何しているの?」
「あっ、リーちゃん! 遅いよ!」
「遅いじゃなくて、勝手に先に行ったと思ったら、こんな所で油を売って!」
「アタシはガソリンスタンドじゃないんだから、油なんて売れないよ!」
「分かってます! さあ、早く行きましょう!」
「ええ~! せっかく来たんだから、お水くらい飲んでいこうよ!」
「いや、だから、ここは喫茶店なんです。お冷やだけというのは困るんです」
お冷やだけ飲んで帰る客ばかりだと、店の売り上げが零になっちまって、俺と一夢はオーナーから解雇されるばかりか、オーナー御殿の地下にあるという座敷牢で、第二の人生を花開かせることになるおそれがある。
せめて貞操は守りたい。
「いや、本当! お冷やだけなら帰ってもらえますか?」
「ほら! ツーちゃん、行くよ!」
リーちゃんと呼ばれた女の子が、ツーちゃんという女の子の背中を引っ張ったが、ツーちゃんはカウンターにしがみついて抵抗した。
「やだやだやだやだー! 疲れたから、ここで休んでいくー!」
「はあ~、もう! 仕方ないわね。……じゃあ、ちょっとだけ休憩していきましょうか?」
「そうしようそうしよう!」
そう言うと、リーちゃんは、ツーちゃんの隣に座った。
「では、紅茶をお願いします。ダージリンはありますか?」
「ありますよ」
「それをお願いします。ツーちゃんは何にするの?」
「アタシは、メロンフロート! と思ったけど、寒いからフロート抜きで!」
「それ、只のメロンソーダでしょ?」
「なら、それ!」
「はい、分かりました」
俺は一夢に注文を伝えると、目の前の二人に話し掛けた。
「お二人はフサフサ亭は初めてですよね? 俺は、ここのマスターをしてます、冬山僕と言います。君達は?」
「いきなり、お騒がせして、失礼いたしました。私はリーユと申します」
「アタシはツーキだあ!」
「耳元でそんなに大声ださなくとも聞こえますから。二人は同じ学校なんですか?」
「白猫中学の同級生です」
ぴしっとして大人びたリーユちゃんと、小学生並みにはっちゃけているツーキちゃんが同級生とは思えないのだが。
しかし、この前までは、この小説もJKさんが主役だったのに、今度はJCさんですか。フォロワーさんの低年齢化と作者の精神年齢退行は留まるところを知らないようだ。
「二人でどこかに行ってる途中なのですか?」
「はい。これから翔姫さんに会いに行くところです」
「翔姫ちゃんに? 二人は翔姫ちゃんの友達なの?」
「友達と言うよりファンです! ツイッターで椎音さんと話していてら、紹介していただいて、お会いしていただけることになったんです」
何と言っても今をときめく超人気アイドルだからな、翔姫ちゃんは。
でも、二人は翔姫ちゃんが男だと知っているのだろうか?
「それで、待ち合わせ場所はどこ?」
「え~とねえ、……あれっ、どこだったっけ? リーちゃん」
「えっ! 私は、ツーちゃんがついてくれば良いからって言ったから、ツーちゃんを必死で追っかけて来たのよ!」
「はははは、待ち合わせ場所、忘れちゃった」
「ちょっとぉ、ツーちゃん!」
「待って待って。今、思い出すから。……最初は、確か『ふ』が付いてた」
「最初は『ふ』ね。次は?」
「次はね、え~と……」
「フサフサ亭でしょ?」
「おお! そうだそうだ! 何で分かったの、僕りん?」
この作者は、そう言うことで文字数を増やすという姑息なことは、……たまにしか、しないんだよ!
「フサフサ亭は、ここですよ」
「あっ、そうだったぁ! すっかり忘れていたけど、ここの看板を見て飛び込んだんだった!」
「もう! ツーちゃん、しっかりしてよ」
「めんごめんご~!」
その時、入口のドアがゆっくりと開くと、少し時間を置いて、翔姫ちゃんが遠慮がちに顔を覗かせた。
「こ、こんにちは」
くっ、可愛い!
