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珈琲五杯目

私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。

 そろそろ蒸し暑くなる季節だが、今年の俺は、冷房の効いたフサフサ亭で快適な毎日を送っている。扇風機しかない下宿で、サウナのように汗を掻き、ダイエットに挑戦ということも考えたが、一歩間違うと熱中症で死んでしまいかねない。

 ということで、俺は今日も授業に出ずに、フサフサ亭に来ていた。既に自分が大学生ということを忘れてしまっている気がする。何だかんだ言って、雇われマスター業が自分に合ってるような気がしてきた。

 隣に立っている一夢も空気のような存在だから、一緒にいても気にならないしな。


「こんにちは」

 今日も元気にボーイッシュな格好の椎音さんがやって来た。怒るとその言葉がカミソリ化すること以外は、本当に可愛い女の子だ。

 あれっ?

 よく見ると、椎音さんの背中にくっついて、隠れるようにしながら、女の子が一人入って来ていた。

 大きめの黒い中折れ帽子を目深に被って、俯き加減で、顔は見えなかったが、耳の横に垂れた後れ髪から、帽子の中に隠されている髪が、さらさらの黒髪ロングであろうことが分かった。

 服は、襟と長袖の袖と膝丈の裾に白いフリルが付いている黒いゴスロリドレス。濃紺色とえんじ色のボーダー柄タイツの下には、ストラップにリボンが付いた厚底の黒いハイヒールパンプス。……そして、何故か首には黒い首輪?

「僕さん、以前にお話ししたボクのペットを連れて来ましたよ」

「ペット?」

「ええ、今日、久しぶりにお仕事が休みになったって連絡があったから、一緒にフサフサ亭に行こうって誘ったんです」

 椎音さんの上着の背中をつまみながら、恥ずかしげにしているその女の子と椎音さんはカウンター席の近くまでやって来た。

「新しいマスターの僕さんだよ」

 椎音さんは、その女の子に俺を紹介してくれた。

「こんにちは。冬山僕と言います」

「こ、こんにちは」

 消え入りそうな声だったが、可愛い声だった。

「ほら、ちゃんと顔を見せて、挨拶しなさい!」

「だって……、恥ずかしい」

「もう!」

「あっ!」

 椎音さんがその女の子の帽子を素早く奪い取ると、予想どおり、サラサラの黒髪がこぼれ落ちるように広がった。

「せっかく連れて来たのに何だよ!」

 そう言うと、椎音さんは、自分の右手に持った細い鎖を強く引っ張った。その鎖の先は、女の子の首輪につながっていて、椎音さんは、近くに引っ張り寄せた女の子の両肩を持って、その女の子を俺の前に押し出した。

 ――――――!!!!

 そこにいたのは、今をときめくスーパーアイドル! 音戸翔姫おとこしょうひめちゃんだった!

 握手会で握手ができる権利付きCDを100万枚以上売り上げているという。もっとも、そのうち99.9万枚は公園に捨てられているらしいが……。

 これは夢か?

 俺は、ほっぺをつねってみようかと思ったが、髑髏な顔は硬くて、つねることができなかったので、両目をV字に開いた人差し指と中指で刺してみた。

 ぶすっ! 

 ――痛い。俺の黒い空洞の目が痛い。間違いない。夢ではない。

 何を隠そう、俺も翔姫ちゃんの大ファンなのだ! もちろん「翔姫萌え萌えファンクラブ」にも入会しているぜ。

 俺の部屋に貼っているポスターそのままの、はにかんだ笑顔が今、俺の目の前に!

 ……か、可愛い。この世の中にこんなに可愛い女の子がいるということが奇跡だ。まるで二次元から抜け出して来たような完璧な萌え萌え美少女! そして、このご時世に水着にもならない超清純派!

 

「あっ、一夢さん。こんにちは」

 翔姫ちゃんは、少し顔を赤らめながら、一夢にお辞儀をした。一夢も何か嬉しそうだ。

「……翔姫ちゃん。……また、サインちょうだい」

「は、はい」

 何! サイン! 一夢も翔姫ちゃんのファンなのかな? ……でも「また」って?

「一夢。翔姫ちゃんのサインを何回ももらっているのか?」

「……うん」

「お前も翔姫ちゃんのファンだったんだなあ。全部、部屋に飾っているのか?」

「……ヤフオクに出してる」

 もしかして、俺が半年前に5万円で買った、あの色紙も……。

 一夢! てめええええ! 田舎の少年の純情につけ込みやがって!


 しかし、翔姫ちゃんの登場に舞い上がっていたけど、よく考えてみれば、椎音さんは「ボクのペット」と言ったよな。友達というのであれば分かるけど、「ペット」ってどう言う意味なんだ?

