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珈琲七杯目

私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。

 梅雨の季節になり、しとしとと小雨が降りしきる昼下がり。

 フサフサ亭の前の通りは人通りがぱったりと途絶えていた。1時間前に最後の客が出て行ってから、フサフサ亭には一人の客も来なかった。

 雇われマスターとして、一応、店の経理もしている俺は、自分と一夢の給料を払ったら、フサフサ亭の売上げでは、ほとんど利益が出ていないことを知っていた。それでもこのフサフサ亭が潰れないのは、猫なのに、青年実業家として、自らが経営している会社から確実に利益を得ているオーナーが、親から受け継いだこのフサフサ亭では利益を出さなくてもやっていけるからだろう。

 俺は、透明ガラスがはめ込まれた入り口のドアから、外を眺めていた。どうやら雨は止みそうにない。夜までずっと降り続きそうだ。

 ふと気づくと、制服を着た女子高生らしき女の子が、雨に濡れた髪の毛を貞子状態にしながら、虚ろな目で彷徨うように通りを歩いていた。

「電星~、どこ~? どこに行ったの~? いひひひ……」

 ……関わらない方が賢明のようだ。


 俺は、くらしさんが編集している投稿雑誌「ソラシド」の、自分が投稿した「水虫侍」のページをぼんやりと眺めながら暇をつぶしていた。もうどこに何の文字があるかを即答できるくらい何度も読み返していたが、投稿雑誌とはいえ、本になった自分の小説を眺めているだけで、自分が小説家になった気分になってしまう。

 ただ、一つ気に入らないのは、「水虫侍」の次に、一夢の小説「【台所朝物語】納豆と、お味噌汁と、焼き海苔と」が掲載されていることだ。何で朝食の食卓で、納豆とお味噌汁と焼き海苔が三角関係の罵り合いをするんだ? 俺が一夢の前衛的芸術思考に追いついていないだけなんだろうか?

 当の一夢は、いつもどおり、蝋人形のようにカウンターの中に突っ立っていた。


 そんな緩やかな時間の中で、ぼーっとしていたら、いきなり入口のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 この言葉も、ドアが開く音を聞くと、条件反射的に出るようになった。

 入口を見ると、ウエスト部分に縄を巻き付けたフード付きローブを着ている、まるで仙人のような格好の男性が立っていた。しかし、その顔は、ダイエットに失敗したキテ……もとい、丸顔でリボンを付けた猫らしき、あちこちの観光地の土産物屋に行けば必ずいる超有名なキャラがぶくぶくと太ったような顔だった。

