珈琲三杯目
私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。
喫茶フサフサ亭は、通称「化け猫通り」という寂れた商店街の一角にあった。「なんとか銀座商店街」というどこにでもあるような正式な名称があるらしいが、誰もその名称で呼ばないらしい。
何故、「化け猫」なのか? 猫の顔した大男が、男の尻を追いかけながら、ふらふらとやって来るんだから、そうなるのが当然と言えば当然だ。
そして、その名のとおり、フサフサ亭前の通りには、春の陽気に誘われて、妖怪とか幽霊とか物の怪とかガンダムとか、凡そ人外と言われるものが、真っ昼間から闊歩していた。
ここにバイトに来るようになってから、そんな存在が見えるようになった俺も顔が髑髏に見えるらしいが、歴とした人間だ。
田舎から花の東京に出て来たにもかかわらず、彼女もできず、当然、デートと称して観光地巡りもしていない俺は、予定帳はまっさらのままゴールデンウィークに突入してしまい、せっかくの連休だというのに、ずっと一緒にいるのは、一夢だけという最悪のシナリオを演じなければならない羽目になってしまったわけだ。
客の入りが途絶えると、途端に、フサフサ亭の時計は、時々、居眠りをして、その針を動かすことを怠けているかのようで、今日も店内には間延びした時間が流れていた。
食器磨きも終わって、やることのなくなった俺は、眠気に襲われてきた。
ここは一つ、眠気覚ましに一夢に話し掛けてみよう。
「一夢」
「……何?」
俺の隣にいつもどおり、ぬぼーと立っていた一夢は、能面のようなその顔の表情を変えることなく、操り人形のように首だけを俺の方に向けた。
相変わらずワンテンポ遅れて返ってくる返事にも、もう慣れた。
「一夢はさ、自分のことを話すとき、何て言うんだ。俺か? 僕か? 私か?」
「……ボクかな」
「そ、そうか。やっぱり男だったら、僕だよな」
「……男って?」
「いや、一夢は男だから、自分のことをボクっていうんだよな?」
「……そうなのかなあ?」
「お前は自分の性別が分からないのか?」
「……僕さんは、ボクの性別を知ってどうするの?」
「どうするのって、ほら、やっぱり、接し方ってあるじゃないか。一夢が女なら、やっぱりエッチなことなんて言えないだろう?」
「……ボクが男だったら、エッチなことを言っても良いの?」
「いや、男同士のコミュニケーションには多少の下ネタもあって良いんじゃない?」
「……僕さんは下ネタを織り込まないと、コミュニケーションをとれないの?」
――いちいち正論を吐きやがる。この不利な状況で戦線を維持していると、最終的には俺が白旗を揚げることになりそうだ。ここは講和条約締結で無難に切り抜けよう。
「俺を含め、そういう男が多いとは思うぜ。一夢はエッチなことが嫌いなんだな?」
「……うん」
一夢は年齢不詳ではあるが、近くで見る限り、俺とそんなに年齢は違わない気がする。すくなくとも20歳代だとは思うが、男だって女だって、エッチなことに興味がない奴っているんだろうか? もちろん、それを大ぴらに話すか話さないかの違いはあると思うが。一夢は本当に異性に興味がないのだろうか?
「こんにちは!」
俺がそんなことを考えていた時、元気な挨拶とともに、背の高い女の子がドアを勢いよく開けて入って来た。ショートカットでボーイッシュな格好だったが、ちゃんと女の子だと分かる。何故って、隠しようがない大きな胸が揺れていたからだ。ボーイッシュなファッションとスタイルに、推定Fカップのバスト。このアンバランスは、けっこう癖になるかも。
女の子はつかつかとカウンターに近づいて来ると、俺のことは目に入ってないように、まっしぐらに一夢の方に歩み寄った。
「一夢さん、元気してた?」
女の子はニコニコと笑いながら、カウンター席に座ると、手を伸ばして、カウンターの中にいる一夢の両頬を両手でそれぞれ掴んで、ビヨ~ンビヨ~ンとエキスパンダーのように左右に伸ばし始めた。
――一夢のほっぺたはゴムでできているのか? 一番伸ばしきった時には、「-」の口が「――――――――」くらいになっていた一夢だったが、痛がっているようではなかった。いや、どちらかというと嬉しそうだ。最近は、わずかな表情の変化で、一夢が今、どういう気持ちなのかが、何となく分かるようになってきた。人間、慣れというのは恐ろしいものだ。いつもはマイナス記号の口の両端が、3ミリほど上向きに曲がっているように見えた。
しかし、女の子にいたぶられて喜ぶということは、一夢は、やっぱり男なのか。そうだとしても、虐められて喜ぶんだから、よほどのドMなのか?
