幕間①
深い森の中、等間隔で枯れ葉を蹴る二つの足音が響く。
タケルはミカの半歩先を歩きながら、周囲の索敵を継続しつつ、先ほど彼女が口にした「数百年前の転移者」について問いかけていた。
「先ほどの話の続きだが……その数百年前の英雄とやらは、この世界に技術をもたらしただけなのか? それとも、どこかの国を治めていたのか」
ミカはタケルの背中を追いながら、記憶を辿るように話し始めた。
「その方は技術だけでなく、統治についても恐ろしいほどの才能があったと伝えられています。……最初はごく小さな、今にも滅びそうな小国に現れたそうですが、瞬く間にその国を乗っ取り、自分に歯向かおうとした者たちを平らげてしまったそうです」
「そこからの勢いは凄まじく、その国をあっという間に東の大国へと変えてしまいました。自分の国では、関所を廃止したり、市場を自由に出入りできるようにしたり……いくつもの奇妙な経済政策によって、民の生活を驚くほど豊かにしたと言われています」
タケルは無表情のまま、頭の中でキーワードを整理する。
──どこか既視感を感じる。
「また、その方はとても華美なものを好まれたそうで、自分の住む場所として、それまでに誰も見たことがないような豪華で、かつ防衛にも非常に優れた巨大な城を建てました。その城の壁は白く光り、夜でも星のように輝いて見えるそうですよ」
「……城、か。その転移者の戦い方はどうだった?」
タケルが促すと、ミカは続けた。
「戦術としても数々の『奇策』を編み出したとされています。特に有名なのは、魔法使いの隊列です。当時の魔法は一度使うと再発動に時間がかかるのが弱点でしたが、その方は兵を三つの列に並べたのです。一列目が魔法を放ち、二列目、三列目が続く間に次を用意させる……この連続攻撃で、向かってくる騎士の騎馬隊を粉砕し続けたと言われています」
「……三段撃ちか?」
タケルの喉が、わずかに鳴った。
魔力を火薬、魔法使いを火縄銃に置き換えれば、それはあまりにも有名な戦術と一致する。
「その方はそうして隣国を次々と侵略し、勢力を広げ続けました。そして、厄災と評された巨大な魔物が現れた際には、他国と協力してその魔物を打ち倒したと言われています。……でも、その苛烈すぎる性格が災いしたのかもしれません。最期は信頼していたはずの部下に裏切られ、懇意にしていた休息先の教会で包囲されてしまったんです」
「……教会で?」
「はい。建物は業火に包まれ、その方は脱出することなく、燃え盛る炎の中で奇妙な踊りを舞いながら、自分も共にお亡くなりになったと伝えられています。その凄絶な最期は、今でもこの世界の悲劇として語り継がれているんです」
タケルの足が、一瞬だけ止まった。
──既視感がありすぎる。
日本の歴史を知る者であれば、誰もが知っているあの人物の死に様とあまりにも被る。
「……ミカ。その王が築いた国は、今も残っているのか?」
「はい、東の方にありますよ。今は別の血筋の方が統治していますが、その方は自分が元いた世界で築くはずだった城の名をとって、その国をこう呼んでいました」
ミカは、その響きを噛みしめるように口にした。
「――『アヅチ』。現在も東方諸国の中心地として栄えています」
(間違いない。”アレ”だ)
タケルは確信した。
自分よりも数百年前に、この世界に放り出された先人がいた。
そしてその人物は、この異世界でも、自分が元々いた世界と同じ様に国を統治し、戦に勝ち、そして裏切られて死んでいったのだ。
「──アヅチ、か」
「タケルさん、何か気になりますか?」
タケルは視線を前方の、今はまだ見えぬ西のアムザの方角から、はるか先の東方へと向けた。
「いや……。いつか東に行く機会があれば、その『アヅチ』にも寄ってみたいと思っただけだ」
この世界には、自分が知る歴史の影が色濃く落ちている。
ならば、自分がここで生き残るための「教科書」は、案外身近な場所にあるのかもしれない。




