おやつ係に任命する
というわけでやってきた魔王城の中の一室。応接間なのだろうか、豪華絢爛な調度品の並ぶ室内の長椅子に、カチカチに身を固めて座る。そんな中で、自分の焼いてきたアップルパイが目の前で切られる様子を、緊張した面持ちで見ていた。
ヴァルディオス様の侍女と思われる綺麗な金髪の女性が、アップルパイを切り分けて皿に盛る。親しげな様子でヴァルディオス様と視線で会話してから、部屋の隅へと下がっていった。
「……あの、昨日は助けていただいてありがとうございました」
昨日のお礼を言うと、私の正面の長椅子に座ったヴァルディオス様は「気にするな」とだけ言って、アップルパイをフォークで刺して口に運ぶ。その口元がゆっくりと弧を描いた。
「美味い。優しい魔力の味がする」
私は妙に気恥ずかしくなって、紅茶のカップを手にとって口をつけた。湯気が目元を温めるせいなのか、目頭が妙に熱い。
「昨日のお礼になるように、気持ちは込めたつもりです」
「だろうな、よく分かる。魔力を気持ちとして料理に込めて相手を癒す、さりげなくて優しい魔法だ。恐らく料理を通して魔法を使う性質なのだろう。……ずっと使っていたのに、あまりに繊細な使い方で誰も気が付かなかったのだな」
神父様が「エルナの料理は優しい味がするから好きなんだ」と言ってくれていたことを思い出す。面倒を見ていた年下の子供たちも、私の料理は喜んで食べてくれていた。……ユリウスとユリアだって、昨日のパンを美味しいと気に入ってくれていた。
(私、ちゃんと魔法を使えていたのね……)
人間なのに魔力持ち。魔法が使えないから魔族とも言い難い。長年心の中に蔓延っていた、どこにも属すことのできない寂しさのような気持ちが、じわりと溶けるのを感じた。
カチャリとフォークを置く音がして、私の座る長椅子の座面が揺れる。いつの間にか皿に盛ったアップルパイを全て食べ終えたヴァルディオス様が、私の真隣に座っていた。彼の指が、紅茶のカップを持ったままの私の目元をそっとなぞる。肌の上を水分が伸びる感覚があった。
誤魔化そうと「これは、湯気で……!」と言いながらカップを置けば、ヴァルディオス様は「そうか」と小さく笑った。
「派手な攻撃魔法ばかりが魔法ではない。エルナの魔法は温かくて、相手の内部から癒していくような魔力だ。だからこそ俺は今日エルナをここへ呼び出した。……つまらないかもしれないが、少しばかり俺の昔話を聞いてもらえないか?」
頷いた私に、ヴァルディオス様は彼の生い立ちについて話し始めた。
魔王になるべくして生まれ、いつでも『強く』あるように育てられたこと。
十年ほど前に起こったベルク王国との大戦の直前に、当時魔王だったお父様が崩御され、魔王の座に着いたこと。
その戦いで魔力を纏わせた剣を振るい、戦ったこと。
それで多くの家臣を亡くしたこと。
……自分の『強さ』は間違っていたのではないかと、今でも後悔していること。
「俺の魔法は攻撃に特化したもの。仲間を助けるには人間を殺すしかないが、人間達からしてもそれは同じ話で……仲間を思いやっての殺し合いなんておかしな話だ。それに気がついてからなんとか停戦条約を結ぶことは出来たが、代償は大きかった」
そこでヴァルディオス様は眼帯を取って、左目を私に見せる。
「人間側が出してきた、停戦の条件だ。魔族を殺す鉱石ルミナイトで俺の魔力の半分、つまり片目を潰した。俺は半分の魔力と視力を失った」
「──っ! ごめんさない……」
金ではない、色の抜けたような白色の虹彩。片目だけ色が違うなんて珍しいとは思っていたが、まさかベルク王国との争いのせいで、魔力の一部だけでなく片目の視力まで失っていたなんて。罪悪感を感じた「人間」の私は言葉を詰まらせた。
「エルナのせいではないのだから、謝らないでくれ。むしろ俺は礼が言いたい。光が見えるようになったんだ、エルナの魔力のおかげで」
どうやら私の力をたっぷり注ぎ込んだパンが、完全に暗闇だった彼の左目の視界に光をもたらしたらしい。
