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第9話 星誕祭②

 「――舞踏会を中止すべきと? 」


 ククリ王女の声が、重厚な執務室に響いた。


 「ああ。敵の狙いが明確である以上、標的を戦場から離脱させるべきだと思うが」


 タケルは無表情に答えた。

 彼の脳内では、すでに幾つものシミュレーションが弾き出されている。

 華やかなドレスを纏い、無防備な貴族たちが集まる舞踏会。そこはテロリストにとって、これ以上ないほど「効率的な」狩場でしかない。


 「中止すれば、相手の意図を挫くことはできる。警備のリスクも最小限に抑えられるはずだ」


 「──ダメよ。そんなの絶対に認めないわ」


 ククリは即座に、きっぱりと拒絶した。

 彼女は椅子から立ち上がり、窓の外――祭りに沸く王都を見下ろす。


 「中止すれば、王族はテロの脅威に屈したと宣伝されるも同然。民の不安を煽り、国の威信を失墜させる……。それは相手の思うツボよ。民を導く王族たる者が、たかだか鼠の侵入如きで逃げ出すわけにはいかないの」


 「メンツの問題か」


 「そう。王族の権威を見せつけるためには、開始前に相手を制圧し、何事もなかったかのように舞踏会を成功させる。……私に必要なのは完全勝利だけよ」


 ククリの言葉は力強いが、タケルは冷徹に状況を分析し続ける。

 制圧。言うのは簡単だが、実行には相応の戦力が必要だ。


 「ククリ様の仰ることは尤もなんですが……」


 傍らで控えていたカガミが、申し訳なさそうに口を開いた。


 「現状、王宮騎士の多くは祭り本番の警備と舞踏会の護衛に割かれています。地下道の広範囲を捜索し、精鋭とされる敵部隊を確実に制圧するには、これ以上の人員を割く余裕はありません。無理に騎士を派遣すれば、地上の警備が手薄になり、それが陽動であった場合には裏目に出る可能性もあります」


 カガミの提言は、指揮官としての冷静な判断によるものだった。

 盤面は詰んでいた。中止か、あるいはリスクを承知で強行するか。


 「……」


 ククリは少し考え込むように視線を落とした後、何かをひらめいたような顔をした。

 そして、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべ、そのままタケルをじっと見つめる。


 「……なんだ」


 「……『転移者』なら、一人で軍隊に匹敵する働きができるわよね?」


 その場にいる誰もが、これは無茶ぶりの前振りだと即座に気付いていた。



 ◇


 数十分後、三人は地下道の入口の前に立っていた。


タケルは、先程の決定を思い出す。


 「地下道の部隊を、単独で制圧してきてもらえるかしら」


 無茶振りに近いククリの依頼に、タケルは条件を付けた。


 「──一人でも制圧自体は可能だ。だが、任務の成功率を100%に近づけるため、人員が欲しい。俺の背後をカバーし、逃走経路を封鎖する。そのための「プロ」が必要だ」


「ということだからよろしく頼むわ、カガミ」


 そのタケルの言葉に応え、ククリは隣にいたカガミに声をかける。


「まあなんとなくそんな気はしてましたよ。任せてください」


そうして、タケルとカガミは地下道での刺客制圧任務に向かうことになった。


 「改めてよろしく頼む、カガミ」


 タケルが、カガミに頭を下げる。


 「かしこまらないでくれよ。俺も仕事だし、あんたの戦いは見てみたかったんだ」


 カガミは快よく応じた。

 だが、その脳裏にはククリからの「追加の命」が刻まれていた。


 『――カガミ。タケルがどれほどの力を持っているのか、その目で見極めてきなさい。』


(まあ、転移者様の実力を見るまでが俺の仕事なんでな。いいもん見せてくれよ)


「それにしても、ミカちゃんは本当についてくんのか? 流石に危険だぜ」


「は、はい…… 正直ちょっと怖いですけど……タケルさんに何かあったときのために私もいないと……」


そう話すミカはかすかに震えている。


「でもククリ様も危ないからミカちゃんは行かなくていいわよって号泣しながら止めてたじゃねえか? こういう場に出くわしたことないんだろ?」


「ミカ、俺もついてくるのは危険だと提言する。確かに何かあった時には助かるが、それがないようにするのがプロだ。それに今回はカガミもいる。君に何かあるほうが俺にとっては不安だ」