「……はひひふんほ? ひいほんひゃん」
ほっぺたをビヨ~ンビヨ~ンとされながら、小さな声で一夢が女の子に訊くと、女の子は
「カフェオレ!」と元気な声で答えた。
この時には、一夢が何と言ったのか、俺には理解できなかったが、後で一夢に訊くと「なににするの? しいおんちゃん」と言ったようだ。
俺が、お冷やを女の子の前に置くと、初めて女の子は俺に気づいたようだ。一夢のほっぺたから手を離し、カウンター席の前で立ち上がり会釈をした。
「あっ、こんにちは。新しいマスターさんですか?」
「はい。そうです」
「ボク、灰音椎音と言います。よろしくお願いします」
いきなり一夢を弄ぶ一方で、俺にはすごく丁寧な言葉遣い。そしてよく見ると、かなりの美少女だ。これはお友達になっておいた方が良さそうだ。
「俺は、冬山僕と言います。椎音さんは、ここに来始めて長いんですか?」
「ええ、三代前のマスターの時から来てます」
「三代前?」
「そうですよ。これまでのマスターはみんな、オーナーの家に行ったきりで帰って来なかったですからね」
――良かった~。行かなくて。
ところで、椎音さんは一夢と仲良しみたいだが……?
「椎音さんは一夢と仲良しなんだね?」
「はい。一夢さんと遊んでいると、面白いですから」
俺はまた鎌を掛けてみた。
「彼氏とかにしてみたいとか?」
「彼氏? 一夢さんって男性なんですか?」
「いや、俺も知らないんだけど……。椎音さんも知らないで付き合ってるの?」
「一夢さんが男か女かなんて関係ないですよ。一夢さんを弄くるのが楽しいんだから」
今回も、俺が振り下ろした鎌は空を切ったようだ。それにしても、一夢を弄くるのが楽しいって、この子はかなりのドSらしいな。
「椎音さんは学生さんですか?」
「はい。高校生です」
JK! 同じ高校生の先輩と後輩という間であれば全然気にならないのだが、大学生となった俺がJKと付き合うとすると後ろめたい気分になるのはどうしてだろう?
「何かクラブはしているの?」
「演劇部に入ってます」
「へえ、椎音さんなら、可愛いから、お姫様役がぴったりだね」
「何ですって?」
突然、椎音ちゃんの額から鼻の辺りまでに縦筋線が入った。
「それはどういう意味ですか? マスター!」
「ど、どういう意味って。……椎音さんは可愛いから、お姫様役をすると一層輝くだろうなって思っただけだけど……」
「ボク、……可愛くないです。……今日、会ったばかりのあなたに何が分かるんですか?」
いったい俺は、どんな地雷を踏んでしまったのだろう? まったく見当が付かない。それに、今、何かが俺の顔に向かって飛んで来たような気がしたが……?
「……僕さん、……危険。……逃げて」
一夢が横歩きで俺の側に寄って来て、小さな声で教えてくれたが、どうやら遅かったようだ。
俺は右頬が濡れているような感覚を覚えた。指先で右頬を触れてみて、その指を見てみると少量の血が付いていた。どうやら、俺の右頬は、カッターナイフでなぞられたような一筋の切り傷が付いているようだった。でも、いつの間に?
「……僕さん。怒った時の椎音ちゃんの言葉、……カーターナイフ」
何だと!
