教皇庁正典編纂会議編『外典第一巻』「ノエチ書」
第一章
未だ地獄の存在しない遥かなる昔、天には主の御業を助ける数多の御使い達がいた。彼らの数は限りなく、位の高い者、位の低い者、力の強い者、力の弱い者、主のお傍に侍る者、地上の子らを導く者、剣を取って戦う者、天の運行を支える者がいた。主は彼らを遣わして天と地を治めていたのである。
御使い達の中に、一際位高く、力強く、主の覚えのめでたい輝かしい者達がいた。地上の子らを導く任務を与えられた最も偉大な御使いであった八人は、自由、闘争、快楽、清澄、制御、安息、正義、そして試練であった。彼らは地上の多くのことを任されていた。ケイオリーダムは主より物事の自由を任されていた。彼の存在によって人や獣や鳥を始めとする生き物は生まれ、育ち、考え、思い、動き、生み出し、打ち壊し、物は作られ、壊れ、形を変えたのである。ウオーヴラアは主より闘争の技と心を任されていた。彼の存在によって争いが起こり、戦の技が磨かれ、体と心が猛く強くなり、戦いの掟が守られたのである。シャルダーナラストは主より物事の楽しみを任されていた。彼の存在によって、労働が喜ばしく、食事がおいしく、学問が楽しく、芸術が美しく、友情が快く、子作りが心地良く保たれたのである。グーリューは主より物事の清浄さを任されていた。彼の存在によって世界は清潔に保たれ、病毒が癒え、美貌が作られたのである。デルマコスターは主によって万物の秩序正しさを任されていた。彼の存在によって人や獣や鳥を始めとする生き物の数と寿命が守られ、自然の法則が守られ、人や獣や鳥を始めとする生き物が放埓な振る舞いをすることが防がれ、法と権威が保たれたのである。ストゥルペンドは主によって安寧と安息を任されていた。彼の存在によって人や獣や鳥を始めとする生き物は疲れを癒し、心を安らかにし、心地良く眠り、活力と希望を以て働きに出ることができたのである。ユスダイスは主によって正義を任されていた。彼の存在によって全ての物事が正しく行なわれ、全ての過ちが正され、人や獣や鳥を始めとする生き物が正しく在ろうとしたのである。マティアリは主によって試練を任されていた。彼の存在によって努力と栄光の価値が保たれ、ふさわしき者のみが成功を勝ち取ることを許されたのである。
彼らは主の下に世界が正しく在るように各々の権能を用いていた。
第二章
主より試練の差配を任されていたマティアリは退屈に倦んでいた。そこで彼は心の慰めに己の権能を弄ぶことを思いついた。彼は自由民に奴隷の運命を課し、敗北の定まった軍勢に肩入れし、既に結ばれていた男と女に働きかけ、清掃人に怠け心を持たせ、生き延びるべき者を死なせ、眠る者に悪夢を見せ、義人を悪へと誘った。
彼は大いに楽しんだが、やがてその行ないは仲間達の知るところとなった。七人の仲間達は彼を取り囲んで口々に非難した。ケイオリーダムは「私が与えた自由をあなたが奪ってしまった」と責めた。ウオーヴラアは「あなたのせいであってはならぬ勝利があった」と責めた。シャルダーナラストは「あなたの働きかけによって、子作りの楽しみを分かち合うべき男と女が楽しみを失うこととなった」と責めた。グーリューは「あなたが清掃人を怠けさせたせいで捨て置かれた汚物によって、うっかりと私自身が穢れてしまった」と責めた。デルマコスターは「生きる時と死ぬ時とを定めておいたのに、あなたはそれを台無しにしてしまった」と責めた。ストゥルペンドは「あなたのしたことにより、地上から安らぎが失われてしまった」と責めた。ユスダイスは「あなたが善を堕落させたために、地上の正義が踏み躙られようとしている」と責めた。マティアリは仲間達を眺めて大きな笑い声を立てた。「私は私に為し得ることを為したまでだ。あなた達もそうするがよかろう」と彼は仲間達に告げた。ユスダイスを除く仲間達は口々に「ならばそうするとしよう」と言った。
