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珈琲八杯目

私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。

 秋はどこに行った?

 暑さでダメージを受けた体をいたわってくれる涼しい風を吹かせることもなく、まるで規制されるまでツイッターに夢中になっているように、出番を忘れているかのようだ。

 だから、家にエアコンのない俺は、冷房が効いている快適なフサフサ亭に入り浸っていた。

 「入り浸る」と言うと、客として来ているかのような誤解を受ける表現だが、実質的には、的確に表現していると言えよう。

 もちろん、マスターとしての仕事はちゃんとしているぜ。

 しかし、あまりに暑くて、みんなも出歩くことを控えているのか、フサフサ亭に客がいない時間が確実に増えていた。

 今も、ジャズのBGMが流れる店内には、俺と一夢しかいなかった。

「なあ、一夢」

「……何?」

「一夢の家には、冷房はあるのか?」

「……ある」

「そうなのか。お前も意外と文化的な生活をしているんだなあ」

「……『きくのあな』で買った」

「何だ、『きくのあな』って?」

「……『とら』の姉妹店」

 この小説も、最初は、気持ちがほんのりと暖かくなる暖色系小説を目指していたはずなのに、最近は、作者の好みを反映して、一部マニアだけが熱くなる男色系小説へと脱皮しちまったようだ。

「………………あのな、俺もそんなに『とら』には行かないが、冷房を売っているのは見たこと無いぞ」

「……そこのレシートを見ると背筋が凍る」

 それは後先あとさき考えずに、フィギアとかアニメグッズを買いまくってるからだろ!

 俺もフサフサ亭以外では一夢を見たことがないから、一夢が普段、どんな生活をしているのか知らないが、フサフサ亭の給料だけの収入で、アニメグッズとか漫画とかを買いまくっているみたいだから、エンゲル係数は相当低いようだ。一日三食、おかずは納豆だけとか、卵かけご飯で十分満足しているみたいだからな。


 突然、店の中が薄暗くなった。停電かと思ったが、ちゃんと電灯は点いている。空気に薄墨うすずみを流し込んだみたいだ。

 もっさりとドアが開くと、そこには女性が二人うつむき加減に立っていた。まるで魔法使いのような黒いとんがり帽子と膝丈の黒いドレスに、白い前掛けという、お揃いの格好をしていた。どうやら、その二人の女性から発せられているダウナーなオーラが店内を暗くしたようだ。

 少し猫背気味の二人は、歩幅を合わせるようにカウンター席の近くまで来ると、ゆっくりと顔を上げた。

 アンニュイな雰囲気が半端はんぱなく漂っていたが、意外に可愛い顔立ちの若い女の子二人だった。

「ちわ~」

 少し背が低い女の子の方が予想どおりの気だるい声で挨拶をした。

「いらっしゃいませ。どうぞ」

 俺は、目の前のカウンター席を二人に勧めた。

「ここで良い?」

「うん、良いよ、お姉ちゃん」

 少し背が高い、もう一人の女の子も物憂げな声で答えた。

 どうやら二人は姉妹で、背の低い魔女っ娘が姉、少し背の高い魔女っ娘が妹のようだ。二人ともカウンターに頬杖をついて本当にだるそうだった。

「何にいたしましょう?」

 俺が二人の前にお冷やを置きながら訊くと、姉と思われる女の子が、面倒臭そうに「お水」と答えた。

「いや、もう、出してますよ」

「それで良い」

「いやいや、ここは喫茶店なので、何か注文してもらわないと困りますよ」

「何でぇ?」

「ボランティアでお冷やを出している訳ではないんですから」

「じゃあ、何があるの?」

「カウンターの上にメニューがありますよ」

「見るの面倒臭い」

「いやいや、見てくださいよ」

「何でも良いから出して」

「それじゃあ、ブレンドで良いですか?」

「それで良い。良いよね?」

「うん、良い」

 妹魔女っ娘もほとんど考えることなく同意した。

 しかし、目の前で、女の子二人に頬杖をつかれて暗い雰囲気で座られていると、こっちまで滅入ってしまうぞ。

 とりあえず何か話そう。

「あの~、ひょっとして、お二人は魔法使いさんですか?」

「どうして分かるん?」

 いや、絵に描いたような魔法使いの格好してるでしょ! 

 まさか、その格好で、「実は保母なんです」なんて言うなよ。そんな保育園があったら、今すぐお遊戯に参加するぞ!

「わてらは、魔王よね様をおしたいして、この世界にやって来た魔法使いなんよ」

 魔王よねさんの手下かよ。それだけで一気に胡散臭うさんくさくなった。

「俺は、ここのマスターしてます冬山僕と言います。あなた方は?」

 俺の台詞がキューサインだったように、二人はいきなり立ち上がり、美少女戦士がやりがちなポーズを決めた。

「崖っぷちから落ちそうに咲いた一輪の百合! キュアレーア!」

「締め切りの押入にひっそりと咲いた一輪の百合! キュアトーア!」

「二人はプリ」

 べしっ!

