第7話 アムザ王国にて③
「……。つまり、元の世界ではただの傭兵だったってこと?」
ククリが、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で声を上げた。
王城の一室、豪華な装飾が施された応接間で、ヤクモ・タケルは改めて自身の素性を三人に説明した。
彼が属していたのは、国家の枠組みを超えて活動する傭兵組織であること。そこに「英雄」のような大それた称号を冠する者は一人もおらず、皆が技術を売る一介の兵士であったこと。
「通りであんなに強かったんですね、タケルさん。あんなに大きな魔物をすぐ倒してしまった時点ですごいとは思ってましたけど……」
ミカが、尊敬と少しの畏怖を込めた瞳でタケルを見つめる。
「転移者様はみんな、国を治めるようなカリスマばかりが来るわけじゃない……? ただの傭兵が一体、この世界で何を……?でも、戦術や兵法は知っているのよね……」
ククリは顎に手を当て、ブツブツと独り言を漏らしている。理想の「転移者神話」とは少し異なるタケルの姿に、困惑と新たな興味を同時に抱いているようだ。
「……まあ、一旦いいわ! ミカを助けてくれたなら、私にとっても大恩人よ!」
ククリはパンと手を叩き、自信に満ち溢れていそうな笑顔をタケルに向けた。
「とりあえず、今日はゆっくり休みなさいな。こんなところまで歩いてきたから疲れたでしょ? カガミ、客室に二人を送ってあげなさい」
カガミが先導し、タケルとミカは部屋を後にする。
その間際、ククリがタケルを指差し、念を押すように言った。
「タケル様。明日の舞踏会、必ず出席してくださいね。……もちろん、ミカと私の護衛として」
「……了解した」
タケルは短く応じた。
正直に言えば、舞踏会などという煌びやかな場は苦手だ。アムザの街で情報を収集する時間を削られるのも痛い。しかし、ミカとその友人である第一王女のククリを直接護衛するのも、現在の契約に含まれる重要な任務だ。彼にできることを全うするしかない――タケルはそう、内心で割り切った。
◇
割り当てられた客室は、傭兵が寝泊まりするには過分なほど広く、清潔だった。
タケルは一度、天蓋付きのベッドに腰を下ろしたが、すぐに立ち上がって部屋の中に不審な仕掛けがないか、あるいは侵入経路となり得る場所がないかをチェックした。プロの習慣だ。
一方、数室離れた別の客室。
ミカは、ふかふかのベッドに身を沈め、窓から見える王都の夜景を眺めていた。
タケルとの出会い、あの絶望的な森での一夜、そして王都までの道のり。
あまりにも濃密な数日間を思い返しながら、就寝の準備をしていると、
コン、コン。
控えめなノックの音が、ミカの思考を中断させた。
「どうかしましたか……? ――あ、タケルさん」
扉を開けると、そこにはタケルが立っていた。
「夜分にすまない。君の魔法について、まだ詳しく聞いていなかったと思ってな。少し、時間はあるか?」
「あ、はい! もちろんです。どうぞ、入ってください」
ミカは慌てて部屋を整え、二人は対面するように椅子に座った。
タケルが右腕のコンソールをデスクの上に置く。
「『スサノオ』の再起動には、君の電撃魔法が不可欠だ。よって君の魔法の出力の限界を共有しておきたい」
「……。私の魔法ですか。えっと、あの森でタケルさんに放ったのが、私の出せる最大出力です。私の魔力量だと、あれが一回に出せる限界値だと思います」
「あと、あのときはすいません…… 緊急時だったとはいえ最大出力で魔法を当ててしまって…… 痛かったですよね……?」
ミカは少し申し訳なさそうに視線を落とした。
タケルはコンソールの一部を操作しながら、淡々と問いを重ねる。
「問題ない。 そもそも電撃を当てろと言ったのは俺だ。それに電撃での充電量がわからなかった以上、多少のリスクを負ってでも最大出力で当てるのがあの時の最適解だった」
「それで、その電撃魔法は出力の調節は可能か? 最大出力を一度に放つのではなく、出力を弱めて指向性を持った電撃を長時間撃ち続けることは」
「……はい。それは可能です。弱める分には、加減が利きますから」
「なら今、このコンソールへ電撃を頼めるか。無理のない範囲でいい」
ミカは頷くと、コンソールにそっと両手をかざした。
彼女の指先から、バチバチと小さく、青白い火花が散り始める。
自分でも制御しきれない暴力的な「雷」ではなく、流れるような、柔らかな「電流」。
「……私の魔法、珍しいだけが取り柄なんです」
充電を続けながら、ミカが静かに語り始めた。
「『雷』を操る魔術師は、大陸全体でも数えるほどしかいない希少な存在だって言われています。……でも、私は魔法の才能そのものが乏しくて。効率も悪いですし、何より、私は戦いに向いていません。怖くて、足がすくんで、魔法を使うべき時に使えなくて」
火花がコンソールの内部へと吸い込まれていく。
タケルの視界の端で、充電率を示すインジケーターが、コンマ数パーセント単位でゆっくりと上昇を開始した。
「魔法学校にいた頃は、ずっと『落ちこぼれ』と呼ばれていました。そんな中で、ククリちゃんだけが私と対等に接してくれました……。彼女がいなければ、私はきっと卒業する前に逃げ出していたと思います。」
「──だから、タケルさんに協力できることが、今、とても嬉しいんです。自分のこんな力にも、使い道があったんだって……価値があったんだって、思えるから」
ミカの自嘲気味な微笑みに、タケルは彼女の顔をまっすぐに見据えて口を開いた。
「君は落ちこぼれなどではない。君が放つその電気は、自分の国では、なければ文明が成り立たないほど重要なものだ。灯り、輸送、通信、あらゆる高度な機能の根底にあるのは電力だ。それに俺の世界では電気は医療にも使われていた。人と電気は切り離せない存在だと俺は思う」
タケルの言葉に、ミカの動きが一瞬止まる。
「──だから、その力が輝く時はきっと来る。……君は魔法の研鑽を続けてほしい。自分への協力ではなく、君自身のためにだ」
自分に向けられた、かつてないほど真っ向からの肯定。
単なるお世辞ではない、プロの傭兵としての、そして異なる文明を知る男としての、真摯な言葉。
ミカは胸の奥が熱くなるのを感じ、コンソールを握る手にぐっと力を込めた。
それからしばらく、静寂の中で充電が続いた。
やがてミカの肩が微かに震え、呼吸が荒くなる。魔力が枯渇しかけている証拠だ。
タケルはインジケーターを確認した。
『15%』。
「……そこまででいい。これだけあれば、少なくとも明日何かあっても一日中稼働できるはずだ」
魔法を使い終わったミカはふう、と大きく息を吐き出して、額の汗を拭った。
「……助かった、礼を言う。休んでいるところに力を使わせて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
タケルはコンソールを回収すると、椅子から立ち上がった。
「おやすみ、ミカ」
「……はい。おやすみなさい、タケルさん」
タケルが部屋を去り、重厚な扉が閉まる。
一人残された室内で、ミカは自分の熱くなった頬を両手で押さえた。
タケルの去り際に見せた、僅かに柔らかい声の色。
彼女の顔は、月の光の中でもはっきりと分かるほど、赤らみを帯びていた。