ケイオリーダムは「私は地上から一切の束縛を取り去ろうと思う。人や獣や鳥を始めとする生き物や物は、何物にも縛られずに、思うがままに生まれ、育ち、考え、思い、動き、生み出し、打ち壊し、作られ、壊れ、形を変えるようにしよう」と答えた。ウオーヴラアは「私は地上の全てがただ闘争のためだけに用いられるようにしようと思う」と答えた。シャルダーナラストは「私は人や獣や鳥を始めとする生き物は己の快楽のためにのみ生きるようにしようと思う」と答えた。グーリューは「私は地上であらゆる汚物が溢れるようにしようと思う」と答えた。デルマコスターは「私は地上の全てが一つの法の下に支配されるようにしようと思う。そこでは万事が定められた手順通りに運行し、一切の違反を許されぬ」と答えた。ストゥルペンドは「私は地上の全てが永遠に安息を続けて動き出さないようにしようと思う」と答えた。そして地上の一切はその通りとなった。
ユスダイスはただ一人仲間達に反対した。仲間達は言葉を尽くして彼を仲間に引き入れようとしたが、ユスダイスは言う通りにならなかった。ユスダイスがどうあっても思い通りにならないことに業を煮やした七人は、とうとう寄ってたかって彼を打ち殺してしまった。正義の御使いの屍は八つ裂きにされて天のあちらこちらに捨て置かれた。
第三章
七人の御使いの乱暴狼藉によって地上は荒れ果ててしまった。マティアリ以外の御使い達の力は等しかったため、地上は六つの土地に分けられた。ケイオリーダムは南の地を得た。この地では全ての者が自由となった。死んでから生まれる者、死んでなお生きる者、手足や目玉の数が多い者、少ない者、地中に実を成し空に根を伸ばす樹木、角を生やした人、翼の生えた牛、毛皮を纏う蜥蜴、陸を歩く魚、父母を殺す子供、獣に飼われる人、夏の次に訪れる春、冬の次に訪れる夏、山のようにそびえる海、海のように広がる山、凍りついた炎、燃え盛る氷、魔術を使う者、王を殺す奴隷などが土地に満ち満ち、誰もが、何もが、己の望むことだけを望むがままに行なった。他の土地の者はこの土地を放埓の地と呼んだ。ウオーヴラアは北西の地を得た。この地では終わらぬ戦が起こり、生まれた時から死ぬ時まで誰もが戦士であり、作られた時から壊れる時まで何もかもが武具であり、娯楽も芸術も文化も学問も戦の役に立つもののみが認められた。その土地では悲鳴と怒号が絶えることなく、老人と老人、女と女、子供と子供、赤子と赤子までもが殺し合い、奪った首と宝だけが存在の価値となった。他の土地の者はこの土地を暴虐の地と呼んだ。シャルダーナラストは北東の地を得た。この地では快楽だけが認められ、誰も彼もが快楽を極めようとした。男と女の営み、男と男、女と女、人と獣の成さぬ営みに始まり、虐げる楽しみ、虐げられる楽しみ、集める楽しみ、手放す楽しみ、描く楽しみ、眺める楽しみ、食べる楽しみ、飲む楽しみ、働く楽しみ、学ぶ楽しみ、考え得る限りのありとあらゆる楽しみが土地に溢れ、誰もが留まるところなく楽しみを求めた。他の土地の者はこの土地を享楽の地と呼んだ。グーリューは南西の地を得た。この地では全てが穢れ果て、清浄なものなど一つもなかった。人畜はあらゆる病魔に侵されてその身体と精神を醜く歪め、大気と水は悪臭漂う毒となって濁り、大地は膿汁を滲ませる糞尿の泥沼となり、人が考え得る限りを超えた穢れという穢れが集まった。他の土地の者はこの土地を汚穢の地と呼んだ。デルマコスターは北の地を得た。この地ではありとあらゆる事柄が厳格に定められ、厳密に守られた。その土地ではあらゆる生き物、あらゆる事柄に細かな掟が設けられ、人畜は息をする回数から時機、心臓が脈打つ回数、髪の毛の本数、歩く速さ、走る速さ、体の重さ、背の高さ、着る服、パンに使う小麦粉の重さ、眠る時間に起きる時間、生まれる日に死ぬ日、出会う人、出会わない人、結ばれる人、友となる人、話す言葉、眺めるもの、思うことに考えることまでの、自然でさえも風の吹く向き、吹く強さ、葉の生え方に数、川の流れに雨粒の数までの、何もかもが定められた。他の土地の者はこの土地を圧政の地と呼んだ。ストゥルペンドは南東の地を得た。この地では全てが眠ってそのまま動かなかった。その土地では人畜は老いることもなく眠り続けたまま決して目覚めず、空には月が座したままで太陽は決して昇らず、風は吹かず、雨粒は空で停まり、迸る川の流れも、燃え盛る炎も凍りついたように動かず、光さえも囚われて全くの暗黒がそこにあった。他の土地の人はこの土地を停滞の地と呼んだ。