ゴスロリ調の黒いドレスと黒髪ロングヘアの翔姫ちゃんは、相変わらず、二次元からそのまま飛び出て来たかのように萌え萌えだった。
ちくしょー! こんなに可愛いのに、何で男なんだ!
「あ゛~! 翔姫さんだぁ!」
「本当だ!」
カウンターに座っていたJC二人がダッシュで翔姫ちゃんに近づくと、その勢いに恐れをなしたかのように、翔姫ちゃんは、少し怖がった表情を見せた。
「翔姫さん! こんにちは!」
しかし、二人がハモって挨拶をすると、翔姫ちゃんも少し安心したようだ。
「椎音ちゃんから紹介された、リーユちゃんとツーキちゃんですね?」
「はい! うわぁ~、本物だ!」
「ちょ~可愛い!」
「と、とりあえず、座りましょうか?」
翔姫ちゃんを挟んで、JC二人が再びカウンター席に座った。
「ぼ、僕さん、お久しぶりです」
「ど、どうも」
何、胸をときめかしてるんだ、俺!
「一夢さん、カフェオレをください」
無言でうなづいた一夢に、ツーキちゃんが言った。
「あっ、アタシ、メロンフロートのフロート抜きを止めて、翔姫さんと同じものにする!」
「いや、今更、言われても困りますよ」
「え~! 翔姫さんと同じものが良かったのにな~! ぶーぶー」
「それじゃあ、カフェオレを追加注文されますか?」
「そうやって、いたいけな中学生から金をふんだくる悪徳喫茶店ですか?」
「違げーよ!」
ったく! JCさんじゃなければ、ほっぺをツネツネするところだぜ!
一方、リーユちゃんは、翔姫ちゃんに見とれているように、ぼわ~んとした表情で翔姫ちゃんを見つめていた。
「翔姫さん! 髪もすごく綺麗です」
「あ、ありがとう」
「服も可愛い! どこの服ですか?」
「ああ、私もそんな高い服とか持ってないですよ。これは、ユニ黒だったかな? ひょっとしたら、縞ムラだったかも」
「翔姫さんも縞ラーだったんですか?」
「ええ。まだ高校生ですから」
「翔姫さんが着ると、まるでSカーダとかMキーノみたいに見えます!」
……さりげなくSとかMとか入れるのな。
「そ、そんな。……お二人もすごく可愛いですよ」
「うひょ~! 翔姫さんに褒められた~!」
「すごく光栄です!」
話が盛り上がっている三人の前に、俺が飲み物を置くと、ツーキちゃんがニヤニヤと笑いながら俺の顔を見た。
「僕りんは、翔姫さんが好きなんだよね?」
「うっ! だ、誰から聞いたんですか?」
「椎音さんから聞いちゃった~! 禁断の恋なんだって?」
はあ? ってことは?
「君達、翔姫ちゃんのこと知ってるの?」
「翔姫ちゃんのことって、性別のことですか?」
「そ、そうだけど」
「それも椎音さんから聞きましたよ。だから、お会いしに来たんです」
「ねえねえ、僕りん! 翔姫ちゃんのファンなんでしょ?」
「いや、ファン……だったということで」
「今でも嫌いじゃないんでしょ! BLだぁ、BL! ぶひひひひ」
「ツーちゃん、私は、BLは好きじゃない! NLが良い!」
「何言ってるのよ、リーちゃん! 男の娘と言えば、BLでしょ?」
「違うの! 男の娘とボクっ娘のカップルが萌えるの!」
「ちっちっちっ。分かってないなあ。妖精という意味の『フェアリー』は『ホモ』という意味もあるんだよ。つまり、BLは妖精同士の素敵な物語なんだよ!」
「どこが素敵なのよ! 気持ち悪いだけじゃない」
「僕りんみたいな人同士が抱き合ってたら、気持ち悪いけど、翔姫さんみたいに綺麗な男の娘が抱き合ってるのは良いの!」
「ああ、それなら許せるかな」
気持ち悪くて悪かったな!
え~え~、どうせ、俺は、マッチョな髑髏ですよ! 可愛くありませんよ!