「……椎音ちゃん。……僕さんの代わりに、……ボクが話を聞く」
「良いですよ。一夢さんと決着を着ける良い機会ですね。望むところです!」
突然、周りの景色が変わった。カウンターもテーブルも椅子もすべて消えてしまった。いつの間にか三人は、鳩サブレと@マークに似た模様が見渡す限り広がっている空間にいた。
「この空間は、ボクの規制垢制御下にあります。脱出路は封鎖しましたよ」
嘘だろ? 規制垢って……呟きすぎだろ。
呆然としている俺から少し離れたところで、一夢と椎音さんが睨み合いながら立っていた。
相変わらず額から鼻のところまで縦線筋が引かれた椎音さんが、一夢を指差しながら言った。
「このツイッター廃人空間での、ボクの言葉責めには、いくら一夢さんでも勝てませんよ」
一方の一夢は、カウンターの中にいる時と同じように、ぬぼーと緊張感なく立っていた。
「ねむい!」
椎音さんが叫ぶと、「ね」と「む」と「い」、そして「!」のそれぞれの文字がすごい速度で飛んできて、一夢に襲い掛かった。
「ね」と「む」と「い」を、くらげのように身をかわして、やり過ごした一夢だったが、「!」を避けきれず、その上部が一夢の腹に突き刺さった。
一夢は、その時の衝撃で体を揺らしたが、倒れることはなかった。しかし、「!」の下部が突き出ている一夢の腹からは、鮮血が吹き出ており、オーバーオールを血で染めていた。
「一夢!」
俺は一夢の側に走り寄ったが、一夢は表情を変えることなく、俺の方を向いた。
「……平気」
いや、ちっとも平気に見えねえって。
「それだけダメージを受けたら、他のメニューに手を付ける余裕はないでしょ? じゃ、とどめね」
そう言うと、椎音さんは、自分の両手を勢いよく振り下ろすと、その両手は万年筆のペン先のように形状が変わっていた。
「死になさい!」
椎音さんがそう叫ぶと、両手のペン先がびよ~んと伸びて、一夢の体を突き刺した。
「一夢!」
しかし、槍のようなペン先に突き刺さり、宙に浮いている状態の一夢はいつもと同じようにボソッと言った。
「……終わった」
「何が? あなたの400年余りの人生が?」
椎音さんは勝ち誇ったように一夢を見ていた。
しかし、ちょっと待て! こんな時に何だが、一夢、長生きしすぎだろう! お前は徳川家光のご学友だったのか?
「……違う。……珈琲用のお湯を沸かすのが」
「遅いよ。一夢さん」
一瞬で景色がフサフサ亭に戻った。俺はいつもどおりカウンターの中にいて、隣にはちゃんと一夢もいた。腹から血も出てないし、何も刺さっていなかった。一夢の前のカウンター席には、何事もなかったかのように、椎音さんも座っていた。
「い、今のはいったい?」
俺は一夢に訊いた。
「……長門ごっこ」
「一夢さん、いつも長門有希ちゃんみたいになりたいって言ってるから、たまに遊んであげてるの」
椎音さんも笑いながら答えたが、今の異空間は? そしてあの流血は? いつもこんな大がかりな遊びをするのか、こいつらは?
でも、…………これって、「涼宮ハルヒの憂鬱」185ページくらいからの長門と朝倉の対決シーンと同じだよな。盗作になるんじゃないのか?
「あのさ、こんなこと書いて良いのか? 盗作なんて言われないか?」
「……大丈夫。……もう、みんな忘れているから」
………………!!!!
おい、良いのか! そんなこと言って! 全国のハルヒファンと谷川先生とスニーカー文庫さんを、今、敵に回したぞ! 明日には、このおつまみ小説を書いてる作者のところに内容証明郵便が届くかもしれないぞ! ひょっとして「なろう」さんまで閉鎖されちゃうかもしれないぞ!
「でも、この小説の作者さんも土下座の練習してるって言ってましたから、大丈夫ですよ」
椎音さん、何故、君にそんなことが分かる? この小説の作者の土下座なんて、犬が頭を垂れて一心不乱に餌を食べているくらいの重みしかないぞ。
「し、消失、面白かったよなあ。次の映画が楽しみだ。ひょ、ひょっとしてアニメ三期もあるのかなぁ。はは、はははは」
この程度のフォローしかできませんが許してください!
せっかく、俺が主役の小説なのに、わずか三作目で連載中止に追い込まれるかもしれないなんて。……トホホ。
ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。
この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。
そして、私もハルヒ大好きですから~(^^;)