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逃げた先は平和な檻でした

 ここは私が経営するパン屋の一角。普通の質素な木の椅子にヴァルディオス様が座っている図は……ものすごく違和感がある。

 が、それに関してつっこんでいる場合ではない!


「つまり……ヴァルディオス様は、私の手の甲に紋章を刻んで守護の効果を付与した上、魔界から逃げ出した私の動向を全て部下に報告させていて?」

「そうだ」

「ベルク王国内でも私を安全に守るために、わざわざこの貧民街に魔力持ちの居住区を急遽作らせて?」

「その通り」

「住む人すら厳選された、平和な檻に私を囲ったということですね!?」


 ヴァルディオス様は最初から、私が魔界から逃げ出すと分かっていた。

 だからこそ無理矢理私を引き留めたり捕らえたりはせずに、私の意思を尊重して好きにさせたのだ。

 ……自分の支配下の中で。


「間違ってはいないが、檻とは言葉が悪い。それに俺は元々小規模で存在した魔力持ちのコミュニティーに働きかけただけだ。不便はなかったはずだし、ギルバートとマリエッタと一緒の生活はそれなりに楽しかっただろう」


 私が家族だと思って暮らしてきたギルさんとマリーさんですら、ヴァルディオス様の臣下。彼らは元々夫婦ではあったようだが、人間不信に陥りそうな程の衝撃だ。……いや、彼らはそもそも人間ではなかった。魔族だった。

 ヴァルディオス様が後ろで控えているギルバートさんとマリエッタさんに向き直す。


「お前たち夫婦には礼を言わねばな。世話になった」

「お褒めいただき光栄ですが、ヴァルディオス様の側近として当然のことをしたまで」

「いいや。お前たちがエルナの毎日を守り報告してくれたからこそ、俺はベルク王国とのいざこざに集中できた。本当に助かった」


 いつのまにか、ベルク王国と魔界グランノクスの戦は終結を迎えていた。

 ベルク王国が私を取り逃して、私が無事に『平和な檻』に入ったことを見届けたヴァルディオス様は、ベルク王国を攻めた。そしてベルク王国の国王の首も手を伸ばせば届く──というタイミングで、国王に告げたらしい。


「手を組まないか?」


 ……と。


 その結果が今だ。ベルク王国と魔界グランノクスはもう一度和平条約を結び直した。

 それがどのような内容なのかは、ヴァルディオス様は詳しく説明してくれなかった。「そんな話は追々でいい」と言うが……。

 

(見たところヴァルディオス様は眼帯もされていないし……いつの間にか目が全快しているようにも見える。私がいない間に何があったの?)


 私の抱える疑問たちは置き去りにされたまま、場の会話は進んでいく。

 

「私はとても楽しかったわ。エルナちゃんはヴァルディオス様とは違って、読心術もいらないくらい素直な良い子だったから」

「そうだろう、エルナは素直で健気で可愛い。読心術と視線会話魔法で俺を脅してくるマリエッタとは大違いだ」

「あら。それはヴァルディオス様が口下手な不器用さんで使わざるを得ないからです。私はそんなものを使わなくて済む相手が好きだわ」


 マリエッタさんはそう言いながら、部屋の隅でモジモジとしているディオルに近寄って声をかけた。


「ほら、ディオル様。ママにちゃんとご説明なさい」

「ん……わかった」


 散々ヴァルディオス様に怒られて、拗ねてしまったのか気まずくなってしまったのか。出来るだけヴァルディオス様の側を通らないように私の方へと歩いてくる。そんなディオルが可愛くて、両手を広げて腕の中へディオルを迎え入れた。

 

 ヴァルディオス様がそっぽを向いて口元を手で隠す。どうやらディオルの小さな反発を見て、笑うのを我慢しているようだ。

 

「ママ……ぼく、とおくにいる人とお話する魔法がつかえるの。それで、ずっとパパとお話してた」


 ディオルが指先で空中にスラスラと何かの文字を書く。するとディオルとヴァルディオス様の耳元に、お揃いの小さな精霊が現れた。


「ギルバートにおしえてもらったの。将来まおうになってママをまもってあげるのに、パパから魔法をならいなさいって……でも、ママにはヒミツっていわれて」


 ギルバートさんに視線を向ければ「ここ一年位の話だ。魔王の魔法は、父から子への口伝えだから」と補足される。


「ディオル……あなたずっと、自分のパパが誰なのか知っていて、それで頑張ってお勉強していたの?」


 私はとにかくディオルをヴァルディオス様から隠そうと必死だった。だからディオルにも何も説明しなかったし、それで守ってあげられているのだと信じていた。

 でもこの子は……自分の出自を受け入れて、私の知らない所で努力していた。


 ディオルはぎゅっと自分の服の裾を掴む。


「ん……だってね、ないてるママがかわいそうだったから」

「え?」

「黒いおそらに、おいのりしてるとき。いつもかなしそうだった」


 心当たりがあった。

 ディオルが言っているのは……ヴァルディオス様のことを思い出して、習慣のように夜空に祈っていた姿のことだ。

 

「黒はパパのいろ。ほんとうのママは、キレイな銀いろ。ママはパパのことがキライだから、黒いおそらを見てないてたんでしょ? だからぼくが、いつかパパをやっつけて、ママをまもりたかったの」

「──ッ、ディオル!」


 ぎゅっと彼を抱く力を強めると、ディオルが自分の黒髪をペタペタと撫でた。するとディオルの髪色がスッと銀色に変わっていく。

 私が使っているのと同じ、髪色を変化させる魔法だ。

 

「なん……、で」

「ママ、ぼくのために黒にしてたんでしょ? ぼくが銀いろにするから、ママはもう黒にしなくていいよ。なかないで」


 あぁ、なんて強くて優しい子なのだろう。これで泣くなと言われても不可能だ。

 どうして私は、すぐそばにいたのに……この子の考えに、気がつけなかったのだろう。

 

「ちがう……違うの! ごめんねディオル」


 私が髪色を変える魔法を使い続けていたのは、逃げるため。ディオルが生まれるよりも前の話。

 ……どうしてそこで黒にしたのか。ちゃんと理由がある。


「ママね……パパのことが、大好きなの。だから一緒にしたくて、黒にしていただけ」

「ママ、パパのことすきなの? ……ぼくとパパどっちがすき?」

「ふふ……、ヴァルディオス様もディオルも同じくらい好きよ。比べられないわ」


 涙で濡れた頬をディオルと擦り合わせる。

 どちらの涙なのかも分からなくなった状態で、二人で笑い合った。


 そんな私たちを傍目に、マリエッタさんがヴァルディオス様に話しかける。


「ディオル様に『ママはパパのことがキライ』と言わたこと、本気で怒っていらっしゃったのでしょう? 良かったですね。テオドールさんのことを含めて、全て杞憂で終わって」

 

 ヴァルディオス様は気まずそうに視線を逸らした後に、心底面倒くさそうなため息をついた。

 

「……心を読んだ上で、分かりきったことを聞くな」

「申し訳ございません。七年も感情を振り回されっぱなしな『魔王様』が面白くて……、つい」

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