第6話 アムザ王国にて②
「――えっ!? あんた、『転移者』なのか!?」
酒場の喧騒を切り裂くようなカガミの声に、タケルは眉一つ動かさずに酒を口に運んだ。
運ばれてきた肉を咀嚼し、嚥下してから、短く答える。
「ああ、そうだが」
「マジかよ、伝説の中だけの存在が目の前で肉食ってるとは…… 」
カガミはポリポリと頭を掻きながら、改めてタケルをまじまじと見つめた。
「でも、不思議だな。俺たちの伝承じゃ、転移者が現れるのは世界規模の厄災が起こる予兆だって言われてるんだけど、今のところそんな気配はどこにもねえぜ」
「──今のこの世界は、平和だということか?」
タケルの問いに、ミカが野菜スープのカップを置きながら、穏やかに頷いた。
「はい。少なくともこの周辺では、人々の生活を脅かすような強力な魔物が出たり、国同士の大きな戦争が起きたりといったお話は聞いていません。……ですよね、カガミさん?」
「ああ。……だが、完全に平和かって言われるとな。大陸の中央に陣取ってる連中が、最近また小国をいくつか飲み込んだって噂だ」
カガミの瞳から陽気さが消え、騎士としての鋭い色が混じる。
「──侵略戦争か?」
タケルが短く呟くと、カガミは重々しく頷いた。
「ヨミ帝国。大陸中央部を支配する巨大国家でな。驚異的な軍事力を背景に、近隣諸国への侵略や不平等な貿易を押し付けてる。うちの王様も、連中からの政治圧力には相当頭を悩ませてるみたいだぜ」
「──どこの世界でも、強き者が弱き者を虐げる構造は変わらんというわけか」
タケルは無機質な声音で断じた。
プロの傭兵として、彼が最も多く目にしてきた「世界の真理」だ。
「一度、そのヨミ帝国とやらも訪れてみたいものだな」
「おいおい、やめとけよ。命がいくつあっても足りないぜ」
カガミが即座に否定し、ミカも心配そうに身を乗り出した。
「タケルさん、ヨミ帝国は実質的な鎖国状態にあって、他国の人間が入ることはとても難しいんです。国の実態もよく分かっていないから、とても危険だって……」
「あそこの皇帝の顔を見た奴は一人もいねえし、それ以上に黒い噂が絶えねえんだ」
カガミが声を潜めて続けた。
「国主導で禁忌の人体実験をやってるとか、本来共存できないはずの凶悪な魔物を無理やり従わせて兵器にしてるとか……。近づかないのが賢明だぜ」
「元の職業柄、そういう不透明な国ほど実態が気になる質でな」
「ははっ、モノ好きだなあんた! 転移者はみんなそんなやつなのか?」
カガミは快活に笑い飛ばすと、空になったグラスを置いた。
◇
「さて、腹も膨れたことだし、これからの行き先はどうするんだ?」
「あ、はい。実は、王宮の客室を用意してもらっているんです。なので、今から王宮に向かおうと思います」
「──自分のような、素性の知れない人間が王宮に入って問題ないのか?」
タケルの現実的な懸念に、ミカは少し考えてから首を振った。
「あー……たぶん、大丈夫ですよ。……ね、カガミさん?」
「あー……そうだな…… 多分大丈夫だと思うぜ」
なぜか含み有りげに話す二人に、タケルは内心困惑していた。
(──なんでこの2人は急に示し合わせたように……?なにか理由があるのか……?)
二人の態度に気になりつつも、護衛としての仕事をおろそかにする気はないタケルは二人に随伴した。
◇
アムザ王宮。
白亜の城壁に囲まれ、灯火で昼間のように明るく照らされたその中枢へ、タケルたちは足を踏み入れた。
カガミの手回しもあったのか、衛兵たちのチェックは驚くほど迅速で、タケルはほぼフリーパスで王女の私室があるエリアへと通された。
「ミカ~! よく来たわね~! 遅いから、途中で魔物にでも食べられたんじゃないかって心配したのよ! 着いてるなら早く顔を出しなさいよもう~!! 」
豪華な扉が開くや否や、鮮やかな赤を基調としたドレスを纏った少女が、風のように飛び出してきた。
少し巻かれた高い位置のツインテールが、彼女の激しい動きに合わせて跳ねる。
その顔立ちは知的な美しさを湛えているが、今は親友との再会に、王女としての威厳もしなだれ落ちていた。
「ク、ククリちゃん! 苦しい、苦しいから……っ」
「いいじゃない、久しぶりなんだから! 相変わらずミカは小さくて可愛くて……もう、この可愛さがなんでみんなわからないのかしら! うちの国のマスコットキャラクターにしたいくらいよ…!! 」
自分の背丈よりも少し低いミカをぎゅーぎゅーと抱きしめ、頬をすり寄せるククリ。
その様子は「溺愛」という言葉が相応しかった。
ひとしきりミカを愛でてから、ククリは傍らに立つカガミに視線を向けた。
「あら、カガミ。ミカと一緒にいたの? あんたたち知り合いだったっけ?」
「いやあ、それが偶然なんですよ。酒場で絡まれてたミカちゃんを助けたら、なんと姫様の知り合いだったって流れで」
「ふぅん……。珍しくいい仕事をするじゃない。褒めてあげるわ」
「へへっ、光栄です」
カガミが照れくさそうに頭を掻く横で、ククリの瞳がついに、最後の一人に向けられた。
じっと無表情で立ち尽くす、無愛想な男。
「……それで、ミカ。そっちの男は誰?一緒に来たってことは悪いやつじゃないんだろうけど……」
「……もしかしてミカの彼氏?だとしたら明日の舞踏会の予定を変更して処刑を執り行うことになるけど……」
物騒なククリの言葉に、ミカが慌ててタケルの前に出た。
「ち、違うよククリちゃん!? 彼はタケルさん。……異世界からやってきた、『転移者』の方なの」
その言葉が発せられた瞬間。
ククリの瞳から、王女としての冷静さが完全に消滅した。
「……いま、なんて? 『転移者』? この男が?」
ククリは一歩、また一歩とタケルに詰め寄った。
その瞳は宝石のように爛々と輝き、中からは隠しきれない熱情が溢れ出している。
「タケル……と言ったかしら。あんたが本当に、あのお伽話の神話に出てきた神の使いなのね!?」
タケルは無言のまま、詰め寄ってくるククリの圧力に、わずかに後傾した。
「……タケル。姫様は子供の頃から、数百年前の転移者伝説が、それこそ三度の飯より大好きなんだ。あんたは今、彼女の中で『歩く伝説の教科書』に見えてるんだと思う」
カガミが小声で耳打ちしてくるが、タケルの困惑は深まるばかりだ。
「さあ! 勿体ぶらずに教えてちょうだい! あなたはどうやってこの世界に現れたの!?一体何ができるの!? 伝承の転移者様みたいにあんたも元の世界では国を持っていたの!? あなたはどんな知識で私たちに革新をもたらすの!?あなたはどうやって、この世界を救ってくれるのかしら!?」
キラキラと輝く目を限界まで近づけ、ノリノリで無茶振りを畳み掛ける王女。
「……自分はただの傭兵だ。戦い続けることしかできん」
タケルが防戦一方の答えを返す中、ククリの興奮は止まる気配がなかった。
アムザ入国の夜。
タケルは、戦場の魔物よりもはるかに厄介な「王女」という名の洗礼を受けていた。