「いやいやいや、降られてしもうたわい」

 どうやら、その男性は傘を持っていなかったようだ。しかし、この雨は朝からずっと降っていたはずだが……。

 男性は、ローブの雨粒を払うようにしながら、カウンターに近づいて来た。

「すまぬが、少し雨宿りさせてくれぬか?」

「良いですよ。どうぞどうぞ。何か召し上がりますか?」

「奢ってくれるのか?」

「んな訳ないでしょ。一応、ここは喫茶店なんですから。何か注文されますかって訊いたんです」

「おお、そうじゃったの。しかし、儂はこの世界のお金を使い果たしてしもうて、今は一銭も残っておらぬ」

「はあ? この世界?」

「うぉほんっ! これは申し遅れたの。儂は魔界からこの世界を征服するためにやって来た魔王じゃ!」

 時代劇がかった口調で、何だか言葉が聞き取りづらいぞ。

「何ですって?」

「魔王じゃ! 魔王!」

「かおう?」

「それは洗剤じゃろ! 魔王じゃ!」

「らおう?」

「儂はケンシロウのお兄さんでもカップラーメンでもない! 魔王じゃ!」

「なろう?」

「確かに投稿はしておるが、……って、ちょっと待て! どこをどう聞いたら『魔王』が『なろう』になるんじゃ! 馬鹿たれ! 魔王じゃ!」

「ぱおー?」

「儂は象か? って、こらー! お主はフサフサ亭では唯一のツッコミ役であろうが! 何で、ここぞとばかりボケておるのじゃ!」

 良いじゃないかよ。俺だって、絶対零度の駄洒落マスターとして、一部TLでは有名人なんだ。たまにはボケさせてくれよ。

 それに、魔王と言うが、どう見ても、どっかの国のパチモンリゾート施設にいる著作権無視の着ぐるみキャラにしか見えない。

 でも、まあ、このままでは物語が進まないのでお約束の反応をしよう。 

「こ、この世界を征服に来た魔王だって!」

 俺は一応、体を後ろに若干仰け反らせて、「ああ、驚いた」のポーズをした。

「初めからそう言う態度を取れば良いのじゃ」

 魔王と名乗るキテ、もとい、よく分からない人物は咳払いをして、ふんぞり返った。

「ふふふ、そうじゃ。我こそは、数ある魔界の中でも、そこに迷い込んだ人々を必ず廃人にする恐ろしい魔界『ツイッター魔法王国』の王よねじゃ!」

「よねさんですか?」

「さん付けで呼ばんで良い! 『よねさん』って言ったら、近所のお婆さんみたいじゃないか!」

「良いじゃないですか。親しみやすくて」

「どこの世界に魔王をさん付けで呼ぶアホがおるんじゃ!」

「それじゃあ、何て呼べば良いんですか?」

「そなたが儂に臣従するのであれば『魔王様』と呼べ。飽くまで敵対するというのであれば『魔王よね』と呼べば良い」

「無視する時は何と呼べば?」

「そうじゃのう。……って、おい! 無視するな! 儂は魔王じゃぞ、魔王! 恐ろしくないのか?」

「いきなり現れて、魔王だなんて言われても、ピンと来ないですよ。何か、すごい魔法でも見せてもらえたら信じますよ」

「よかろう。ふはははは。その台詞を吐いたことを後悔させてやるぞ」

 魔王よねさんは、両手を上に上げて叫んだ。

「その力を待て余しておる魔獣どもよ! 儂の召還に応えよ!」

 上に上げていた両手の掌を上向けたまま、体の前に持ってくると、三流マジックで良く使われる、煙草の煙を貯めていてポッと出した程度の煙とともに、魔王よねさんの手の上には、水の中に小さな緑の球が入っているビーカーのような容器が現れていた。

「そ、それは?」

「驚くなよ。これぞ、阿寒湖で生まれ育ったマリモじゃ!」

「……はい?」

「これが儂の召還獣じゃ! 見てみろ。癒されるであろう」

「……それ、すごい魔法なんですか?」

「ば、馬鹿にしておるのか? よし! 見ておれ」

 魔王よねさんがまた同じポーズをすると、今度は、薄い煙の中から、掌の上に木彫りの熊が現れた。

「どうじゃ! この彫り目の美しさは! ちなみに鮭もあるぞ!」

 魔王というのは嘘で、本当は北海道土産の行商人じゃないのか?

「あのですね。魔王とおっしゃるには、人類を滅亡させるような強大な魔法も使えるんですよね?」

「も、もちろんじゃ。い、今までは小手調べ。これからが儂の本当の力じゃ!」

 再び、同じポーズをした魔王よねさんの、掌の上には、今度は「ソラシド」が現れた。

「儂も小説を書いておっての。これなんじゃが」

 俺は差し出されたソラシドの開かれていたページを読んでみた。「尻尾の先にあるもの」。……上手い。一夢の小説を読んだ後だと、本当に心が洗われるような気がして、読み終わった俺は素直に感動をした。

「すごいですね。こんな小説が書けるなんて、やっぱり、魔王だけのことは、…………ってことはないでしょ! 世界征服はどうしたんですか?」

「良いではないか。小説書くの好きなんじゃから」

「開き直ってどうするんですか! そもそも、世界征服にやって来た魔王が、どうしてこのフサフサ亭に?」

「うむ。征服にやって来たは良いが、この世界に着いた途端、雨に降られてのお。傘を持ってなかったからびしょびしょになってしもうて、ちょっと雨宿りにの」

 確かに、傘を差してやって来る侵略者というのも見たことはないが、雨宿りする侵略者というのも聞いたことがない。

「この世界を征服するって、いったいどうするんですか?」

「聞いて驚くな。儂はツイッターを始めようと思っての。そしてフォロワーさんをどんどんと増やして、そのフォロワーさんの悩み事を聞いてあげるのじゃ」

「はい?」

「分からんかのう。つまりじゃ、儂に悩み事をどんどんと相談していると、ツイート回数が増えて、必ずと言っていいほど規制されてしまうじゃろ。そうすると、ほとんどの人は規制をされても良いようにサブ垢を設ける。中には三つ四つと垢を持つ者も現れるじゃろう。そうすれば、我が王国の住人ツイッター廃人のできあがりじゃ。この世界の住人をどんどんと我が王国の住民にしてやるのじゃ!」

「そ、そんなことはさせませんよ!」

 健全なるこの世界の危機だ。俺が立ち上がらないで、誰がこの世界を救うことができるんだ?

