ままのパンしゅき!
ディオルが生まれて三ヶ月ほど経った頃。ギルさんたちにお世話になっているばかりではダメだと、私は仕事に復帰した。
まずは家の掃除や料理など、家政婦の仕事から。でもこれだけでは、無事にディオルを産むまで保護してもらったご恩を返せていないような気もする。
「もっとゆっくりしていいのに」
「いえ……、でもマリーさんにディオルを抱っこさせちゃうと、家政婦の意味がないですよね。ごめんなさい」
「それは構わないわ。赤ちゃんのお世話なんて初めてで楽しいもの」
マリーさん夫婦には子供がいなかった。だからディオルのことを本当の孫のように可愛がってくれて、ディオルがもう少し大きくなるまでは一緒に暮らして欲しいと、逆に頭を下げられてしまった。
……ディオルにとっても、愛してくれる大人は多い方が良いに決まってる。そんな気持ちで間借りを継続することになった私は、いつの間にか私は彼ら夫婦と本当の家族のように親しくなっていった。
(でも、本当にこれでいいのかしら……。もっと何か恩返しできるようなことがあるといいんだけど)
その気持ちは何年経っても消えることはなかった。
「まま! パン、おいし! ままのパンしゅき」
三歳になってだいぶはっきり言葉を喋るようになったディオルが、お気に入りのスティックパンを食べながら笑顔を振り撒く。道行く人にご機嫌で手を振るディオルに、近所に住む魔力持ちの中年女性が話しかけた。
「いいわねぇ。ディオル君のママはパン屋さんが開けそうなくらいパン作りが上手だから、おばちゃん羨ましいわ」
「これ、でぃおるのパンだよぉ」
「知ってる知ってる。でもおばちゃんも欲しくなっちゃうくらい美味しいのよね」
その魔力持ちの女性は魔法でポンっとリンゴジュースを出して、ディオルに持たせる。「喉に詰まらせないようにね」と手を振りながら去っていった女性を見て、私はピンときた。
「そうだ。私がパン屋でお金を稼げるようになったら、ギルさん達に恩返しできるかも……!」
すぐさまギルさん達に「パン屋をやりたい」と相談したが、案の定「そんなことしなくたって生活していけるから」とすぐに賛成は得られなかった。
でも私は、ずっと彼らにお世話になり続けるのは申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。それに、ディオルにも自分で働いてお金を稼いで生きていく大切さを学んで欲しい。
ディオルのことを孫のように可愛がってくれている彼らは「ディオルの勉強になる」と分かると、手のひらを返したかのように私の意見に賛同して、協力してくれた。
「実は建築関係の魔法が得意でね」
ギルさんはそう言いながら、家の隣の空き地に、小さなパン屋を建ててくれた。
無から建物を生み出してしまうなんて……! と感動した私を、マリーさんの言葉が更に驚かす。
「小麦粉を安く売ってくれる商人を捕まえておいたわ。来週早速納品に来てくれるそうよ」
「え!? マリーさん、一体どうやって……」
「交渉は得意なの。心って簡単に読めるから」
(もしかして読心魔法が得意なの? ひょっとしてディオルがヴァルディオス様との子供って、マリーさんにバレてる……?)
つい疑ってしまったが、それなら私にもっと深く事情を追求してくるだろう。恩人を疑ってかかるのはよくない。
「ままぁ、でぃおるもパンつくる!」
「そうね。一緒に作りましょうか」
新しく出来たパン屋で、ディオルと一緒に生地を捏ねる。丸く形を作って、かまどの中に薪を入れて、あとは火を──
「でぃおるがボッてしたい」
「火を付けたいの?」
三歳の子が火を扱うなんて危なくないだろうか? 手を持って一緒にマッチを擦ってあげたら大丈夫だろうか?
(あ……でも魔力持ちだから、魔法の練習も少しずつしておいた方がいいのかしら)
長年料理で魔法を使っていたにも関わらずそれに気がつけなくて、何の魔法も使えないと悩んでいた過去の自分を思い出した。
……ディオルにはそんな苦労はして欲しくない。
きっと子供だし、魔法で火を出したってマッチ程度のものだろう。マッチ以下の僅かな火しか出せない私は、そんな安易な考えでディオルに魔法の使い方を教えた。
「ほら……こうやって『えいっ!』ってして火を出すの。出来るかな?」
ディオルの目の前で指を振って火を出す。それを見て目を輝かせたディオルは、かまどの薪に向かって大きく腕を振った。
「えいっ!」
ドガンッと、まるで雷でも落ちてきたのかという激しい爆発音と衝撃に襲われた。
「きゃっ!?」
訳がわからないながらも必死にディオルを抱き寄せて庇う。一瞬自分の手の甲が光ったような気がしたが、そんなことには構っていられない。自分の身を盾にしてディオルを守るが、ギルさんが建ててくれたばかりのパン屋の天井がガラガラと音をたてながら落ちてきて、私たちに襲いかかった。
「大丈夫!?」
外からマリーさんの声が聞こえる。頭の上の瓦礫が無くなって、ギルさんが私たちを引っ張り出した。
「怪我は!?」
「う……大丈夫、です。あれ、ディオル……? ディオル!」
まるで何かに守られていたかのように、不思議と私に怪我はなかった。その代わり、身を挺して守ったはずのディオルがぐったりとしている。焦ってディオルの呼吸を確認し始めた私の肩を、ギルさんが掴んだ。
「心配ない。一気に魔力を使った影響だ」
「ディオルは大丈夫なんですか!?」
「眠っているだけだから大丈夫。魔法を使う子供には時折あることだ」
どうやらこの大爆発は、薪に火をつけようとしたディオルが魔法の威力をうまく調整できなくて、最大火力で魔法を放ってしまったせいらしい。私は、安易な気持ちでディオルに魔法を教えてしまったことを後悔して、二人に頭を下げた。
「ごめんなさい。せっかく作ってもらったパン屋が……」
「怪我が無かったのならそれでいい。建物はまた建てればいいだけだ」
「そうよ、魔法でいくらでも建てられるのだから。それより……」
マリーさんがパン屋の惨状をまじまじと見つめてから、ふふっと笑う。
「将来有望ね。まるで魔王様が降臨したのかと思うくらいの大爆発だったわ」
不意に出てきた魔王という単語に、ドクンと心臓が跳ねた。
(もしかして将来有望な子なら、ヴァルディオス様に存在知られたら取り戻しに来られちゃう……?)
この子は私の子供だが、ヴァルディオス様の実子でもある。
……ディオルと離れるなんて嫌。
私はそんな気持ちで、ディオルを抱く腕の力を強めた。




