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ぼく、笑ってるママが好き

 それからディオルは毎日のようにテオドールさんと遊ぶようになった。申し訳なくてテオドールさんにはお礼のパンを渡そうとしたが、彼は「買わせてください」と絶対にお金を払ってくる。

 せめて何か協力できることはないかと問い掛ければ「じゃあ今度、俺とディオル君とエルナさんの三人で出かけましょう」と、なぜか外出に誘われた。


「テオドールとママと、おでかけ!? わぁい、どこに行くの?」

「ディオル君はどこがいいかな? この時期だから、綺麗に星が見える場所に行くのはどうだろう」


 星、と聞いてディオルは表情を曇らせた。


「ん……ぼく、黒いのキライ」

「暗いのが苦手なんだね。俺も小さい時は同じだったよ」

「ちがうの、黒!」


 確かに。言われてみれば、ディオルは夜空が苦手だ。室内の暗闇は平気なのに、夜道とかの暗い野外となると私にくっついて離れなくなる。


「じゃあピクニックにしようか。街の外にある丘を目指して歩いて、見晴らしの良い場所でサンドイッチを食べよう。それで、ギルさんとマリーさんに野花を摘んで帰ってあげるんだ」

「まちのそと! たのしみ。ぼく、行ったことないんだもん」

 

 テオドールさんの提案に、暗い顔をしていたディオルが目を輝かせる。

 さりげなく周囲にまで気を配れるテオドールに感謝した。


「……ありがとうございます。色々と気を使っていただいて」

「いえいえ。俺がエルナさんと出かけたいだけだから、気にしないで」


 テオドールさんが人当たりの良い笑顔を向けてくる。

 ……これは、勘違いしてしまう女性もいるかもしれない。


 

 そして迎えた、ピクニック当日。私は久しぶりにパン屋のドアに休店日の看板を掛けて、お手製のサンドイッチやパイを詰め込んだバスケットを持って、テオドールさんとの待ち合わせ場所へ向かった。魔力持ちの居住区を抜けて、貧民街の出入り口門を目指す。


「ママぁ、たのしみだね」


 少し前を歩くディオルが、本当に楽しそうに振り返る。

 この子が笑顔を向けてくれる瞬間が、本当に愛おしい。


 でも……ほんの少しだけ。甘い物を前にして目を輝かせるヴァルディオス様に似ていて──寂しくもある。

 

「そうね。ディオル、楽しみすぎて昨晩なかなか眠れなかったものね」

「うん。だってママ、ぼくとテオドールがあそんでいたら、笑ってくれるもん。ママもテオドールのことスキでしょう?」


 思わず、顔が固まった。


「テオドールがパパだったらよかったのに。ぼく、笑ってるママがすきだよ」


 足が止まる。

 ディオルに本当の父親、ヴァルディオス様のことを一切説明しなかったのは私だ。

 でも……ディオルがそんなことを考えているなんて、少しも知らなかった。

 

「ディオル……」

「ねぇママ。あのね──」


「──見つけた! 二人とも、遅いから心配したよ」


 後ろから誰かが私の手を掴む。慌ててパッと振り返れば、ホッとした笑みを浮かべたテオドールが立っていた。ディオルが嬉しそうな声を出しながら、テオドールに駆け寄る。テオドールはすぐに私の手を放して、ディオルを抱き止めた。

 私はまじまじと、握られていた自分の手を見つめる。


「ごめんねテオドール。おまたせ」

「無事ならいいんです。貧民街は決して治安は良くないから、気になってしまって。……そういえば魔力持ちの居住区はやけに平和ですね」

「うん。いい人ばっかりだよ。ね、ママ。……ママ?」


 ディオルが私の顔を覗き込む。


 ……いけない。今日はディオルが楽しみにしていたお出かけの日なのに。

 その思いだけで、私は母親らしい笑顔を顔に貼り付けた。


「行きましょうか。ディオル、ママはもうお腹空いちゃったわ」

「えぇ──! ピクニックはまだまだこれからだよ」


 そんな話をしながら、私たちは街を出た。


 

 歌を歌いながら歩くディオルの後ろを、テオドールさんと並んで歩く。時折ディオルが私とテオドールさんの間に入ってきて会話に混じり、珍しい物を見つけては駆けて行く。


「俺は戦場で過ごした時間が長いせいか、ああいう無邪気な子供を見ると『あぁ、頑張って良かったなぁ』って思うんです」


 私がまだ子供の頃にあった、魔族との戦争。ヴァルディオス様が提案した和平条約が締結されるまで……テオドールさんはずっと、戦場で人間たちの傷や病を自分の身に移して、治療し続けていたらしい。それこそ『魔力持ちなのに』と新聞の誌面を飾るくらいには。


「……ご立派ですね。守っていただいたベルク王国民の一人として、頭が下がります」

「でも僕は、直接魔族と剣を交えたわけじゃない。魔族がどんな生活をしているのかも知らなかった。……だから和平条約締結後に、魔界グランノクスを旅したんです。エルナさんは、魔界に行ったことはありますか?」

「い、いいえ! 魔界なんて怖くて、とても……」


 咄嗟に誤魔化してしまった。

 魔界に留学していたなんて言ったら……私が「次の」戦の原因になったエルナだとバレてしまう。


「いい国でしたよ。この間まで敵だったはずの人間にも、敵意がないと分かれば優しくしてくれて。六年前に魔界グランノクスとの平和条約が無効になるまでは、毎年魔界に旅行に行っていたほどです。魔力持ちにとっては、あっちの方が過ごしやすい。今度一緒に行きませんか」


 ただの雑談だろうが、どうして私を魔界に誘うのか。

 話題が気まずくて、私が魔界の話を避けたいのを遠回しに伝えたくて。つい心にもないことを口にする。


「でも私は、魔界は怖いです。だって和平条約の条件となっていた魔王様は、条約を破って視力と魔力を取り戻されたのでしょう? 条約が無効になって、戦が始まって……そんな怖い話は聞きたくないし、行きたくないの」

「……エルナさん待って、その魔王様が二年前に和平条約を結び直してくれたじゃないですか」

「え? ……結び、直し?」

「もしかして知らないの? 六年前に再開した戦は終わっていますし、その魔王様自身が腰を落ち着けようとしているって噂されています。戦を終えて、ずっと想っている相手をそろそろ妃に迎えるのではないかって」


 ……余計に、何と話していいのか分からなくなってしまった。


(ヴァルディオス様、ついにご結婚のお話が出ているのね)


 誰かと幸せそうに笑っていて欲しいと、彼の色である漆黒の夜空に、ずっと祈ってきた。

 

 私の願いは叶った。

 ……叶ったはずなのに。


 私はそっと胸を押さえた。


「──痛い」

「どうしたの、風邪? エルナさんは自分の中に色々と溜め込みすぎる性格みたいだから、無理しちゃダメだ。……少し失礼するよ」


 胸を押さえた私の肩を、テオドールさんがさり気なく抱き寄せる。

 彼は胸を押さえた私の手をそっと握って、魔法を使った。私と彼を優しい風が包み込んで、ホッと一息つけるような温かい力が、身体中を駆け巡る。


「……あれ? 風邪じゃない。もしかして」


 ヒュッと喉から音が出た、その時だった。


「ママぁ──たすけて!!」

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