この気持ちは何?
魔王ヴァルディオス様のおやつ係に任命された私は、授業が終わると寮のキッチンでせっせと料理に励むようになった。
私の魔法が料理を通して発現するものだとヴァルディオス様が突き止めてくれたのもあり、担当教員も「魔法を上達させるためにも、料理を続けた方がいい」と言ってくれた。「大役を任されたのだから、責任を持って取り組みなさい」と背を押してくれた。
ユリウスやユリアなどのクラスメイトも、珍しい魔法だから見たいとキッチンに集まって、和気藹々とした雰囲気の中で楽しく料理を作る。孤児院で一人料理を作っていた時とは違う温かい交流を伴った調理時間。自然と私も笑顔が増えた。
「このチョコレート入りのパン、すごく美味しいですわ。ねぇ、もっとチョコレートを増やしてみてはどう?」
「ユリア、これはヴァルディオス様が食べるやつなんだから、そこまで甘くないほうがいいだろ。格好良い大人の男なんだからさ」
「大人でも子供でも、男でも女でも、甘党な人は甘党ですわよ!」
私の左右を陣取ってユリウスとユリアが口論する。
「二人ともありがとう。明日お会いすることになっているから、好きなお味の傾向についても聞いてくるわ」
ヴァルディオス様に会うのは週に二回。平日一回と週末で、必ず午前のお茶の時間に呼ばれる。ヴァルディオス様が手を回してくれているらしく、平日の一日に関しては担当教員が別の日に授業の補講を行なってくれることになっている。おやつ係というのは、そこまでの大役らしい。
魔界の高貴な身分の人たちは、朝食というには少しだけ遅めの時間にお茶と軽食を楽しむ、ベルク王国でいうところのブランチのような習慣があるらしい。私はその場に呼ばれているのだと知った。
ブランチはおやつではなく食事なような気がするが、一旦引き受けたのだから最後まで責任を持つべき。そんな気持ちでヴァルディオス様の側近であるギルバートにブランチに相応しいメニューを聞けば「朝のティータイムはブランチとは全く別の意味を持つ習慣だ」と言う。でも「貴女はまだ知らなくて結構」と、その意味は教えてもらえなかった。
……だから私は、あえてこの時間に呼ばれる意味を知らずに、せっせとヴァルディオス様の元へ通った。
◇
コンコンとノックするかしないかというタイミングで、扉が開く。構えた手が行き場を失った。
「遅い」
私を見下ろしてくるのは、不満げな顔のヴァルディオス様。その格好は魔王らしい威厳あるものではなく、シャツとスラックスというラフなスタイル。チラリと室内の時計に目をやると、まだ約束の時間十分前だ。……次は二十分前行動を心がけよう。いや、三十分前から扉の前で構えておく勢いで来よう。
「申し訳ございません。次回からはもっと早く来るようにします」
初めて魔王城を訪れた時に通されたのは応接室のような場所だったが、その次からはすべてヴァルディオス様の私室に案内された。ブランチの時間に食べるのならそれも納得なので、私は特に何も疑わず、毎回招かれるままに部屋にお邪魔する。
「そうしてくれ。楽しみで早く目が覚める分、腹が減るんだ」
「……ふふっ。あ、ごめんなさい。早く用意しますね」
早く来るように言われる理由が予想外に可愛いくて、思わず笑い声が漏れてしまう。すでに湯を注ぐだけになっているティーポットやカップが並べられたローテーブルの上に、バスケットから取り出したパンを複数種類並べた。
私の肩越しにメニューを確認してくるところも、本当に楽しみにしてくれていたのだと分かって──嬉しい。
「そのパンは何味だ?」
「これはジャムパンです。真っ赤に熟れた苺で作ったジャムなので、とても甘いですよ」
「苺ジャムもエルナが作ったのか」
「そうです。だってヴァルディオス様が、出来るだけ私の手作りが良いと仰ったじゃないですか」
目を治療するという目的を考えれば、出来るだけ私の手作りを求められるのは理にかなっている。だから私はヴァルディオス様の目が良くなりますようにと願いを込めて、彼に出す料理を作る。
「あと今日は、ガトーショコラを作ってきました。前回、チョコレートがお好きだとお聞きしたので」
「早く食べよう! 茶は俺が入れておくから」
ヴァルディオス様が目を輝かせて、魔法でお湯を出してティーポットに注ぐ。
顔に似合わず甘いものが大好きな彼が可愛くて、つい魔王様相手に破顔して笑ってしまう私を、どうか許して欲しい。
「エルナ、笑ったな?」
「ふふ……ごめんなさい。ヴァルディオス様が喜んでくれるのが嬉しくて」
「もっと笑え。エルナは笑っている顔の方が可愛い」
「ありがとうございます。可愛いなんて言われたことがないので、お世辞でも嬉しいです」
ヴァルディオス様が眉を顰める。
「人間たちは趣味が悪いな。いや、敵が居なくて良かったと言うべきか」
「え?」
突然ヴァルディオス様の手が伸びてきて、私の髪に触れる。肩下までの長さの巻き毛に指が通されて、トクリと心臓が跳ねた。
「今度髪留めを贈ろう。来週末のこの時間の後は一緒に出かけるから、時間を空けておくように」
「……はい」
そうやって私はヴァルディオス様と二人きりで出かけるまでになった。
ヴァルディオス様は、魔力持ちで誰にも見向きされなかった私のことを必要だと言う。
買ってきた装飾品で私を飾って「可愛い」と褒める。
紳士が淑女にするかのように、私の手の甲に口付ける。
そんな彼を見ていると、胸がキュッと苦しくなる。
……この気持ちは何?
分からないまま、私は彼との時間を積み重ねていった。




