第4話 不可思議の森にて④
「――つまり、ここは俺が住んでいた地球とは別の世界ということか」
タケルは一切の感情を排した声で、眼前の事実を口にした。
辺りにはまだ巨蛇の死骸が放つ独特の臭気が漂っている。
「は、はい。実はこの世界には、古くからの伝承がありまして……」
ミカが恐る恐る、しかし真剣な眼差しで話し始めた。
「世界に大きな危機が訪れるとき、天にまします神様が、異なる世界から大いなる力を持ったお方を遣わしてくださる……というお話なんです。私たちは、それをずっと信じてきました」
「つまり神の使い、か」
タケルは心の中で自嘲した。
自分は神の使いどころか、血生臭い戦場を泥にまみれて這い回る傭兵だ。
そんな高潔な存在とは、対極の位置にいる。
「実際に、数百年前には私たちとは異なる世界からやってきたお方が、この世界を救ったことがあるという記録も残っています」
「数百年前、か。……記録に残るほどの英雄なら、相当な変革を起こしたはずだな。そいつはどんな人物だったんだ?」
タケルの問いに、ミカは話を続ける。
「その方は、私たちの知らない『刀』や『銃』、そして『甲冑』というものを授けてくださいました。さらに、魔法頼りで個々で戦うことしかしていなかった人々に『戦術』を教えてくださったと言われています」
「武器に防具、それに戦術理論か」
「はい。その方が指揮官として多大なる力を発揮し、もたらされた技術と魔法を組み合わせたことで、この世界の文明や戦い方は飛躍的に発展した……と、おとぎ話のように語り継がれています」
ミカの話を聞きながら、タケルは自分がこの世界に呼ばれた意味を思案した。
自分は英雄ではない。職能を切り売りして生き残るだけの男だ。
そんな男に、世界は一体何を求めているのだろうか。
「──そいつがどういう意図でそれをもたらしたかは知らんが、俺はただの傭兵だ。世界を救うだの、聖人になるだの、そんな大層なことはできない」
タケルは無機質な声で自分を定義する。
「でも! 私を助けてくださった時のあの姿は、私にとっては……神様みたいでした!」
「……神様、か」
ミカが放った無垢な言葉が、タケルの胸の奥に刺さる。
神様。
その単語を聞くと、反射的に思い出す過去があった。
一切の感情を剥ぎ取り、生存効率のためだけに洗練させた暴力。
戦場を無慈悲に支配し、数多の敵を動かぬ肉塊にした日々。
敵からは畏怖をもって疎まれ、味方からはその非人間的な実力を称えられた、かつての二つ名。
(『荒神』と呼ばれた自分が、人を助ける神様とはな)
タケルは思考を現実に引き戻した。
感傷は何の利益も生まない。プロの傭兵は常に、次の任務と報酬を考えるべきだ。
「──ミカ、だったか?ここからはプロの契約の話をしよう。感傷ではなく、利害の話だ」
「け、契約……ですか?」
「ああ。事実を整理する。第一に、今の俺の力は、先ほど確認した通り、君が放つあの電撃がなければまともに稼働できない。今の俺にとって君の存在は、戦闘継続において不可欠だ」
タケルは自分の腕にあるコンソールを淡々と指し示した。
「第二に、俺はこの世界のことを何も知らない。地理、文化、そして脅威。これらを独力で調査するのは非効率だ。……そこで、提案がある」
「は、はい…?」
「もしよければ、君の今後の旅路に、専属の護衛として同行させてくれないか? 君の安全をプロとして確保する。その代わり、君は俺に電力を供給し、この世界の情報源へ導いてほしい。……どうだ」
ミカは一瞬目を丸くしたが、すぐにパッと顔を輝かせた。
「はい! もちろん、喜んで! 私の方こそ、さっきのお礼もできていませんでしたから。よろしくお願いします、タケルさん!」
「了解。……契約成立だ」
不透明な「同行」が、明確な「契約」へと変わった。
二人は森を歩き始める。
タケルはミカの半歩先を歩き、絶えず周囲の死角を警戒する。
「ミカ。次の目的地を確認したい。補給と情報収集が可能な場所だ」
「はい。この森を出てすぐにある、『アムザ』という国に向かう予定です」
「そこにはなにがあるんだ?」
「アムザは軍事力がとっても優れていて、魔法を使った様々な技術が発展している国なんです。大陸の西側ではもっとも栄えている場所ですから」
軍事力。
そして魔法技術。
タケルは無意識に、右腕の沈黙したコンソールに触れた。
過去の転移者がいたという伝承がある以上、そこに行けば自分の正体に繋がる手がかりがあるはずだ。
「了解した。……改めて、よろしく頼む、ミカ」
タケルは立ち止まると、かつての軍隊時代と同じように、背筋を伸ばし、丁重に頭を下げた。
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
かしこまったタケルに慌てながらも、ミカもまた、一生懸命に姿勢を正して頭を下げた。
かつての戦場を駆け抜けた「荒神」。
そして、不思議な力を持つ少女。
二人の奇妙な、しかし確かな歩みが。
未開の森を抜ける心地よい風と共に、今、静かに幕を開けた。




