ACT・2 トラの威をかるキツネ
虎の威をかる狐、という言葉がある。
「威」とは、権力のこと。「借る」とはかさに着ること。本人はたいしたことはないのに、ほかの人の権力をかさに着て、威張る者のこと、という意味だ。
某国民的アニメに出てくる、特徴的な髪形をした彼のことである。
ようするに、力のある奴を利用して、威張り散らす小物な訳で……。
「なんか、今もの凄く居た堪れない気持ちになったんですが」
現在、トラさんと巡回中。すれ違う戦闘員達が皆、敬礼してきます。……普段は俺にしないくせに。
ACT・2 トラの威をかるキツネ
青空を愛でる会の実働部隊では巡回警備、という仕事がある。
読んで字のごとく、自分達の勢力範囲内を見回るのだ。
その際に不信な事があったら、直ぐに本部に連絡、敵組織の戦闘員に会ったら警告を出して、帰っていただくという役目を負っている。
各小隊を二名ずつに分けて巡回をするので、俺はトラさんと見回っています。
……だけど、
「……」
「……」
気まずい。実に気まずい。
先ほどから交わした会話はゼロ。こちらを見向きもしてくれません。
俺は嫌われているのだろうか。コウモリさんともタカさんとも二人きりになると、会話がありません。あぁ、いや、タカさんとは話すか……罵倒されるだけだけど。まともにコミュニケーション取れるのはタカさんだけか。
もしかして、俺が一応隊長なのにあんな扱いを受けているのは、コミュニケーション不足の所為か?
よし、信頼関係を築くためにも、会話を……。
「あ、あの、今日はいい天気ですね」
「知らん」
「先日の休日は何処かに行きましたか?」
「知らん」
「え、えっと、好きな食べ物とかはありますか?」
「知らん」
チーン。
撃沈です、取り付く島も無い。
本格的に嫌われているのだろうか……。でも、まだヘコたれない。へこたれません、喋るまで。
「あの、コウモリさんとかタカさんとかとは――」
「アァン?」
「ヒィっ!」
ためしに、コウモリさんとタカさんの名前を会話に入れてみると、間髪いれずにドスのきいた声を返してきた。情けなくも俺は怯えた声を漏らす。
やっべ、地雷だったか?
「……何でもないです」
「……」
俺の言葉に、なんとか怒りは収まったけど明らかに不機嫌ですよ、オーラを醸し出している。
勘弁してくださいよ……。
俺は腕時計を見ながら、早く終わらないかな、と内心で呟くのであった。
商店街。個人的によく使っている場所だ。
ここも俺たちの組織の勢力内なので見回る。
そこそこ人が多いのでよく、敵の戦闘員忍び込んでいたりする。注意深く、見なければ、見逃してしまうかもしれない。
だというのに。
「お、兄ちゃん。どうだい? このトマト買っていかないかい? お世話になってるし、まけとくよ?」
「おぉ、キツネのアンちゃんか。この前は世話になったねぇ。ホレ、このお肉はお礼だよ!」
「キツネちゃん、久しぶりだねぇ。ほらコレどうだい? このフルーツは今が旬だよ?」
商店街の方々に話し掛けられて、集中どころではありません。
隣にいるトラさんからの無言のプレッシャーが重い。
「スミマセン、今一応仕事中でして……」
そういって、そそくさと立ち去ろうとしたのだが……。
「おっと、兄ちゃん。いつの間にそんな別嬪な彼女を捕まえたのかい?」
「ちょっ?!」
ウォォイ! 待て待てぇい! その冗談は今はキツイですよ、おやっさん!