「そこで頼みがあるのだが……俺に料理を作ってもらえないだろうか? 何人もの回復魔法の使い手が俺の目を治そうとしたが、誰も成果を出すことは出来なかった。それなのにエルナのパンは俺に光をもたらした。君の料理を毎日食べていれば、いつか視力が完全に戻ってくるかもしれない」
「私がヴァルディオス様のお食事を?」
光栄な話だが、私は魔王様が食べるような高級料理の作り方は分からない。ためらっていると、ヴァルディオス様は「毎食でなくていいんだ。負担になるなら時々でいい。なんなら間食でいい」と、譲歩を見せながらもしつこく粘ってくる。
(私の料理でヴァルディオス様の目が良くなるのであれば引き受けるべきなのだろうけど……あまりに庶民的な料理を食べさせるのも気が引けるわ。どうしよう……)
「……そうだ! 私が作らなくても、料理人が作ったものに、私が魔力を直に注ぎ込めば良いのではないですか? 昨日の魔力入りのパンと同じ発想です」
ヴァルディオス様の視界に光を取り戻す成果をもたらしたのは、むしろその方法だ。私自身が料理を作らずとも、私の魔力さえ入れ込めば解決するはず。
良い案を思いついたと、私は胸の前で両手を合わせた。
「それこそ料理人が焼いたパンにまとめて私の魔力を込めて置いておけば、毎食摂取することも可能かもしれません」
「……エルナが焼いたパンが食べたい」
「え?」
「無理やり魔力を込めたパンではなくて、普通に焼いただけのやつだ。そこのアップルパイのような」
それでも微量の魔力は籠っているかもしれないが、目を治すことが目的であれば、私の魔力を一気に与えられる形の方が良いのではないだろうか。私の頭の中は急に疑問符だらけになった。
「でも……早く治る方が良くないですか?」
「大事なのは早さじゃない」
「ヴァルディオス様。その娘はきっと皆まで言わないと分かりませんよ」
部屋の隅で背景のようにじっと立っていた側近のギルバートが話し出す。あまりに気配がなくて、いることに気が付かなかった。
その横には先ほどの金髪の侍女。目が合うと、意味深な笑みを向けられた。……意図が掴めず、不安感からスカートをギュッと握った。
「ギルバート。口を挟むなと言っていたはずだが」
「このままでは望まぬ結論に着地しそうな気がしたので、つい」
「心配いらない。俺は魔王だ」
「……だから心配なんですけどね」
ヴァルディオス様が私の手を取る。彼が私の手の甲をひと撫ですれば、チリッとした痛みと共に、複雑な紋章が現れた。
「な、に? これ……!」
驚いて声をあげると同時に紋章は溶けるようにして消えていく。
……私は目を丸くしてヴァルディオス様を見つめた。
「紋章だ」
「それは人間の私でも見れば分かります……!」
「エルナ。俺は君を──いや、うん。……決めた。エルナを俺のおやつ係に任命する」
「おやつ係……!?」
まさかの言葉に余計に目を丸くした。
ヴァルディオス様の肩越しに、額に手を当てて力無く首を横に振るギルバートの姿が見える。
「急に視力を取り戻したとベルク王国に知られては、余計な火種になりかねない。エルナには長い時間をかけて、俺の目をゆっくりと治療してもらう」
聞いてみればそれは納得できる理由だった。確かに、ヴァルディオス様が視力を失った原因を考えれば、急に回復してしまうとベルク王国を刺激してしまうかもしれない。私は「治るなら早いほうがいいだろう」という単純な思考を反省した。
「君が留学生であるのは知っての上。留学期間は本来一年だが、それも延長を許可する。だから学業の合間で料理をして、俺の元へ運んでくれ」
留学期間の延長。それはベルク王国に帰る気がない私に取っては朗報だった。
ぐらりと、一気に心が傾く。
「……分かりました。私でよろしければ、協力させていただきます」
ヴァルディオス様が「それでいい」と言わんばかりの表情で頷く。それに反して、少し離れた場所から見守るギルバートは「だから心配だと言ったのに……」と不満げな顔を見せていた。




