珈琲四杯目
私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。
連載中止のおそれもたぶん無くなり、俺は、主役の座から引きずり降ろされることなく、ここフサフサ亭で雇われマスターを続けていた。
客が途切れた合間に、俺は、一夢の淹れてくれた珈琲四杯目を飲んでいた。悔しいが、一夢の淹れてくれる珈琲は本当に美味い。
「一夢。お前の淹れてくれる珈琲は本当に美味いな。何かコツがあるのか?」
俺が言葉を言い終わって、3秒ほどのタイムラグがあってから、一夢が首を俺の方に向けた。
「……愛情」
――すまん。お前も小説書いているんなら、誤解のない文章でしゃべってくれ。
お前の愛情の対象は何なんだ? 珈琲そのものか? それともに珈琲を飲んでくれる人か? 俺としては、とりあえず後者でないことを祈る。
「こんにちは」
俺がちょうど珈琲を飲み終わった時、くらしさんと椎音さんが一緒にフサフサ亭に入って来た。
「いらっしゃいませ。くらしさん、椎音さん」
二人は並んでカウンター席に座った。
「お二人はお知り合いだったんですか?」
「そうよ。私はオーナーの嫁で、椎音ちゃんはオーナーの妹だからね」
「えっ、椎音さんは、あの猫の、もとい、オーナーの妹だったんですか?」
椎音さんは俺の質問に、けらけらと笑いながら答えた。
「そうですよ。ついこの前、妹になったんです」
「ついこの前?」
「はい。くらしさんに勧められて、オーナーに妹にしてくださいって頼んだら、即OKが出たんですよ」
「それって、オーナーのご両親の養女になったということですか?」
「違いますよ。自称です」
「ひょっとして、くらしさんも?」
ホモ疑惑があるオーナーの嫁だというくらしさんは、考えてみれば不思議な存在だ。
「そうよ。でも、オーナーは、とりあえず実業家だから、多額の保険金を掛けているのよ。婚姻届を出してなくとも、嫁である以上、保険金は貰えるみたいだから」
――何となく、オーナーが可哀想になってきた。しかし、この哀憐の情が、オーナーに対する愛情に変わることはないと断言しておく。
そう言えば、今日のくらしさんは、ギターを背負ってないし、竹刀も持ってない。
「今日は、ギターはどうしたんですか?」
「ちょっとトラ目がネコ目になっちゃってね。修理に出しているのよ」
トラ目なんて言っても、レスポール知っている人しか分からない、マイナーなネタに食いつくべきか。しかも、何だ、ネコ目って? これ以上、突っ込まない方が良いと俺の本心が疼いている。
「竹刀は?」
「竹刀は今、改造中」
「改造?」
「破壊力を増すために、中に鉄筋を入れるようにお願いしているのよ」
「怪我どころじゃすまないですよ。死にますって」
「大丈夫よ。私も力の入れ加減は分かっているから」
通り魔事件の被疑者として、くらしさんがテレビに登場する日も遠くなさそうだ。
その時、入り口のドアが開かれた。
「いらっしゃ……」
ものすごい光で店内が照らされた。
俺は、生活保護不正受給で謝罪会見をした芸能人が頭を下げた時に一斉に焚かれたカメラのフラッシュを直に見た時のような眩しさに目が眩んで、入り口をまともに見ることができなかった。
しばらくして、目が慣れてくると、入り口に一人の男性が立っていることが確認できた。
「あら~、電星君、久しぶり~」
くらしさんが嬌声を上げた。無理もない。そこにいたのは、絶世のイケメンだった。どうやらさっきの眩しい光は、彼の顔から発せられた「イケメンビーム」だったようだ。
「こんにちは、くらしさん」
にこっと笑ったそのイケメンの口元から、忍び込んだルパン三世に当てられているサーチライト並みの強烈な光が俺の瞳を直撃した。
「目が! 目が~!」
と言おうと思ったが、「連載中止」の四文字が、俺の脳裏を電光掲示板のように右から左に流れていき、何とかその衝動を押し殺した。
どうやら今の光は、白く輝く歯から発せられた「爽やかビーム」だったようだ。
少なからず網膜にダメージを受けたが、何とか回復をした俺は、金環日食の時の太陽のように、まともに見てはいけないと悟り、そのイケメンに対しては、その胸元を見るように伏せ目がちに接することを学習した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。新しいマスターさんですか?」
低いが良く通る声は、聴いた女性全員をマリア様のように処女懐胎させるフェロモンを撒き散らしているかのようなイケボだ。
「はい。冬山僕と言います」
「僕は、電星と言います。よろしくお願いします」
理科の先生にでもなりそうな名前だ。
しかし、電星君は俺と同じ大学生くらいと思われたが、顔だけではなく服装も垢抜けていて、まるで女性にモテるためだけに生まれてきたようだ。
ここまで輝かれると、さすがに嫉妬心も起きないぜ。
「電星君、ここにお座りなさいな」
くらしさんは嬉しそうにカウンターの右隣の席を勧めた。
やはり、くらしさんも猫よりはイケメンの方が良いらしい。
「一夢さん、珈琲をください」
電星君はカウンター席に座ると、一夢に注文を出した。
――んっ? 3秒経っても一夢の反応がない。
俺は何気なく一夢を見ると、……な、何と、一夢の奴、頬染めてんじゃん。
何? 何なの? 一夢もイケメン好きなの? やっぱり女なの?
