ACT・7 秋の扇とキツネ
Cパート
秋の扇という言葉がある。
男に見捨てられた女の喩えだ。
夏に重宝に使われた扇も、秋になると見捨てられるの意で、中国漢の成帝に寵愛された班しょうよという女性が、成帝に顧みられなくなったことを扇にたとえて嘆きの詩を詠んだという故事から出来たらしい。
まぁ、分かり易く言えば振られた女性の事を指すのだが……。
「うぅ……キツネちゃん……ヒック……騙されたよぉ……」
「あー、楓さん、とりあえず落ち着いて」
その度に俺に愚痴を言いにくるのはやめて下さい……。
ACT・7 秋の扇とキツネ
何とか泣き止んだ楓さんに椅子に座るように促して、俺はお茶を入れた。楓さんは俯いたままじっとして動かない。
入れたお茶をコトっと楓さんの目の前に置いて向かい側に座る。
「粗茶だけど……」
「……」
反応なし。いつもに増して重症だな。
目の前にいる楓さんを見てハァ……と内心で溜め息を吐く。
山城 楓さん。
俺の一コ上の幼なじみで、美人な人だ。モデルも羨むようなスタイルに、一流企業に勤務するエリートキャリアウーマンである。
そんな、完璧な彼女ではあるが一つだけ欠点がある。それは、ズバリ男運が無いのだ。
男を見る目がない……とは正に楓さんにぴったりの言葉だと思う。
それなりに付き合ってきた男は多い筈なのだが、大半が体目当ての男の風上にもおけないような輩だったりする。
まぁ、楓さんは空手二段の実力者なので襲われた所で、返り討ちができそうではあるけど。
おっと、話が逸れた。
「それで? 今回は何が原因で?」
正直、今回の相手は上手く結婚まで行くと思っていた。珍しく、体目当ての男じゃなかったし、楓さんよりは一つ年上で誠実そうな男の人だったし。
事実、ここ一年位は楓さんが愚痴りに来なかったのが何よりもの証拠だ。
「……とられた」
「はい……?」
「彼の幼なじみにとられたの!」
そう言って楓さんはウガーと卓袱台をひっくり返した。
当然、お茶は俺にかかるわけで。
「ウワッチャ! 熱ッ! 熱いッ!」
「結婚まで考えてたのに! それなのによ! いきなり彼の幼なじみとかいう女が現れて……もー最悪っ!」
か、楓さん!
憤るのはもっともだけど、首を絞めないで!
「彼も何かその幼なじみに気があるみたいだったし? 私から振ってあげたわよ!」
あーもう、これ以上は……。
「本当、私の一年を返してって感じだわ! キツネちゃん……聞いてるの? って、大丈夫!? キツネちゃん!」
「ゴメンナサイ、キツネちゃん。私ったら、つい興奮しちゃって」
「いや、大丈夫ですよ」
最近、気絶することにも暴力を振るわれることにもなれてきた。……アイツ等のお陰だな。まぁ、その代わり胃と髪の毛が代償となっているけど。
今の俺は楓さんに膝枕をしてもらっている。断じて、自分から頼んだ訳ではない。この他称キングオブヘタレにそんな事が出きるわけ無いだろう! フハハハハ!
……止めよう。鬱になる。
「キツネちゃん? どうして暗い顔をしているの?」
「……自分の不甲斐なさを嘆いてました」
「えっと……? 良くわからないけど頑張って?」
楓さんの優しさが心に染み渡る。アイツ等と関わったお陰で荒んでしまった俺の心に効く薬はやっぱり純粋な優しさだよ。
「まぁ、その楓さん。気を落とさないでくださいよ」
「キツネちゃん?」
「今回振った男も、今までの男も、結局は楓さんの魅力に愚かにも気がつかなかっただけですって」
俺は、下から楓さんの顔を見上げながらそう優しく声をかける。
「楓さんは魅力的な人です。それは、俺が保証しますよ」
「私が魅力的……? 例えば?」
えっと……恥ずかしいが、言うしかないか?
「えっと……楓さんは美人だし、スタイルも良いし」
「……私の外面しか見て無いじゃない」
楓さんは子供っぽく口を尖らせた。気分悪くさせちゃったかな?
「それだけじゃ無くて、優しいし気配りが出きるし、礼儀正しいし」
「他には?」
「かと思えば、結構子供っぽい性格だったり、嫉妬深いところもあったりしますよね」
「何ソレ? それが私の魅力なの?」
「お、怒らないでくださいって! 俺からしたら十分魅力的なんですから!」
「フフっ……冗談よ」
楓さんはお茶目に笑った。全く……本当にこの人は。
まぁ、本当に魅力的な人なんだよなー、楓さんを振る奴なんて考えられない。
ふと、三人の部下の顔が思い浮かんだ。
アイツ等なんて外面は良いけど中身は悪魔なんだぜ?楓さんの爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。
「そっか、ちゃんと見てくれてるんだ」
「そりゃ、付き合いが長いですからね。いつか、楓さんの良さを分かってくれる素敵な男の人が現れますって」
何にせよ、楓さんが元気になってくれて良かった。いつもお世話になってる楓さんに、幼なじみの俺がしてあげられるのは愚痴を聞くことしか無いからな。
「キツネちゃん、私の事好き?」
「いきなり何を言い出すんですか、好きに決まってますよ。幼なじみなんだし」
「そういう意味じゃ無いんだけどな……」
ハァ、と楓さんは肩を落とすと俺の頬をプニプニと突っついてきた。
「何するんですか、楓さん」
「私、愚痴にくる度にアピールしてるんだけどな……」
イタい、イタい! 楓さん! 爪立てないでくださいよ!
「ダメ。私は怒ってるの」
「まさかの読心術!? というか、何で怒ってるんですか!?」
「だから、鈍感ヘタレチキンって昔から言われんのよ」
「酷い言われようだ!」
まぁ、だいたい合ってるけど!
「うりうり~」
「か、楓さん! 止めて下さいよー!」
久しぶりの休日。俺は楓さんとゆったりとした時間を過ごした。
副題 キツネの幼馴染
以下、蛇足。
スミマセン、長らく更新を放棄していました……。
今回は、幼馴染のお姉さんが登場しました。キツネくんには珍しく、恋愛度MAXのキャラクタですね。もっとも、本人はそのことに気が付いていませんが……。羨ましいものだな、主人公の位置というものは。
因みに、このお姉さんは男の人の告白を全て断わっています。キツネ君一筋なのです。キツネ君に構ってほしくて、ありもしない男性歴を語っているのです。おぉ、策士。彼女の思いにキツネ君は気づけるのでしょうか?
次回の更新は未定です。気長にお待ちください。