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エルナは知らないままでいい(魔王目線)

 エルナはハースという姓を捨て、魔王の妃となった。

 ……当然だ。魔王である俺が欲したのだから。


 やっと彼女を一番初めに苦しめた母親の影を、名前から取り去って綺麗にしてやることができた。そんな気持ちで、隣で眠る彼女の銀の髪を指で梳く。

 小さく身じろぎして、子供のようにふにゃりとした笑みを浮かべる彼女が心底愛おしい。

 俺は体を起こして、窓から月を見上げる。エルナと出会った時のことを思い起こした。

 

 

 面白い女。初対面はそんな印象だった。

 魔獣にパンを投げるなんて、普通じゃない。でも彼女の魔力と魔法はもっと普通じゃなかった。


 魔力は魔法を使う際の燃料だ。それ以上の意味はない。

 しかしエルナの魔力には、魔力自体に「癒しの力」が含まれていた。だから、ただの魔力入りのパンで傷が癒える。

 そして、それは魔力自体に「破壊の力」を含む魔王の血統と対になるもの。


 エルナがなかなか上手く魔法を使えないのは、魔力自体が何かを傷つけるのを拒むためだった。

 今は料理を通してしか回復の魔法は使えないようだが、これは……使い方を工夫すれば化ける。


 俺は魔王として、そんな打算でエルナを囲おうとしたのだが。

 ……彼女の素朴で優しい料理の味と、健気な素直さに、俺の方が堕ちた。守ってやりたい庇護欲が打算に勝ってしまった。可愛いくて仕方がないし、それを顔に出さぬようにするのは今でも苦労している。


「しかしまぁ……出会ってもう七年か。時間をかけすぎたな」


 エルナは鈍い。人の好意にも自分の気持ちにも鈍感すぎる。


 寝起きである朝のティータイムを共にするのは「恋人」であることを示す行為なのに、少しも気がつかない。

 何度も逢引きしたにもかかわらず、自分はただのおやつ係なのだと信じている。

 体を重ねたって、俺の言葉を信じずに魔界から逃げ出すほどだ。


 そもそも「おやつ係」なんてとって付けたような奇妙な役割を真面目に受け入れた時点で……まぁ、長丁場になることは予想していたが。

 

 ここまで来れば、エルナの気持ちが俺に追いつくのをとことん待ってやろうと思った。しかしそれが地獄の始まり。

「俺の名前を呼んで縋った所で迎えに行こう」と決めて、ベルク王国に帰ったエルナを見守ること六年。

 ……俺の名前を呼びすらしない。

 子供だって生まれたのに。そんな馬鹿なことがあるか? いや、あったから気が滅入りそうだったんだ!


 おかげで何年もの間、魔法で変装した臣下にベルク王国までエルナが焼いたパンを買いに行かせる羽目になった。その役に志願してきたのは、ユリウスとユリアとかいう名前の赤毛の双子。エルナと仲の良かった彼らは喜んで任務を遂行していたが……俺はパンを片手に虚しさを噛み締める男になった。噛み締めすぎて、左目の視力が完全復活した。今となれば笑い話だ。


 フッと失笑が漏れる。それに反応したのか、エルナが眠そうな目を擦りながら、ぼんやりと目を開けた。


「……ヴァルディオスさま」

「起こしてしまったか? すまない。まだ明け方だからもう一眠りするといい」

「ん……一緒に寝てください」


 寝ぼけたまま甘えて擦り寄ってくるエルナ。当初を思えば涙が出そうな展開に、再び寝台に横になって彼女を抱きしめた。

 ……エルナとの仲を邪魔する者には、片っ端から制裁を与えておいて、本当に良かった。


 幼いエルナを粗末に扱ってきた者たちも。

 懸命に努力するエルナのことを、口悪くベルク王国に告げた貴族たちも。

 エルナを都合の良い理由として和平条約を破棄してきたベルク王国も。


 俺が何をしたのかは……エルナは知らないままでいい。


「エルナ、愛してる。これからはずっと俺の元にいてくれ」


 そっと彼女の目尻に口付けた。

明日の7時更新が最終回です(*´꒳`*)

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