第5話 アムザ王国にて①
深い森を抜け、整えられた石造りの街道を歩き始めてから数刻が経過した。
道行く先には、地平線の彼方に巨大な城壁のシルエットが見え始めている。
「ミカ。改めて確認しておきたい。君がアムザに向かう目的は何だ?」
タケルは周囲の警戒を解くことなく、隣を歩くミカに問いかけた。
「実は、アムザに親しい友人がいるんです。明日その子が主催する舞踏会に招待されていまして。……本当はもっと早く着くはずだったんですけど、魔物に襲われてしまって」
「舞踏会、か。了解した。提案なのだが、君がその行事に参加している間、俺は街の中で情報収集を行わせてもらってもいいだろうか。アムザの技術水準や、過去の転移者に関する資料……それらが欲しい」
タケルの実務的な返答に、ミカは少し言い出しにくそうに彼を見上げた。
「分かりました。ただ、その前に少しお願いがあるんですけど……」
「何だ? 補給が必要か?」
「いえ、そうじゃなくて……。タケルさんの今の格好、街に入ると少し……いえ、かなり目立つと思うんです」
タケルは自分の体を見下ろした。
スサノオの装甲を展開していない状態の彼は、黒い高機能繊維でできたアンダースーツ一丁だ。筋肉のラインが露骨に出るその姿は、現代戦場では効率的だが――。
(……さすがにこの世界でも、この格好で街にいれば変質者か)
プロとして、目立つのもしのびない。
タケルは右腕のコンソールを操作した。
「スサノオ。ダミー外装、隠密行動用ローブを生成してくれ」
コンソールから微細な光の粒子が溢れ出し、タケルの体を包む。数秒後、彼の全身は粗末な茶色のローブに覆われた。
「わあっ、すごい……! 魔法みたいです……!」
(──確かに、高度に発達したテクノロジーは魔法と見分けがつかないかもしれんな。今後説明が必要なときの言い訳にはいいかもしれん)
「ふっ、そうだな。……だが、たとえ少量とはいえ衣服の生成は電力を消費する。街に着いたら、まずは現地の服を買うことにしよう」
「分かりました! 私が案内します」
「……なので申し訳ないが、その時は金を貸してくれ。 すぐに働いて返す」
タケルは、そう言って申し訳なさそうにミカに詫びた。
◇
夕刻、二人はついにアムザ王国の王都、大門をくぐった。
「──これが、異世界の都市か」
タケルは思わず足を止め、その光景を視界に収めた。
高くそびえ立つ石造りの建物、整然と区画された大通り。そして何より、行き交う人々の多さと熱気。
中世ヨーロッパを彷彿とさせつつも、街灯や建物の一部には魔力が宿っているのか、不思議な輝きを放っている。
「圧倒されるのも無理はありません。アムザはこの大陸西方の経済拠点なんです。それに、もうすぐ第一王女様の誕生日を祝うお祭りがあるから、いつもより人が多いんですよ」
「祭りか。警備の隙を突くには好都合だが、情報収集にはノイズが多いな」
タケルが専門的な呟きを漏らす中、ミカが思い出したように付け加えた。
「あ、ちなみに私が参加する舞踏会というのも、その王女様の誕生日パーティーなんです」
「……君の『友人』というのは、この国の第一王女のことなのか?」
タケルの珍しく驚いた声に、ミカは当然のように頷いた。
「はい! ククリちゃんっていうんですけど、学生の時に、同じクラスの親友だったんです。卒業して離れ離れになっちゃいましたけど、今でも仲良しなんですよ」
(大国の王女と親友、か。……想定外のコネクションだな。だが、城の内部に正式に入れるのなら、情報のアクセス権は格段に上がる)
タケルは内心で計算を済ませ、まずは目前の課題を片付けることにした。
彼はミカから現地の通貨を借り、大通りにある服屋へ入った。
「――この国の一般的な服装がほしい。できるだけ地味で、かつ機動性を損なわないものを」
店主の勧めるままに、タケルは丈夫な革のベストと、厚手のズボン、そして深緑色のマントを購入した。
着慣れた軍服ではないが、アンダースーツの突起やくぼみを隠すには十分だ。
その後、ミカの旅の備品――薬草や食材、そして魔力触媒などの買い出しに付き添い、荷物持ちという名目の「周囲警戒」をこなしながら、王都の雰囲気を肌で覚えていく。
陽が傾き、街に魔石の灯りが灯り始めた頃、二人の腹が鳴った。
「今日はご飯にしましょうか。長い間歩いてへとへとですし……」
「了解した。俺も腹は減っていたので助かる」
二人は賑やかな大通りから少し入った場所にある、一軒の酒場に足を運んだ。
中では屈強な男たちが酒を煽り、陽気に騒いでいる。
空いた席に座り、食事を注文した時のことだった。
「おいおい、見ねえ顔だな。でくのぼうに、そっちのちんちくりんのお嬢ちゃんよぉ」
酒の臭いをプンプンと漂わせた、ガラの悪い酔っ払いが二人に絡む。
ミカはビクリと肩を揺らしたが、タケルはフォークを置くこともなく、冷徹に男たちの「無力化の優先順位」を弾き出していた。
「今日は二人でお楽しみかい!? ふたりとも若えからすごそうだな! 俺達も混ぜてくれよ? 」
「あ、あの……」
「なんだ嬢ちゃん、俺にビビってんのか? 随分と失礼じゃねえか!! 少しくらい酒飲んで話してくれたってよォ──」
(単なる酔っ払い。……一秒以内に頸椎を――)
タケルがまさに「手」を出そうとした、その時だった。
「よしなよ、おっさん。そのうまい酒が不味くなるぜ」
よく通る、快活な声が酒場に響いた。
現れたのは、逆立った金髪が印象的な、体格の良い青年だった。
年の頃はタケルと同じか、少し下か。
絡んでいた男たちはその青年を見るや、それまでの威勢が嘘のように顔を青ざめさせた。
「げっ……あんたは、親衛隊の……!」
「分かってるならありがたいな。非番のところを仕事にさせないでくれよな、手続きが面倒なんだ」
青年が肩をすくめて見せると、男は脱兎のごとく店から逃げ出した。
嵐のような騒動が去り、青年が二人に笑いかけてきた。
「悪いね。お祝いムードではしゃいてるやつも多くてさ。怪我はないか?」
「助かりました……! ありがとうございます!」
ミカが深々と頭を下げると、青年はふたりをまじまじと眺めた。
「……見かけない格好だな。旅人かい?」
「私は明日ククリちゃ……様の舞踏会に参加するために来たんです。 隣の方は私の護衛をしてくださっているタケルさんです。」
「──へぇ。そのお嬢ちゃんが、ククリ様の客人の一人なら、俺が守らなきゃならない対象ってわけだ」
青年は自分の胸元を叩くと、人好きのする笑顔で右手を差し出してきた。
「俺はカガミ・フランメ。アムザ王宮騎士団、親衛隊の騎士だ。よろしくな!」
金色の髪を揺らし、炎のように熱い活力を放つ男。
それが、タケルがこの世界で初めて出会った、もう一人の「戦士」だった。