「……ちょっと相談がある」

 俺がメラメラと正義の炎をその目の中で燃やしていると、一夢が、魔王よねさんにボソッと話し掛けた。

「何かな?」

「……大きな声では言えない」

「そうか」

 魔王よねさんは、一夢の前のカウンターに座って、耳を一夢に近づけた。

「どんなことじゃ?」

 一夢も魔王よねさんの耳元に口を近づけて、何やら、ごにょごにょと話していた。

 でも、何だ? 俺にも聞かれたくない一夢の悩みって? って、そもそも一夢に悩みがあることが、ヒッグス粒子の発見よりも驚きなんだが。

「そうか。それは大変じゃのう。だったらの……」

 魔王よねさんは、熱心に一夢とひそひそ話を続けていた。

 ――あの、魔王さん。ツイッターじゃなくて、直に悩み事相談受けていたら、そもそもの目的は達成できないんじゃない? まあ、俺が心配することではないが。

 俺は、目の中に燃やしていた正義の炎を、とりあえず弱火にした。

 10分ほどすると相談は終わったみたいで、一夢は表情も変えずに、カウンター内のいつもの立ち位置に戻った。

「一夢、もう相談は終わったのか?」

「……終わった」

「何を相談していたんだよ? まあ、話したくなければ話さなくても良いけど」

「……録画したアニメが貯まっていて、どれから見たら良いか、相談していた」

「…………で、結論は?」

「……録画した順番に見る」

 相談の内容も内容だが、何、その答え? その答えを出すのに10分も必要だったの?

「うむ。また迷える若者を正しい道に導いてやったの」

 よく分からないが、とりあえず、魔王なのに人が良すぎだぞ。

 だが、それは置いといて、いつまでもパチモン魔王の相手をしてられないぞ。いつ、お客さんが来るかもしれないんだからな。

「とりあえず、魔王さん。用事が終わったら、出て行ってもらえませんか? 一応、ここは喫茶店で、お客さんが来ますから」

「誰もおらぬではないか」

「今はたまたまなんです。そもそも、あなたはお客さんじゃないんですから、帰ってくださいよ!」

「何じゃ。冷たいの。そちの相談も受けてやろうと思っておったのに」

「別に相談したいことはありません。強いてあげれば、お金も持たないのに喫茶店に居座る奴を店の外に追い出す方法を訊きたいですね」

「そんなひどい奴がおるのか?」

 あんただ!

 そう言えば、魔王よねさんを帰すって言っても、どこから来たんだろう?

「でも、魔王よねさん。よねさんの王国ってどこにあるんですか?」

「遙か北の国じゃ」

「そんな遠くからわざわざ来られたのですか?」

「うむ。青春18切符を使っての?」

「魔王なら、魔力でひとっ飛びに来られるんじゃないですか?」

「そんなことできるわけなかろう」

「いや、魔王さんですよね。魔法を使ってちちんぷいぷいっと」

「お主は小学生か? 今どき、ちちんぷいぷいなんて呪文を使う魔法使いはおらんぞ」

「それじゃあ、魔王さんの呪文はどんな呪文なんですか?」

「ほほう。儂に呪文を唱えさせるつもりか? どうなってもしらんぞ」

「どうぞ」

 魔王よねさんは意外とやさしい笑顔を俺に向けながら、ボソッと呟いた。

「どうしたんだい? 儂に話してご覧」

 ……! どうしたんだ? 急に魔王よねさんに何か相談したくなったぞ。そんな優しい言葉使いで話し掛けられたら、誰だって相談したくなるってもんだ。

 こ、これが魔王よねさんの魔力なのか? 恐るべし魔王よねさん!

「よ、よねさん。実は、俺も相談したいことがあるんですが」

「何じゃ。良いぞ。何でも相談に乗ってやろう」

「じ、実は、……最近、男に胸がときめくようになってしまって、道を踏み外しそうなんですが、どうすれば良いでしょうか?」

「知るか! 専門外じゃ!」


 ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。

この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。

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