二人はミカを必死に説得する。

しかし、ミカは考えを変える気はなさそうな顔で話す。


「で、でも……ここでもし何かあってお二人が敵を止められなかった時にはククリちゃんにも危険が及びます。タケルさんの言う『任務の成功率を高める人員』として、私もついていきたいんです」


「……そうか。 そう言われては俺は何も言えん」


「分かったよ…… もう意見を曲げる気はなさそうだし、今は時間が惜しいからな。ただし必ず俺達の後ろにいてくれよな。ミカちゃんに傷なんてついたら俺は親衛隊クビになっちまうよ」


「あ……ありがとうございます!お二人のお仕事の邪魔はしません!」


「──よし。ではそろそろ入るぞ」


 三人は、湿った空気の漂う地下道へと足を踏み入れた。


 ◇


 地下道は暗く、カビの臭いが鼻を突く。

 タケルとカガミが、ミカを守るようにして先導していた。


 「……。止まれ」


 タケルが低く、しかし通る声で警告を発した。

 カガミは即座に剣の柄に手をかけ、ミカは息を呑んで立ち止まる。


 (……左前方。距離十五。三人の足音。規則正しい一定の歩調。おそらく哨戒。まだこちらには気づいていない)


 タケルは音もなく前進した。

 暗闇の中でも、彼の視覚は敵の輪郭を捉えている。

 

 敵は武器を持った工作員たちだ。

 タケルは一気に距離を詰めると、背後から一人目の口を塞ぎ、頸動脈を圧迫して締め落とした。

 崩れ落ちる体を支え、音を立てずに床に置く。


 「――!?」


 気づいた二人目の鳩尾に、鞘に収めたままのブレードを叩き込む。

 肺の空気が押し出され、声も出せないまま敵は膝をつく。そのまま最後の一人の喉首を掴み、壁に叩きつけながら意識を飛ばした。


 「……。クリア。先へ進むぞ」


 わずか数秒。

 一滴の血も流さず、微かな物音すら立てずに三人を無力化したタケルの手際に、カガミは感嘆の溜息を漏らした。


 「……凄えな。気付かれなきゃ無敵なんじゃねえか?」


 その後も、タケルの「作業」は続いた。

 気配を完全に消し、敵の死角から確実に無力化していく。

 あまりの効率の良さに、カガミとミカは顔を見合わせた。


 「……もしかして俺たち、いらなかったんじゃないか?」


 「あはは……。タケルさん、凄すぎて逆に怖いくらいですね」


 そんな軽口が出た時だった。

 地下道の突き当り、開けた広間のような場所に出た。


 そこには、本人の背丈よりも長いであろう槍を持つ一人の青年が座っていた。


 「あれ?結構な人数監視に回してたのに…… もしかして全員倒しちゃったの?」


 青年が立ち上がり、こちらを向く。

 その瞳は、爬虫類のような冷酷な光を帯びていた。


 「貴様は誰だ。襲撃部隊の指揮官か?」


 タケルが問いかける。

 青年は肩をすくめながら答えた。


「指揮官? いや、俺はただの傭兵だよ」


 「今の名前は……そうだな。『先生』からはコード:バジリスクって名前をもらったよ」


「……バジリスク?」


「うん。……まあでも覚えなくていいよ。どうせ死んだら無駄なんだから」


 そのまま、青年が低い声で言葉を発した。


 「――『魔鎧装(マナ・キュイラス)』」


 槍から不気味な緑の魔力が溢れ出し、青年の体を覆う。

 次の瞬間、そこには、禍々しい緑色の鎧を纏った男が立っていた。


「……!? 気をつけろ!!そいつはさっきまでのやつと違う! 」


 その様子と、カガミからの警告を聞いたタケルは迷うことなく、左腕のコンソールを操作した。


 「──『スサノオ』、行くぞ」


 光とともに、ナノマシンが電磁筋肉と装甲を再編していく。

 瞬時に黒銀の機能美を誇る強化外骨格が姿を現した。


 タケルは高周波ブレードを抜き放ち、その切っ先を目の前の敵へと向けた。

 空気そのものが火花を散らすような、命の削り合いが始まろうとしていた。

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