信頼されているどころか、嫌われている彼女にそれは。
ちらっ、とトラさんを窺う。
そして、戦慄。
そこには、般若がいたからだ。
「ハハッ、彼女は部下でスヨ。ヤダナー」
「なんだ、そうだったのかい。つまらんなー。まぁ、兄ちゃんもいい年だしそろそろ身を固めたほうがいいぜ」
「ソウデスネ。ソレデハ」
「おう、仕事中に悪かったな。またこいよー」
二度と巡回中には来たくないです。
「あと、この河川敷で終わりですよね」
「そうだな」
もう日が暮れて辺りが薄暗くなってきた頃に、俺たちは最後の巡回場所に着いた。ここまでは何の問題も無い、実に平和な巡回だった。
「スミマセンね、商店街で迷惑かけてしまって」
「別に、気にしてない」
トラさんは相変わらず、こちらに目を向けずにぶっきらぼうにそう言った。
ハァ……いつになったらまともに話せるのだろうか。
ここの隊長に赴任してはや一週間。それが心配だ。俺もストレスで辞めちまうかもしれん……。
「ここも何も問題は……」
「おう、テメーらは青空を愛でる会の戦闘員かい?」
なさそうですね、と言いかけたところで、いかにも頭の悪そうな、柄の悪い男が二人出てきた。
うわ、最後の最後でてきとエンカウントするのかよ。
「俺らは覇道組だ。テメーらに恨みは無いが、上からの命令だ。死んでくれや」
男達はそう言うと何処からとも無くベルトを取り出して、叫ぶ。
「変身!」
と。
すると、彼らは光に包まれて先ほどとは打って変わった人外の姿で現れる。
「キシシシシシ」
「ブルルルルル」
鹿型の怪人と猪型の怪人だろうか。それにしても……。
「気色悪いな」
俺が思ったことを、トラさんは口に出していました。
ちょっと、トラさん? 相手を挑発してどうすんスか。俺は貴方と違ってベルト無しですよ? 穏便にことを進ませなきゃ……。
「クソが! ぶち殺してやる!」
あんな安い挑発でも、あの手の連中は引っかかるんだよ!
あぁ、もうトラさん! いくら戦えるからってニヤニヤしないで!
「そっちが、その気なら……行くぞ!」
トラさんは変身ベルトを取り出すと、真赤な炎に包まれる。
そして、現れたのはトラを模したしなやかで美しい怪人。首や手からは炎が漏れている。
実は、トラさんは虎型の怪人に変身できて、且つ【火】の上級の【炎】の能力を持つ戦闘特化型の戦闘員。我が組織の中でもトップを誇る怪人である。
「ウリャーッ!!」
「シッ――」
鹿怪人の角を使った突進をトラさんは紙一重で避け、すれ違いざまに顔にストレートを放つ。惚れ惚れとするくらい綺麗に決まった。
鹿怪人は情けない悲鳴をあげ、吹き飛んでいき、川へと落ちた。
わーお、凄いな。
「チッ、弱すぎる」
トラさんはそう毒づくと、今度は標的を猪型の怪人に定めた。
「虎型……炎……まさか、【虎姫】か?!」
虎姫。トラさんが、敵対する組織に呼ばれるあだ名である。虎のように獰猛で、お姫様のように可憐なトラさんにピッタリだとは思う。
虎姫を見かけたら、一目散に逃げろ、と恐れられているらしい。
「冗談じゃない……ここは逃げる!」
猪は一目散に逃げ出した。しかし、トラさんはそれを許さないわけで。
「させるかよ。プロミネンスバーン!」
バスケットボール並みの大きさの火炎球を作り出し、それを投合する。それは面白いくらい一直線に飛んでいき、猪に当たって大きな爆発音をあげながら破裂した。
「ピギャャーッ!!」
「オーバーキル……だろ」
開いた口がふさがらない。
「少しはストレス発散になったか」
そう、満足げに頷くとトラさんは変身を解いて何処かに行ってしまった。もう、仕事は終わったから別にいいけど……。
「このクレーターどうするんだよ……」
俺は、本部にどう言い訳をしようか頭を悩ませるのであった。
副題 キツネとトラの二人の一日
トラさんは猪突猛進の熱血型美女です。一つの物事に集中すると周りが見えなくなります。
分類的には不良少女が近いですかね……。
対して我らが主人公は戦闘は出来るだけ避けたいチキンな子。だって、戦車に竹やりで挑むようなモノですから。ベルト有りと無しの力の差は。
万全な準備なくして戦いませんよ。彼。