 それと前回、珈琲四杯目を飲んでいる時、それに続けて、何か言っていたような気がするが……。

 カウンター席に並んで座った椎音さんと翔姫ちゃんは、揃ってカフェオレを注文した。

 俺は、2人の前のカウンターテーブルにお冷やを置くと、椎音さんに訊いた。

「あの、椎音さん。翔姫ちゃんは、椎音さんの友達だったんですね?」

「友達というより、ペットですよ、ペット!」

「いや、ペットってどう言う意味ですか?」

「2年前くらいかな。まだ、翔姫の髪が短かった時にね、翔姫がボクのことが好きだって言ってきたけど、ボクは自分が王子だから、男らしい男が嫌いで、『可愛い人』が好きだって断ったんですよ」

 男らしい男?

「そしたら、翔姫は、髪を伸ばして、絶対、可愛くなるから、ペットでも何にでもしてって言ったんです。1年前くらいに会ったら、その言葉どおり、すごく可愛くなってたんで、約束どおり、ペットにしてあげたってことなんです」

 ――1年でそんなに変わるのか。まあ、女の子は、少し見ないと全然変わっているってこともあるからな。

「あの~、椎音さん。今の話だと、昔、翔姫ちゃんは、男のぽかったということですか?」

「ぽかったというより男の子だったんです。そして、今は男のなんですけどね」

 声に出して台詞としても聞いても違いは分からないが、これは、おつまみ小説なので、ふりがなだけで了解してくれ。

「椎音さん。男の娘ってことは、その中身は男だってことですよ。使い方を間違ってないですか?」

「間違ってないですよ。だって、翔姫は男なんだから」

 ………………………………この衝撃を文字にするにはどうすれば良いんだろう。この小説の作者にはそこまでの文章力はないと思われ、三点リーダーを12個並べることしかできなかったようだ。

「男!?」

 そ、そんな馬鹿な! 俺は、まじまじと翔姫ちゃんの顔を見つめた。目が合った翔姫ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せた。……冗談だろう。こんなに抱きしめたいくらいに可愛い娘が、男?

「椎音さん、冗談がきついなあ」

「冗談なんかじゃないですよ。何なら証拠を見せましょうか?」

 そう言うと、椎音さんはシャツのポケットから1枚の写真を取り出した。

「翔姫の写真集に載せる予定で写したらしいんですけど、ボツになったやつ」

「えっ、椎音ちゃん、どうして、その写真を持ってるの?」

 翔姫ちゃんも少し驚き、慌てているようだった。

「ほら」

 椎音さんが、俺に差し出した写真を手に取って見ると、誰も見たことのない翔姫ちゃんの水着写真だった。黒のワンピースを着て浜辺で微笑んでいる。やっぱり可愛いじゃないか。胸は無いけど……、少し股間がもっこりしているような気もするけど……。


 ――信じない。信じないぞ。俺が青春を捧げたアイドルが男だったなんて。 

「翔姫ちゃん、違うって言ってくださいよ。椎音さんと一緒になって、俺を騙そうとしているんですよね」

 俺は、自分でも必死になってると分かるくらいの勢いで、翔姫ちゃんを問い質した。

「そ、それは……」

「椎音さんが嘘を吐いているんだよね?」

 その一言で、翔姫ちゃんが変わった。

「椎音ちゃんは嘘を吐くような人ではありません! 私が大好きな人のことを、どうしてそんな嘘吐き呼ばわりするんですか!」

「いや、でも、翔姫ちゃんが男だなんて」

「いえ、椎音ちゃんの言ってることは本当のことなんです」

「そ、そんな……。嘘だ、嘘だよ。俺は信じないよ。そんな嘘なんて」

 翔姫ちゃんは徐々に俯いていって、体を小刻みに震わせていた。

「もう、人を担がないでよ。本当に人が悪いなあ。ひょっとして番組のロケなんですか? 『ドッキリ大成功!』なんて看板持ったおじさんが、どこからか出てくるとか?」

 俺の台詞が終わると同時に、翔姫ちゃんは、キッと顔を上げて立ち上がり、俺にガンを飛ばしながら叫んだ。

「嘘じゃないって言ってるだろうが! うるせーんだよ! タコ!」

 …………俺の中で何かが壊れていった。

「あっ、ごめんなさい。私ったら」

 はっと我に返ったように、翔姫ちゃんは、また顔を赤らめながら椅子に座り俯いてしまった。

 一夢がカニ歩きで、打ちひしがれている俺の側にやって来て、ぼそっと言った。

「僕さん。……翔姫ちゃんのサイン、……持ってるなら1万円で買い取るよ」

 …………お前は、俺に5万円で売ったものを1万円で買い戻そうとしているのか? でも、……ゴミ箱に捨てるよりも1万円で買い取ってくれる方がマシかな。

 しかし、俺の青春は……、俺の青春は、知らず知らずのうちに、BLルートに乗っかっていたのか。……俺は、オーナーと同じ道を歩むことになるのだろうか。

 ふ、ふははははははは……。

 ……俺の青春。……俺の純潔。……泣いてなんかいないもん!


 ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。

この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。

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