「痛~い!」

「ちょっと! 女の子に手を上げるってどう言うこと?」

 最近、連載中止のキーワードと感じたら即座に手が出るようになった。今も思わず両手で二人の脳天に空手チョップをかましてしまった。

 えっ、カウンター越しにそんなことができるのかだって?

 このおつまみ小説に、そんなリアリティを求める必要はなく、俺の腕がゴムゴムーと伸びていったとでも思ってくれ。

「何、ポーズ決めて、『二人はプリ』だよ!」

「『二人はプリ』に何か問題があるとでも言うの?」

「大有りだろうが! それじゃあ、念のため訊くけど、その後に続く文句は何だ? 一文字だけ言ってみろ!」

「次は『キュ』に決まっているじゃない!」

「日曜の朝に実況でTLが埋まるような、大きなお友達御用達の番組名を上げるんじゃない! また、この小説を連載中止の危機におとしいれたいのか?」

「良いじゃない。どうせ、この小説はそんなに読まれていないんだから」

「まあ、それを言われると元の子もないが、……って、そんな作者の心を突き通しでツンツンするようなことを言うのは止めてやれ!」

「でも、あの人、意外と喜んでそうだお。Sのようでいて、本当はMみたいだから」

 ――恐るべし、キュアトーア!

「それより、レーアさんとトーアさんですか?」

「よく分かったのう?」

「いや、今、思いっきり名乗ったでしょ。姉妹なんですよね?」

「そう。わてが姉のレーアだす」

「ボクが妹のトーアだお」

「……ところで、よねさんを慕って来たって言いましたけど、実際、何をしに来たのですか?」

「魔王よね様のツイッター廃人王国建国のためのお手伝いをしに来たんよ」

「よねさんなら、この前の通りで露天の人生相談屋をしてますよ」

「えっ! ツイッター廃人王国の王になるために、この世界にやって来たはずなのに……」

「自分がツイッター廃人になってしまったみたいですね。ネット費を稼ぐために人生相談屋をいとなんでいるみたいですけど」

「どうしよう、トーア?」

「そんなんじゃあ、こっちの世界にいても仕方ないから帰ろうよ」

「そうだね。そうしようか」

 二人はカウンター席を立って帰ろうとした。

「あっ、ちょっと! もう注文された珈琲を淹れ始めてるんですけど」

「もう良いわ」

「いやいや、そんな途中で止められると困るんですけど」

「もうままやなあ」

 どっちがだ!

「他に、この世界でしなければいけないこととかは無いんですか?」

「そうだ、お姉ちゃん! ひょっとしたら、こっちの世界に失われたボクらの秘宝があるかもしれないお」

「そなや。ちょっと探してみよか」

「おお! 失われた秘宝ですか! どんな秘宝なんですか? 聖杯ですか? 聖剣ですか?」

「わてらの『やる気』なんやけど」

「…………はい?」

「ボクらの失われた『やる気』をずっと探しているんだお」

「……それ、いつ失われたんですか?」

「いつだったっけ、お姉ちゃん?」

「気づいた時には無かったね」

「そう言えば、ボクもお姉ちゃんの『やる気』は見たことが無いお」

「わて自身が見たことは無いもん」

 いや、それ最初から無かったんだろ!

「今まで探しても見つかれなかったものが、こっちの世界ですぐに見つかりますかねえ?」

「考えてみたら、探すことも面倒臭くて、ほとんど探していなかったような気もする」

「それもそうだね。あはははは」

 何なんだ、このぐだぐだシスターズは?

「ねえ、もっと前向きに生きましょうよ」

「前向きって、どっちに向けば良いの、お姉ちゃん?」

「普通に前を向いていれば良いんじゃない?」

「それならいつもしているし。って言うか、顔を後ろ向きにしてたら痛いし」

「いや、だから実際に顔を向けるんじゃなくて、明日も頑張るぞっという気持ちを持っていましょうと言っているんです」

「明日から頑張れば良いんだ!」

「俺は、明日『も』って言ったでしょ。『も』って」

「前向きに生きたら、何か良いことあるの?」

「新しい人と知り合えたり、新たな世界を知って、自分の世界が広がるかもしれないじゃないですか!」

「僕さんは、自分の世界は広がったん?」

「もちろん! このフサフサ亭で働き始めて、新しい自分に目覚めましたよ!」

 そうさ、新しい自分! 翔姫やコウちゃんに胸がときめき始めた自分! …………いやいやいやいや! 違う! 何でそっちに目覚めるんだ、俺!

「と、とにかく自分の世界が広がると言うことは、それだけ楽しみも増えるってことじゃないですか!」

「何か説得力が無いけど、まあ、せっかく来たんだから、もうちょっと、こっちの世界にいてみよか?」

「お姉ちゃんがそれで良いって言うのなら、ボクもそれで良い」

 思わず引き留めてしまったけど、本当に良かったんだろうか?