「でも、翔姫ちゃん、男ってことは秘密じゃなかったの?」
俺は、少し心配になって翔姫ちゃんに訊いた。
「そ、そうですけど」
「ほらっ、君達! そんなに大きな声で、翔姫ちゃんが男だなんて言っちゃ駄目だよ!」
「え~! だって、男の娘って萌えるじゃない!」
「いや、だから、ツーキちゃんの声がでかいの! 翔姫ちゃんが男だってばれちゃうでしょ!」
「でも、お客さん、いないじゃない!」
「壁に耳あり障子に目ありですよ!」
「障子なんて無いし」
「……壁はあるでしょ」
「確かに壁は薄そう。風が吹けば、波打ちそうだね」
――こめかみから血が吹き出そうなんだが!
「あのね、ツーキちゃん! 君には遠慮とか、おしとやかさというのは備わっていないのかな?」
「何それ? 美味しいの?」
「……親の顔が見てみたいんだが」
「親は火星人で~す!」
「……どんな教育を受けてきたんだ?」
「ツーキはねえ、国語は得意なんだけど、数学はちょっと苦手かな。僕りんは?」
「……まあ、全部得意じゃないですけど」
「だから、こんな寂れた喫茶店でマスターしてるんだ」
「て、てめえ!」
俺が、思わずツーキちゃんをにらみつけた時、それまで黙って座っていた翔姫ちゃんがすくっと立ち上がると、思いの外、強い力で俺の胸ぐらを掴み、至近距離で俺をにらんだ。
「女子中学生相手に何、本気で怒ってるんだよ! このタコがぁ! 一回死ぬか?」
……何だ。前回は翔姫ちゃんに罵られて、すごく悲しい気持ちになったのに、今回は少し快感すら覚えている。近くで見る翔姫ちゃんの怒りの表情にも思わず見とれてしまった。
…………俺はどこに行こうとしているのだろうか?
「あっ、嫌だ。私ったら、また」
翔姫ちゃんは、すぐに手を離して、顔を赤らめながら、小さくなって椅子に座った。
JCの二人は、さどかし驚いているだろうと見てみると、……すごく嬉しそうなんだが?
「キター! キタキタキタキター! 翔姫さんの罵り声! 萌える!」
「素敵です! 翔姫さん!」
どうやら、JC二人は、男の娘萌えのようだ。
「ぼ、僕さん、ごめんなさい」
俺は、頭を下げて、上目遣いで俺を見る翔姫ちゃんにも萌えた!
「い、いや、全然、気にしてないから」
「ほらっ、二人とも。僕さんにご迷惑を掛けたら駄目ですよ」
「はーい!」
「翔姫さんの言うことなら何でもききます!」
左右を見渡しながら翔姫ちゃんが優しく声を掛けると、JC二人は素直に返事をした。
「翔姫さん、そろそろ椎音さんの所に行かないと」
「あっ、そうですね。僕さん、ごちそうさまでした。この二人の分の飲み物代も私が出しますので」
「えっ、良いんですか?」
「はい」
「わーい! 翔姫さん、ごちそうさまです」
「アイスも入ってないメロンフロートがこんなに高いなんて、ぼったくりですよね、翔姫さん?」
てめーがフロートいらないって言ったんだろうが!
お釣りを受け取り、カウンター席を立った翔姫ちゃんに続いて、JC二人も席を立ち、入口のドアに向かった。
「でも、椎音さんの言ったとおりだったね」
「うん、僕りんを弄ったら面白いよって言ってたもんね」
「また、来ようぜ」
「そうね。暇つぶしにはなるもんね」
声を潜めることもなく話しながら、三人は出て行った。
「一夢!」
「……何?」
「塩まいとけ!」
「……分かった」
ったく! 明日からJCの入店をお断りにしてやる!
「…………一夢。何で俺に塩をまくんだ?」
「……ナメクジかと思った」
どこが? 俺のどこがナメクジに見える?
JKさんやJCさんのみならず、年齢不詳の一夢にまでナメられているなんて、俺はどうすれば良いんだ?
もう、小学生に走るしかないかな?
「……通報したよ」
マジで110番してんじゃねえよ!
ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。
この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。