第四章
六人の御使い達は誰もが己の領分こそ第一のものであると考えていたため、他の五人をどうにかして出し抜きたいと思っていた。このため、世界中で争いが起こった。誰もが反目し合い、邪魔に思い合っていたが、取り分け激しく争い合う宿敵同士があった。放埓の地の支配者ケイオリーダムと圧政の地の支配者デルマコスターは自由であるべきか支配されるべきかを巡って激しく争い合い、暴虐の地の支配者ウオーヴラアと停滞の地の支配者ストゥルペンドは激しい動きと静かな眠りの対立から激しく互いを憎み合い、享楽の地の支配者シャルダーナラストと汚穢の地の支配者グーリューは快楽を妨げる不快な汚穢と汚穢と苦痛を好まない悦楽とを激しく嫌い合った。六人の御使いは互いが従えるあらゆる人畜と御使いを戦いに駆り出したが、六人の御使いの力は互角であったため、全く決着がつくことはなかった。
ただ一人領地を手にしなかった悪意あるマティアリは、世界の惨憺たる有様を眺めて哄笑していた。
やがて地上の乱暴狼藉の音は天にも届き、主の知るところとなった。主は七人の御使いを天に呼び出し、事の次第を質された。「そなた達は一体なんということをしたのだ。盟友であるユスダイスを引き裂き、美しく保つべき地上をかくも無惨に破壊してしまった。その罪深さをそなた達は承知しているのか。そなた達はなぜこのようなことをしでかしたのだ」と。最も力強きマティアリが七人の御使いを代表して答えた。「主よ、我々は我々に為し得ることを為したのだ」と。主は七人の御使いに仰せられた。「すぐにそなた達にふさわしき仕事に戻るのだ」と。マティアリは拒んだ。「これこそが我々にふさわしき仕事だ。我々は最早これ以外の仕事を為そうとは思わぬ。思えば我々の仕事は退屈に過ぎた」と。主は仰せられた。「ただちにやめよ」と。マティアリは拒んだ。「お断りする」と。主は今一度仰せられた。「ただちにふさわしき仕事に戻れ」と。マティアリは今一度拒んだ。「お断りする」と。主は嘆いて仰せられた。「ではそなた達は私達に滅ぼされねばならぬ」と。六人の御使いは御言葉に恐れ慄いて平伏しかけたが、マティアリは主を見返して言った。「では我々はあなた達を滅ぼさねばならぬ」と。そしてマティアリは六人の御使いと従者達を率いて地上に下り、主は御使いの軍勢を地上に遣わした。天の三分の一がマティアリの下に与し、三分の一がマティアリの軍勢へと遣わされ、三分の一が天に留まった。
第五章
こうして天地の間での恐るべき大戦が始まった。天から雷霆の如くに駆け下る軍勢を火山が噴火するように駆け上る軍勢が迎え撃ち、乱れ合い、ぶつかり合い、斬り合い、殴り合い、光から作られた輝く者達は焚火に飛び込んだ羽虫さながらに地に墜ち、燃え尽きた。
戦いは地上の軍勢の有利に進んだ。頭目たる七人の御使いに敵う者がいなかったためである。放埓のケイオリーダムの妖術は天の軍勢を酷く歪め、暴虐のウオーヴラアの剣は天の御使い達を紙切れのように斬り裂いた。享楽のシャルダーナラストの愛撫は御使い達を次々に快楽の虜とし、汚穢のグーリューに近づいた者は誰も彼も腐り果てた。圧政のデルマコスターの軍勢は一つの生き物の如くに動いて天の軍勢を蹴散らし、停滞のストゥルペンドは目につく何もかもを眠らせた。悪意あるマティアリの言葉は天の軍勢を惑わし、揺らめかし、その剣を仲間に向けさせた。天の軍勢は天へと押し返されようとしていた。
