私の得意なこと
公費で魔界に留学した私は、魔族の子供たち……とりわけ身分が高い子らが通う学園に編入した。所詮、孤児院で独学で勉強しただけの私の学力なんて、その程度ということだろう。
魔族は獣の姿をしていると思っていたが、私のクラスメイトになった子供たちは皆、人間の姿をしていた。魔族にも種類があるのだろうか?
「人間! お前、今日の魔法薬草学のテストは出来たのか?」
「えっと、実は追試になっちゃって……」
「やっぱり人間は不器用ですわね。見た目は大人なのに弱々しくて、まるで雛鳥のよう!」
私の肩や胸くらいまでしか背丈のない十歳前後の子供たちが、私のことを「人間」と呼びながら、嬉しそうに世話を焼いてくる。魔力があっても碌に魔法が使えず、魔界の常識すらよく知らない私は、彼らにとって庇護対象になるらしい。
孤児院で年下の子供たちの世話をしていた私が、大人になってからお世話される側に回ることになるなんて、思ってもみなかった。
それに……ベルク王国では「魔力持ちは魔族の仲間」なんて言われていたのに、この魔界グランノクスで私は「人間」と呼ばれる。
なんとも皮肉なものだ。……私はどちらにも属せない。
「魔法薬草学は次がグループワークか。一緒に組むと大変そうだなぁ」
「迷惑をかけてごめんね……。大人なのに、魔法のこととなると全然上手くできなくて」
「構いませんわ。弱きを助け、老いを敬う。それが魔族としての誇りだと、授業でも習いましたから」
「そうそう。迷惑だなんて思ってないぜ!」
高貴な身分だからなのか、クラスメイトとなった魔族の子供達なんだかんだ優しくて、もっともらしいことを言う。特に授業で同じ班になることの多い赤毛の双子の兄妹、ユリウスとユリアは、私のことを気にかけて、よく話しかけてくれた。
……魔族は人間を快楽目的で殺したり食べたりするような種族だと、以前神父様は言っていたのに。
「失礼な質問かもしれないけど……魔族って人間を食べるのではなかったの?」
「それは魔獣の話ですわ。魔法を使う獣のことで、奴らは私たち魔族にも襲いかかります。完全に別の生き物ですから一緒にしないで欲しいですわ」
「えっ……! ごめんなさい。てっきり同じなのだと思っていたから、魔族って酷いことをする種族なのだと勘違いしていたわ」
「それを言うなら人間たちの方が酷いもんだぜ。俺たちは友好的にやってるのに、ルミナイトの武器で攻撃してくるんだもん」
人間界で取れる鉱物ルミナイトで出来た武器は、傷をつけた魔族の魔力を奪って、命を削る。
魔力を持たぬ人間が、魔族に対抗し争うために開発した技術だ。
「でも留学生を送ってきたってことは、人間たちもやっと魔獣と魔族の区別がつくようになって、俺たちと仲良くする気になったのかもな」
「どうかしら。私はそう簡単に、人間のことなんて信じられませんわ」
それは私に対しても同じことを思っているのだろうか?
そんな不安な気持ちを心の底に秘めたまま、私はにっこりと微笑を浮かべた。
「……あの、実は二人にお願いがあるの」
◇
「う、わぁあ! これ、お前が全部作ったのか!?」
週末。私の持ってきたバスケットの中を見て、ユリウスが目を輝かせる。バスケットの中に入っているのは数種類のパンだ。
学園の敷地内に建てられた学生寮は、申請さえすればキッチンも使わせてもらえる。高貴な身分の子供達ばかりの学園で料理をする人など皆無なので管理人には珍しがられたが、私は孤児院で毎日料理をしていたし、料理は苦ではない。むしろ好きだ。
「ええ。実は私、パンを焼くのが得意で」
私を捨てた母は元々パン屋の娘で、私にもよく焼いてくれたから。……とは言わない。
「ん、美味しいですわ! 中にチーズが入っていて……あぁこれは火魔法で少し温めてから食べると、トロトロになって最高かも」
「ユリアずるい、俺も食べる!」
「お昼用と私の課題に付き合ってもらうお礼も兼ねて作ったの。終わってからゆっくり食べましょう?」
私はまだ上手く魔法が使えない。火を出してもマッチより火力は下、風を吹かせたってそよ風程度。傷を治そうとしても、ささくれ一つ治らない。
魔界に来て勉強してわかったことだが、どうやら魔族であっても、全ての魔法を使いこなせるわけではないらしい。
火や水などの自然の力を使った魔法が得意な者もいれば、姿を変えたりなど変化の魔法が得意な者。攻撃魔法が得意な者や、逆に防御や補助の魔法が得意な者。様々なタイプがあり、それが各々の個性でもある。
「魔力があるなら、必ず何かの魔法は使える」
そう学園で教えられた私は、まだ自分が何の魔法なら使いこなすことが出来るのかを模索している段階。それを探すには、出来るだけ多くの物を見聞きして、試してみるしかない。
だから私は担当教員から「今週末は少し離れた場所にある森で散策をしてみなさい」と課題を出されていた。と言っても私は魔界の地理に疎い。
だからユリウスとユリアに一緒に来てくれないかと頼んだのだ。
(とにかく、私は早く自分が使える魔法を見つけなきゃ)
……生まれ故郷のベルク王国に、私の帰る場所はない。私はこの魔界グランノクスで、自分の居場所を作らなければらないの。
「付き合うと言っても、一緒に散歩するだけですわよ?」
「それでも助かるの。私一人だと迷子になるかもしれないし」
「こんなに美味しいパンが貰えるなら、いくらでも付いて行きますわ」
「なぁユリア。気のせいかもしれないけど……さっきから、なんだか体がむずむずしない?」
突然ユリウスが首を傾げだす。
「え? ……まさかこのパン、何か入ってますの? やだ、毒!? 私も食べてしまいましたのに!」
「入れてない、入れてないから……! 私はただ……」
私はそこで言葉を詰まらせた。
説明したって、きっと言い訳としか思ってもらえない。でも……私はパンに何かを仕込んだわけじゃない。
「ん……ごめん、やっぱり気のせいかも。パンが美味すぎて気持ちが昂ってるだけだな! ほら、早く森の方に行こうぜ」
私とユリアの雰囲気が若干険悪になってしまったのを見て、ユリウスがさりげなく場を取りなす。
「……あら? そういえば森の方って、今日は接近禁止令が出ていませんでした?」
「そんなわけないじゃん。そんなもの出てたら、先生が止めてくれてるはずだって。ユリアの勘違いだよ」
「まぁ……それもそうですわね」
二人が話しながら森の方へ向かって歩きだすので、私は慌ててパンのバスケットに布を被せる。
静寂の空を見上げてから、私は急いで二人の後を追っていった。