 とりあえず珈琲を飲んでもらったら、あっちの世界にお帰りいただいた方が良かった気もするが……。

「ねえ、僕さん。珈琲、まだぁ?」

 今まで、いらねえって言ってたのは誰だよ!

「今、うちの一夢が心を込めて淹れていますから、もう少し待ってください」

「待ってる間、退屈だから、マスター、何か、してよ」

「俺ができることと言えば、駄洒落をかますことくらいですけど」

「それで良いから」

 仕方が無い。絶対零度の駄洒落マスターの力を見せつけてやるぜ!

「コホンッ! それでは、……レーアさんって珍しいんだってね。レーア物って言うくらいだから」

「………………トーア、やっぱり帰ろうか」

「ちょーと待った! 今のは小手調べだ!」

「ほんじゃ、渾身の一発をやってみなはれ」

「コホンッ! いよいよ、トーアさんも結婚するみたいだね。トーアの誓いを立てた、な~んて」

「………………お姉ちゃん、ここ笑うとこ?」

「笑えなさすぎで、わて、何だか悲しくなってきたわ」

 喫茶店のマスターが、何で、そこまで言われないといけないんだ!

「そ、それなら、お二人が何か見せてくださいよ! 魔法使いなら魔法の一つや二つは使えるんですよね?」

「ば、馬鹿にしないでちょっ! トーア! この髑髏どくろ野郎に目に物を見せてやりましょう!」

「はい! お姉ちゃん!」

「シャキーン!」

 人力SEとともに、また二人は立ち上がった。

「それじゃあ、ボクからいくよ!」

 トーアちゃんが、オーケストラの指揮者が持つタクトのような魔法の杖をどこからか取り出し、小刻みに振ると、小さな光の粒が舞った。

 おお、本当に魔法使いっぽいぞ!

 しかし、その光の粒が消えた後に出て来たのは、文化包丁だった。

「いひひひ。触るだけで指が落ちそうな、このヌメヌメとした刃の感触。萌えるぅ!」

 包丁に頬ずりするトーアちゃんの目は光を失っていた。

「……あ、あの、単に自分が好きな道具を出しただけじゃ?」

「道具だなんて言わないでよ! 包丁フェチの私にとって包丁は恋人同然なんだから!」

 ただのヤンデレでしょ!

「次は、わての番や」

 今度は、レーアちゃんが同じように魔法の杖を振ると、ワインボトルのような酒瓶がどこからか出て来た。

「まあ、僕さん、飲もう! わての奢りや!」

「遠慮します」

「何やて! わての酒が飲めないちゅうのんか?」

「まだ仕事中ですから」

「客なんておらんやん!」

「そ、そうですけど、いつ、いらっしゃるか分からないじゃないですか」

「わてらが来てから、一人も来ないやん」

 レーアちゃんは自分で出した酒瓶のコルク栓を開け、グビグビとラッパ飲みをした。

「ぷはーっ! 美味い! やっぱ仕事が終わった後の酒は最高や!」

 いやいや、今まで駄弁だべってただけでしょ! どう見ても仕事なんてしてなかったでしょ!

「ぐへへへへ。おい、僕! 飲め!」

 赤い顔をしたレーアちゃんは、俺に酒瓶を差し出した。

「駄目ですって!」

「何言ってるんや! わての酒が飲めねーってんのか? あーん!」

 既に目が座っているんですけど。

「トーア! 僕さんの手を押さえろ!」

「はい! お姉ちゃん!」

 トーアちゃんが俺の両手を握って押さえ込むと同時に、レーアちゃんが俺の口に酒瓶をねじ込んだ。熱く甘美な液体が喉から食道を通って胃に流し込まれた。

 ――次第に俺の意識が遠のいていった。


「がはははは! 飲め!」

「いえ、あ、あの、もうかなり、お飲みになっているようですけど」

「あーん? んな訳ないだろうが!」

「いえ、そろそろお止めになった方が……」

「うるせえ! レーア! トーア!」

「は、はい!」

「お前ら、色々と溜まってるんだろ! 今日は、お前達の愚痴を聴いてやる! 俺にすべてを話せ! 俺の胸に飛び込んで来い!」

「いえ、あの、どうせ胸に飛び込むんなら、ひんぬーの美少女の方が良いんですけど」

「何! どうせ俺はひんぬーじゃなくムキムキだよ! 悪かったな!」

「トーア、どうしよう?」

「そうだ! 一夢さんは? ……って、酒瓶抱えて寝てるし−!」

「よおしっ! この俺にお前達のすべてをぶちまけろ! 俺もすべてをさらけ出す!」

「ちょっ! 僕さん、何で脱いでいるんですか! そんな趣味があったんですか?」

「おまわりさーん!」


 ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。

この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。

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