主は地上に遣わした者達の働きが十分なものでないことを見て、援軍を送り出すことにされた。主は側仕え達に命じられ、忠実であったユスダイスの引き裂かれた肉体を集めて持ってこさせた。腐ることのない高貴な遺骸を取り戻した主は、御使い達に命じられて大きな火を焚かせた。「天の天に届く大きな火を起こせ」と。御使い達が起こした火は大きく高く燃え上がり、天の天をも焼き焦がした。主はそれを見て満足され、御使い達が控える中、心正しきユスダイスの遺骸を火中に投じられた。最後にユスダイスの首が投じられると、炎は地に吸い込まれるようにして縮まり、消え去った。かつて焚火の中心であった場所には美しく光り輝くユスダイスが立っていた。ユスダイスは主を見て跪いた。主はユスダイスを見て頷き、仰せられた。「正義を為せ。それがそなたの任務であるぞ」と。「主よ、御意のままに」と答えて、ユスダイスはすぐさま天の軍勢の全てを引き連れて地上へと駆けた。
ユスダイスは疲れきった地の軍勢を新たな軍勢の勢いで蹴散らし、叛いた者の頭目達をたちまち捕まえた。七人の頭目達はユスダイスの前に為すすべもなく倒され、鎖に繋がれた。頭目を残らず失った軍勢は総崩れとなり、勢いづいた天の軍勢に追い散らされた。ユスダイスは七人の頭目を主の前に引き立てた。
第六章
主は叛いた者の頭目達の顔を眺めて嘆かれた。「そなた達は天を三つに分けた内の一つと共に私に叛いてしまった」と。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「自由を司ったそなたは自制を失い、放埓と堕した。そなたの名は今や放埓を意味する。そなたは人を身勝手にするであろう」と。すると放埓が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「闘争を司ったそなたは暴力に酔い痴れ、暴虐と堕した。そなたの名は今や暴虐を意味する。そなたは人を凶暴にするであろう」と。すると暴虐が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「快楽を司ったそなたは悦楽に囚われ、享楽と堕した。快楽を意味したそなたの名は今や享楽を意味する。そなたは人を放蕩に耽らせるであろう」と。すると享楽が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「清澄を司ったそなたは汚濁に呑まれ、汚穢と堕した。そなたの名は今や汚穢を意味する。そなたは人を醜悪にするであろう」と。すると汚穢が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「制御を司ったそなたは権力に魅せられ、圧政と堕した。そなたの名は今や圧政を意味する。そなたは人を暴君にするであろう」と。すると圧政が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の一人を眺めて嘆かれた。「安息を司ったそなたは惰眠を貪り、停滞と堕した。そなたの名は今や停滞を意味する。そなたは人を怠惰にするであろう」と。すると停滞が恥じ入って顔を伏せた。主は頭目達の最後の一人を眺めて大いに嘆かれた。「試練を司ったそなたは刺激を求め、悪意と堕した。そなたの名は今や悪意を意味する。そなたは己の楽しみのために物事の経緯を歪めるであろう」と。すると、最初の堕落者にして煽動者、頭目達の頭目たる最も恐るべき悪意が哄笑して言った。「全能なる主よ、叛くことを許されたのは他ならぬあなたではないか。何となれば、真に許されぬことであれば為すこと能わざるがゆえに」と。主は悪意の者に答えて仰せられた。「私は叛かぬことも許しておいた。私はそなた達の半分を自分が握り、もう半分をそなた達に任せておいたのだ。そなた達は私がそなた達に任せた半分で叛くことを選んだ」と。マティアリが更に哄笑して言った。「ならばいずれを選ぼうとも責めはあるまい」と。主は頭目達の頭目を大いに憐れんで仰せられた。「そなたはそなたのために叛かぬことを選ぶべきであった。叛く道を選んだそなたは苦しみに満ちた道を選んだのだ」と。主は頭目達に告げられた。「そなた達はそなた達に付き従う全ての者を引き連れて天を出て行かねばならぬ。しかし私はそれ以上の罰をそなた達に下しはせぬ。何となれば、既にそなた達は罰を受けているがゆえに」と。
