温もりに縋る
何を光源として輝いているのか分からないほどキラキラ光るシャンデリア。私の作る食事など足元にも及ばないほど豪華な料理の数々。
そして私に向けられる様々な感情の視線。
「あれって人間でしょう?」
「なんでも、朝のティータイムに呼ぶくらい深い仲だとか」
「ヴァルディオス様も……物好きねぇ。人間相手に、そこまで露骨なことをやるなんて」
今までは「魔力持ちでしょ?」と言われてきたのに、今度は逆。
……震えてしまいそうになるのを、肩から掛けたショールを掴むことによってなんとか耐える。
ヴァルディオス様の使いだという人たちに連行された私は、不相応なほど清楚で高価そうなドレスと装飾品で飾り付けられた。唯一ネックレスだけは黒のオニキスの一つ石でシンプルなデザインをしており私好みだったが、せめてドレスをもう少し地味にして欲しい。
泣き言のように訴えたが、「ちゃんとした格好をしていないとヴァルディオス様が恥をかく。これでも控えめ!」と言われてしまえば、私に拒否権はなかった。
魔族の謎技術なのだろうか、ドレスのサイズはやけにぴったり。お化粧を施してくれたのはヴァルディオス様と親しげにしていた例の金髪の侍女マリエッタさんだったが「大丈夫。ヴァルディオス様だって、笑顔が可愛いと褒めてくださったのでしょう?」と励ましてくれた。
……どうして私を励ましてくれたのかは分からないが、これもヴァルディオス様のため。私は覚悟を決めて顔を上げる。好奇の視線が一気に私を刺した。
そんな視線ばかりの中、私に向かって大きく手を振る子供が二人。……ユリウスとユリアだった。声を出さずに口だけを大きく動かして「頑張れ」と言ってくれている。
(……もしかして私を心配して、ご両親について来てくれたの?)
彼らの優しさが嬉しくて、つい頬が緩む。にっこり笑って胸の前で手を振り返した瞬間に、周囲がどよめいた。
「エルナ」
急に目の前に現れた艶のある黒の長髪。魔王らしく着飾った威厳ある姿。広い背が周囲から私を隠す。
「遅くなってすまない。一人で心細かっただろう、まさかこんなに人目を引いているなんて……」
「いいえ、これくらいなら大丈夫です」
「……そうだった。エルナは普段自信なさげなくせに、腹を括った時の度胸は人一倍あるのだったな」
何の話かと思えば、私が自分を囮にしてユリウスとユリアを巨狼から逃した時の話だった。
「あの時はとにかく必死だったんです! だから度胸というわけでは……」
「そういうところが、健気で守ってやりたくなると言っているんだ」
ヴァルディオス様が私の肩を抱き寄せて、周囲に圧を振り撒く。周囲の魔族たちは慌てたようにして目を逸らした。
トクンと胸が高鳴ったのは、きっと……先ほど一口だけ飲んだシャンパンのせい。
ヴァルディオス様は周囲の魔族たちへの挨拶もそこそこに、とにかく私を構い続けた。
あれは食べられるかとか、これ以上は酒ではなくジュースにしておけとか。ダンスは踊れるのかとか、また今度一緒に練習しようとか。
もはや私しか見ていない。
ユリウスやユリアが教えてくれた「魔王ヴァルディオス」様は、凄まじい魔力で相手を圧倒する強さを誇るだけでなく、周囲に対する気遣いも忘れないような立派な魔王という話だった気がするのに。これではまるで、周囲に私の存在を見せつけているようだ。
(それに……ヴァルディオス様の婚約者を紹介してくれるのではなかったの?)
