嘘でしょ?
随分と長い時間が経ったような気がする。
私を閉じ込める漆黒の帳の中には、二人分の熱が溜まる。顔が火照って、気恥ずかしさも募る。
「……エルナ」
ヴァルディオス様が何度も私の名前を呼ぶ。観念して小声で返事をすれば、また名前を呼ばれる。その繰り返し。
でも嫌じゃない。
彼に名前を呼ばれるのが心地良いとすら感じるようになった頃、一際切ない声でヴァルディオス様が囁いた。
「ずっと……会いたかった」
ヴァルディオス様らしい飾り気の無い言葉。でもそれが、かえって彼の気持ちを私に伝えて。……焦っていた心が落ち着いていく。
私を捉え続ける彼の腕に、そっと手を添えた。
疑問点は沢山ある。……それでも。
かつての言葉を有言実行し、私を守ってくれた彼に。まずはお礼を言いたい。
「ヴァルディオス様……。助けてくださって、ありがとうございま──」
「──ママぁッ!!」
私の肩が跳ねる。同時にヴァルディオス様も腕に込める力を強める。
テオドールさんと一緒に助けを求めに行ってくれたディオルが、必死にこちらに駆けて来ていた。私を包む空気が、スッと冷たくなる。
「アレか」
先程までの熱の籠った言葉は何だったのかという程に冷めた響き。
私を捉えていた腕が上がる。ヴァルディオス様の長い指が、ディオルを指し示すようにして、狙いを定めた。
「やめてッ、ディオル逃げて!!」
咄嗟にヴァルディオス様の腕にしがみつくようにして狙いをずらそうとするが、それくらいで魔法を外すヴァルディオス様ではない。先程私を捉えたのと同じ蔦の魔法がディオルの足首を掴んで、真っ逆さまに吊し上げた。
「ディオル! やだ、ヴァルディオス様やめて」
「──ディオル君!」
同じく駆けつけたテオドールさんが魔法で蔦を切ろうとする。しかしヴァルディオス様が軽く手を払うような仕草をしただけで、テオドールさんの体が吹き飛んで、近くの木の幹に勢いよく叩きつけられた。ルミナイトの武器を持った兵士も駆けつけるが、同様にヴァルディオス様が吹き飛ばしてしまう。
「ママにさわるな!!」
そんな状況でもディオルは果敢にヴァルディオス様を睨みつける。
「ディオル、だめ! お願いだから」
「エルナはここで大人しくしていろ。これは命令だ、いいな?」
「嫌ッ! ディオルに何かしたら、ヴァルディオス様でも許さない」
「……仕方がない。ギルバートとマリエッタ、エルナを頼む」
ヴァルディオス様が私の両肩を押す。よろけて背中を誰かにぶつけてしまい、振り返ると。……そこには私が家族のように思い一緒に生活してきた人たちの姿があった。
「ギルさんとマリーさん……!?」
二人は私に何も言わない。ただギルさんが、いつも通りの声色で「ヴァルディオス様の仰せのままに」と……彼らの本当の正体を私に暗示する。
マリーさんは老いた姿からは似つかわしくない力で、私を逃さないようにと腕を掴んだ。
ヴァルディオス様はゆっくりとディオルに近づいていく。
「待って……どうして? やだ、何でもしますから! ディオルだけは──ッ、お願い!!」
無情にも、私の声は聞き届けられない。
ヴァルディオス様が、ディオルの目の前で足を止めた。
「確認する。お前がディオルだな?」
「……そうだよ」
「俺は、息子であるお前に言いたいことがある」
あぁやっぱり、ヴァルディオス様はディオルが実子であることもちゃんと分かっていた。
私の頭の中は悪い想像でいっぱいになって、必死にマリーさんの手を振り解こうとする。
(どうしよう……どうしよう! まさかこんな展開になってしまうなんて)
スゥッとヴァルディオス様が大きく息を吸う音が聞こえた。
「──これくらいで、ママを置いて逃げるんじゃないッ!! 正直見損なった。だからもっと魔法の鍛錬をしっかりしろと言ったのに!」
予想外の叱責が周囲に響き渡った。シン……と辺りが静まり返る。
……今、何と言いました?
「だって、パパ……」
(ぱ、パパ!?)
「だってじゃない! 言い訳するな、男は黙って有言実行だ。まさか初対面でこんなに叱る羽目になるとは思わなかった」
……私は、思考がこれほどまでについていかない展開になるとは思っていませんでした。
その後も言い訳めいた言葉を口にしようとしてはヴァルディオス様に叱責される二人のやりとりを見ていると……どうにも初対面には思えなくて混乱してしまう。
助けを求めるような気持ちで振り返る。ギルさんとマリーさんが完全に苦笑いしつつ、魔法を解いた。肌の皺が伸びでキメが整い、姿が若々しくなって……かつてヴァルディオス様に仕えていた頃の彼らの姿に変わる。
「ごめんなさいね、エルナちゃん。騙すつもりはなかったのよ」
「そうだ。全ては我らがヴァルディオス様の懸命な英断と采配だ」
「ママ……ヒミツにしててごめんね。ぼくずっと、パパと魔法でお話してたんだ」
ヴァルディオス様の魔法が解かれて、ディオルの体がドサリと地面に落ちる。
それと同時に私も腰が抜けてしまって、へなへなと地面に座り込んでしまった。
「……嘘でしょ?」