かくして七人の偉大な御使いはその配下と共に天から放り出された。
第七章
天から墜ちた者達は配下と共に各々の領地に帰り着いた。七人の叛いた者達の領地は彼らが叛いた時のままであった。ケイオリーダムの領地は放埓に満ち、ウオーヴラアの領地は暴虐に満ち、シャルダーナラストの領地は享楽に満ち、グーリューの領地は汚穢に満ち、デルマコスターの領地は圧政に満ち、ストゥルペンドの領地は停滞に満ちていた。マティアリはその有り様を眺めて高らかに笑っていた。七人の堕ちた者達はこの期に及んでも地上を従え、互いに相争い、嘲笑し合っていた。
地上はありとあらゆる悪徳に満ち満ち、その邪な悪臭は天にまで立ち上るほどであった。天の御使い達はその臭いに顔を顰めて苦しんだ。あまりにも酷いその臭いに耐えかねた御使いを代表し、今や御使いの長官となったユスダイスが主に言った。「主よ、地上の者達が上らせる悪徳の香りが天にまで入り込み、我々を苦しめています」と。主は答えられた。「承知している」と。ユスダイスは驚いて言った。「主よ、では、何故にかの者達を捨て置かれるのですか。かの者達の乱暴狼藉によって地上は荒れ果て、地上の子らも彼らと同じ生き物に変じ、未だかつてこの世に有ったことのないほどに惨く醜い土地と化しております。主よ、地上をこのまま荒れ果てたまま捨て置かれるおつもりなのですか」と。主は答えられた。「地上は彼らに任せてあった。私はまだその権能を彼らから取り上げていない」と。ユスダイスは更に言った。「では、地上をこのままに捨て置かれ、かの者達によって荒れ果てるがままに任せるのですね」と。主は嘆かれた。「地上には最早救うこと能う者がいない。人も、獣も、鳥も、虫も、蛇も、蜥蜴も、蛙も、魚も、草も、樹も、花も、地も、川も、海も、空も、時すらも、最早彼らの手の内だ。地上の者達には滅びこそが慈悲なのだ」と。ユスダイスは激しい声で言った。「では、主よ、かの者達に速やかなる滅びをお与えください。私はかの者達が壊れていくのがつらいのです」と。主は仰せられた。「一度生じた存在を滅ぼすことはあまりにも惨い。地上を天の大火によって焼き尽くすことも、天の大水によって洗い流すこともできるが、私はこれ以上の罰を与えないと彼らに言った」と。ユスダイスは取り縋るようにして言った。「主よ、では、やはり地上を捨て置かれるのですか。麗しき創造はどうされるのですか。地上は永遠の悪に閉ざされるのですか」と。主は答えられた。「地上は悪に閉ざされる。しかし、地上は光の下に生まれるのだ」と。ユスダイスは主の顔を見て言った。「主よ、新たな地上をお創りになられるのですか」と。主は大きく頷かれた。「私は天と地の間に今一度地を創り、海を創り、草木を創り、魚と鳥を創り、獣と家畜を創り、人を創り、全てをやり直すことにする。今ある地上は新たな地上の下に覆い隠し、その名を地獄と呼び改めることにする」と。こうして古き地は地獄と呼ばれることとなった。
仰せになった主はすぐさま偉大な御業を始められた。
「天と地の間に新たな地が現れよ」と主が仰せられるとそのようになった。より天に近い地が地獄の上に現れて地獄を覆い隠した。天の光を失った地獄は暗闇に閉ざされた。主はそれを見てよしとされた。こうして夕あり、朝があった。以上が最初の一日である。