いや、待てよ。これだけのイケメンなら、モーホー族にもモテるはずだ。そっち系なの?
「おい、一夢! 珈琲だって!」
「……分かってる。……愛情、込めてた」
一夢は慌てることなく珈琲を淹れる作業に入った。
その間、くらしさんは電星君にしなだれるようにして、うっとりとした顔で、上目遣いに電星くんを見つめていたが、くらしさんの左隣に座っていた椎音さんは、意外と醒めていた。
椎音さんは、自分の女性的な部分があまり好きでないらしく、王子になりたいと公言しているくらいだから、ひょっとして女性好きなのかも?
「椎音さんは、どんな子が好きなんですか?」
「ボクは男でも女でも可愛い子が良いなあ。男だったら可愛い男の娘が好き」
「そ、そうなんだ」
「ボクがペットに飼ってる男の娘がいるから、今度、ここに連れて来て、僕さんに紹介しますよ」
「はははは。そ、それは楽しみだ」
たぶん、今、次回には俺が登場かと胸躍らせているフォロワーさんが一人いるはずだ。もっとも、このおつまみ小説の作者は、プロットを作らずに書き進めるようだから、伏線を貼っておきながら、そのまま登場しないというキャラが無数にいるということをお知らせしておこう。
「ただいもなのだよ」
こんな時に、オーナーまでやって来た。
いきなりオールスターキャスト総出演かよ。まるで最終回のノリじゃないか。……やっぱり連載中止なのかな?
「おお、電星君じゃないか! 久しぶりだね」
オーナーは嬉しそうに、電星君の右隣のカウンター席に座った。
「旦那様。いやに嬉しそうですね」
電星君を挟んで左側の席に座っていたくらしさんが、電星君越しに、嫌みたらしくオーナーを見つめた。
「うっ、嫁一号。いたのかい?」
「最初からいましたよ。電星君は、今、私とお話しているのですから、邪魔しないでくれませんか」
そう言いながら、くらしさんが、カウンターの上に置かれていた電星君の左手に自分の右手を重ねた。
「うっ、……分かりました」
そう言いながらも、しっかりと電星君の右腕に自分の左腕を絡めているオーナーであった。
両手に花……ではなく、左手に通り魔、右手に猫をはべらせて、電星君も嫌がっているようではなかった。
しかし、これだけのイケメンなら、彼女の一人や二人はいるのではないだろうか?
「電星君は、誰か好きな人はいないのですか? 彼女とか?」
「僕ですか? 他人は好きになれないですね。僕が一番好きなのは僕自身かな」
「えっ」
電星君は、オーナーが絡んでいた右腕で懐から手鏡を取り出すと、自分の顔を鏡に映して眺めだした。
「どうして僕はこんなに美しい顔で生まれてきてしまったのだろう。何て罪作りな顔なんだ」
電星君は、うっとりと鏡の中の自分に見とれているみたいだった。
「結婚するのなら、自分が一番ですね」
どんな結婚式になるのか興味津々だ。結婚式の誓いの言葉を、腹話術のように一人で言うのか?
「ぐっ」
突然、頭を抱えて、電星君が苦しみだした。
「電星君! だ、大丈夫ですか?」
俺は心配になって声を掛けた。しかし、くらしさんやオーナーは心配しているというより、がっかりしている様子だった。
カウンター席に突っ伏していた電星君の髪が見る見ると伸びてくるのと同時に縮れてきて、アフロヘアに変わった。
「あ~、苦しかった」
顔を上げた電星君は、顔までアフロヘアで隠れていたが、その髪の間から、6つの目が見えた。
「電星君、もうちょっと頑張ってよ~」
くらしさんが本当に残念そうだった。
「すみません。ちょっとずつは長くいられるようになってきてはいるのですが、まだ15分が限界ですかね」
「何の限界なんですか?」
俺の質問に電星君は後頭部を掻きながら答えた。
「イケメンでいられる時間ですよ」
「一旦、その姿に戻ったら、次にイケメンになれるまで6時間くらい掛かっちゃうからねえ。今日はもう見られないわね」
しかし、オーナーはそれほどがっかりしているようではなかった。
「電星君、もうそろそろ僕の家に来てくれても良いんじゃない? その鍛え上げられた胸板に顔をすりすりしたいねえ」
どうやら、オーナーは、顔よりも肉体の方に興味があるようだ。
……って、何? 一夢も頬染めたままなんですけど。一夢もイケメン好きじゃなくて細マッチョ好きなのか? オーナーと同趣味なのか?
オーナーの親戚って言っていたし、ここをクビにならずにいるということは、やっぱりオーナーのお気に入り小姓の一人だったのか?
過去には、オーナーの第二ホモ嫁などと、一部TLでは呼ばれていたみたいだしな。
しかし、電星君は、そんな一夢の様子には、まったく気づかないようで、6つの目でオーナーを見つめていた。
「そうですね。実は、僕も今、ストーカーのJKに追いかけ回されているんで、一時的にオーナーの家に避難させてもらいましょうか」
「そ、そうかい! むふむふ。善は急げだね。それじゃあ行こうか」
――オーナーと一緒にフサフサ亭を出て行った電星君を、その後、俺は見ていない。
ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。
この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。