この夜会に私が連れて来られた趣旨が見えてこない。妙にふわふわとした気分のまま、首を傾げる。
「エルナ、どうしたんだ? 顔が赤い。疲れたのなら休息室に──」
「ヴァルディオス様、私……お聞きしたいことがあります」
分からないなら、こちらから聞いてしまえばいい。どうして待つばかりだったのだろう。
私はそんな気持ちで、ヴァルディオス様の金の瞳を見つめる。
久しぶりに夜会に出る気になったのはどうしてなのか。
婚約者はいらっしゃるのか。
私はそのままおやつ係としてお側にいて大丈夫なのか。
ヴァルディオス様に聞きたい事はたくさんある。
でも、一番聞きたいのは……
「聞きたいこと? エルナの質問なら、何でも答えよう」
「あの……ヴァルディオス様には、想っている相手が──」
「ヴァルディオス様、敵襲です! 国境を超えて、ベルク王国が我が国に攻撃を……!!」
私の声を上塗りする、兵士の怒声。広間に飛び込んできた一人の兵士の声によって、夜会の出席者たちの間に戸惑いと動揺が広がった。同じように私の心の中にも暗雲が立ち込める。
「ベルク王国……!? どうして……」
聞こえて来たのは、人間である私の生まれ故郷の名前。ヴァルディオス様がさりげなく私を背に隠す。
「現在把握できている被害は?」
「国境側の村が壊滅。人間たちがルミナイトの武器を使用しているため、生存は絶望的です」
「ベルク王国が一方的に和平条約を破棄してきた理由と、彼らの要求は?」
「それは……」
兵士が言葉を詰まらせる。ヴァルディオス様が「では後で聞こう」と言えば、兵士は頷いたので……きっとこの場で言えない理由なのだろう。
「急ぎ第三魔師団を現場に回してくれ。生存が絶望的であったとしても、見捨ててはならない。あと、ベルク王国の侵攻を食い止めるために──」
ヴァルディオス様が背と壁に私を挟むようにして、指揮を取る。
ここまで明確に庇われると、心の中の暗雲も濃くなっていく。
(……もしかして、私のせいなの?)
ひょっとすると、私がヴァルディオス様の目を治しているのが知られて、グランノクスの方が条約違反を犯していると取られたのかもしれない。
そんな私の考えを後押しするかのように、周囲からヒソヒソと声が漏れる。
「やっぱりあの銀髪の娘が原因なんじゃないの? そもそもベルク王国が留学生としてスパイを送り込んだのかも」
「人間は信用できない。人間なんて、このグランノクスには要らない」
「どうする? あの娘に関しては、ヴァルディオス様の判断は信用ならない。我々で先に手に掛けてしまうか……」
カタカタと体が震えだす。どんどん大きくなっていく周囲の騒ぎも耳に入っているはずなのに、何も認識出来なくなる。どれが誰の声なのかも分からない。
「エルナ、君のせいじゃない。君が悪くないのは俺が一番良く知っている」
嫌だ、これ以上私を責める声を聞きたくない。
でも私の思考回路が、私自身を責め立てる。
(どうしよう……私のせいで沢山の魔族が死んでしまったなんて)
この魔界グランノクスでずっと暮らしていきたいとすら考えていたのに、私の存在が火種になってしまう。
私の存在が、ヴァルディオス様の治世の邪魔になってしまう。
私の居場所は、ベルク王国にも、魔界グランノクスにも……どこにもなかったのだ。
「──ナ、……エルナ! しっかりしろ。俺が魔王として、君の無実は証明してみせるから」
ヴァルディオス様が何か叫んでいるような気がして、顔を上げた。
ぼやけた視界に映る、精悍な顔。珍しく焦りが見えるその表情が印象深かった。
「大丈夫だ。頼むから早まらないでくれ」
「ヴァルディオス様……」
足元から地面が崩れて無くなっていくような感覚が怖くて、後先考えず咄嗟に目の前にいた彼に抱きついた。そこからどうやってその場を離れたのかは記憶がない。
次に私が気がついたのは、見知らぬ寝台の上。耳元にかかる熱い吐息と、カーテンのように周囲から空間を切り取る黒の長髪。
肌の上を滑る彼の手を受け入れて、ただただ彼の温もりに縋った。……のは覚えている。
翌朝。正常な思考回路を取り戻した私は目の前に広がる光景に──言葉を失った。