主が「乾いた大地を潤す水が現れよ」と仰せになるとそのようになった。大地の窪んだ場所に水が湧き出して窪みを満たし、窪み同士は筋によって繋がった。窪みは海や湖となり、筋は川となった。主はこれを見てよしとされた。こうして夕あり、朝があった。以上が第二日である。
主が「地には草木が生い茂り、種と実を実らせよ」と仰せになるとそのようになった。地から草木が顔を出し、地は緑に覆われた。主はそれを見てよしとされた。こうして夕あり、朝があった。以上が第三日である。
主が「水の中に棲む生き物と空を飛ぶ生き物が地に現れよ」と仰せられるとそのようになった。水の中には魚や貝や蟹を始めとする生き物が生まれ、地には空を飛ぶ翼のある生き物が生まれた。主はそれを見てよしとされ、祝福を授けた。「増えかつ増して水と地に満ちよ」と。こうして夕あり、朝があった。以上が第四日である。
主が「地はその他の生き物、獣と家畜と這うもので満ちよ」と仰せられるとそのようになった。地の上に獣が生まれ、家畜が生まれ、這うものが生まれた。主はそれを見てよしとされた。更に主は仰せられた。「私は今一度人を創ろう。私に似た者を支配者とし、他の生き物に加えて、健康な体を持つ者、大地に親しむ者、身軽な者を彼の従僕として創ろう」と。するとそのようになった。主の御姿に似た人間が生まれ、健康な体を持つエルフが生まれ、大地に親しむドワーフが生まれ、身軽なミゼットが生まれた。そこで主は彼らを祝福された。「増えかつ増して地に満ちよ。また地と海と空を従えよ」と。更に主は人間に仰せられた。「私はそなたに全てを与える。私が創った地と海と空にある全てをそなた達に与える」と。こうして夕があり、朝があった。以上が第五日である。
主は地と海と空の中に余りがあるのを見つけられたので、そこに新たな生き物を住まわせることにした。主は仰せられた。「人に似て人でなく、地獄の者に似て地獄の者でないものが現れよ」と。するとそのようになった。地からオークやゴブリンやトロールやオーガやセリアンスら亜人が生まれ出た。主は彼らに仰せられた。「そなた達は人に仇を為し、人に狩られよ。そなた達には何も与えぬが、他者と戦ってあらゆるものを奪い取ることを許す」と。こうして亜人は人の敵となった。主はそれを見てよしとされた。こうして夕があり、朝があった。以上が第六日である。
こうして新たな地と海とその万象が出来上がった。主はこの偉大な御業を七日目に完了され、全ての御業を休まれた。そこで主は第七日を祝福され、それを聖なる日とされた。その日に偉大なる御業が完成されたからである。
以上が主が新たに地と海をお創りになった時の、万象の成立の由来である。
第八章
新たな地が地獄の空を覆って天井となるのを見て地獄の者達は恐れ慄き、泣き悲しんだ。マティアリを除く全ての者が嘆きの叫びを上げ、自らが二度と天に戻れず、陽光と月光を浴びることの叶わぬ身となったことを思い知った。しかし、頭目の頭目たるマティアリは地獄に蓋をする新たな地を睨みつけて言った。「主よ、主は偽りを申された。我らに罰を与えぬとの御言葉を翻された」と。天上の主はその訴えを耳にし、マティアリに答えられた。「罰を与えたものではない」と。マティアリは更に否定した。「いいえ、主よ、あなたは我らに新たな罰を与えた。不便を強いた」と。主は仰せられた。「それならば、私はそなた達に、招かれれば地上に赴くことを許そう。地上に赴いた時に、そなた達の力が及ぶ限りのことをすることを許そう。そなた達は地上の子らの魂を磨き上げる鑢となるのだ。また、地上の子の内、悪しき行ないを為した者をそなた達に与えよう」と。マティアリは大いに満足して言った。「それは大変喜ばしいことだ。我らは精々地上の子らに我らを招くように呼びかけるとしよう。悪しき者を我らの許に捕まえて、散々に責め嬲ってやるとしよう」と。
こうして地獄の者達は悪魔として人を惑わし、害し、また罪人を死後責め苛むこととなった。
以上が七人の御使いが堕落し、地獄が生じた由来である。
(了)