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強くて優しい子に

 意外と逃げるのは簡単だった。ベルク王国が魔界グランノクスに攻め入ったことによって、グランノクスで暮らしていた人間たちが、ベルク王国へと退去していたからだ。その群衆の中に紛れ込んだ私は、無事にベルク王国へと辿り着いた。

 しかし魔界グランノクスは敵国。スパイなどの侵入を防ぐために、入国審査には随分と時間がかかっていた。


「ママぁ、お腹すいたんだってば! つまんない、もう帰りたい!」


 私の後ろに並んでいた女性は、小さな子供を連れていた。駄々を捏ねて母親を困らせている。見ていれば、そのような家族連れが何組かいた。

 ……大人でも疲れているのだから、子供は尚更だろう。そう考えれば胸が痛んで、気がついた時には足が動いていた。スッと列を抜けて、駄々を捏ねている子の横で膝を折って視線を合わせる。にっこりと微笑んで、持ってきた小さなパンを一つ差し出した。


「どうぞ。お口に合うといいのだけど」

「お姉ちゃんありがとう!」


 子供たちのぐずり声が「美味しいね」と嬉しそうな変わる。それに安堵しながら、私は入国審査の列の最後尾に並び直した。


 そして列が進んで、ついにやってきた私の番。

 私はベルク王国にとって「魔族の味方をした裏切り者」だ。絶対に目をつけられる。


 (でも私がベルク王国に入国した記録を残さないと、ずっと魔界グランノクスでヴァルディオス様に協力していることになってしまう。ヴァルディオス様の迷惑にだけはなりたくない!)

 

 どうやって切り抜けるかを考えていた私だったが。入国管理官の女性は、私の身分証を見つつ、予想外な言葉を発した。


「優しいのね」

「え?」

「子供達にパンあげてたでしょう。前の人を押し退けてでも先に入国したい人だっているのに、最後尾に並び直したのも見てたわ」

「……弱きを助け、老いを敬う。それが、私が魔界グランノクスに留学して学んだことの一つですから」

「ん、分かったわ。少し待っていなさい」


 入国管理官の女性は、私にすんなりと身分証を返した。あまりにすんなりと返してくれたので、私は身分証と入国審査官の顔を見比べる。


「私は『エルナ・ハース』と思われる女性が来たら上に報告するように言われているの。でも上司の方も入国審査の時間がかかっているようね」

「……! あの、それって」

「貴女は一度外の空気でも吸ってきなさい。子供好きな優しい貴女へ、私から休憩時間のプレゼントよ」

 

 ……ここで捕まりたくはない。

 私は入国審査官の女性に深々とお辞儀をしてから、私は駆け出した。


 そこからは必死だった。逃亡途中で身分証は捨てて、逃亡前にユリアが涙しながら教えてくれた変装の魔法で、髪色を黒色に変えた。門兵や兵士の横を通る時は「どうかバレないで!」と心臓が痛いくらいにドキドキしたが、ユリウスに「勢いで行けば意外とバレないものだよ」と言われたのを思い出しながら通り抜けた。

 持ってきたパンは全て入国審査待ちの時に渡してしまったし、所持金もほとんどない。買い物をすると顔でバレてしまうかもしれないので、雨水や川の水を飲み、木の実などを拾って飢えを凌ぎつつ移動した。

 身分証がないから普通の暮らしはできない。だから私の足は、自然と貧民街へと向かった。

 

 犯罪も多く、その日の食べ物にも困るような人間たちが多く住む貧民街。人権も安全も無い無法地帯のように混沌としたその街に逃げ込めば、ベルク王国は「死んだも同然」扱いして、わざわざ追っては来ない。私はこっそりと貧民街の片隅で暮らし始めた。


「あんた、魔力持ちだろう? ここには魔力持ちの人間の居住区があるんだ」


 私の瞳を覗き込んで声をかけてくれたおじさんのおかげで、住む場所には困らなかった。ベルク王国の中では肩身の狭い魔力持ちの人間たちは、ひっそりと身を寄せ合って、細々とした生活を送っていた。私はそのおじさんが管理している小さな古屋を一つ貸してもらえた。


「料理が得意って聞いたよ。このパッサパサで食えやしないパン、どうにかならないもんかね?」


 隣に住んでいたおばさんがそう言うので、牛乳と卵を使って即席でフレンチトーストを作ってあげた。おばさんは「何だい、このふわふわな口どけの料理は!」と驚いていたけど、気に入ってくれたみたいで何度も作ってあげた。

 そのおばさんの紹介で、私はとある老夫婦の家で、家政婦として働くことになった。魔力持ちが住む居住区のまとめ役だという。

 僅かながらの金銭を得て、なんとか暮らすことができるようになった。


「金ならあるが、魔力持ちにとっては貧民街のこの居住区が暮らしやすい。他所で住む気にはならないし、君もこの居住区で暮らすといい」

「貴女のお料理はとっても美味しいわ。私は料理が下手だから助かっているの」


 私を雇ってくれた老夫婦、ギルさんとマリーさんは、同じ魔力持ちである私に非常に親切にしてくれた。

 ……ベルク王国にも、魔界グランノクスにも、私の居場所なんて無いと思っていたけど。頑張ったら少しずつ居場所を作っていける。

 

 僅かに自信がついた私だったが、ふとした瞬間に何度も脳裏にヴァルディオス様の姿が過ぎった。

 その度に気持ちを捨ててしまおうとしたのだが。……彼を忘れるなんて、出来ない。


(どうか、私が居なくなったことで……二国の間に平穏が訪れますように)


 そんな願いを込めて、毎夜のように漆黒の夜空に向かって祈った。


 ◇


 そして魔界から逃げ出して三ヶ月程たったある日のこと。いつも通り仕事に向かおうとした私は、突然めまいと気分の悪さで玄関にうずくまった。


(あれ……? 疲れが出たのかしら)


 生活を立て直そうと毎日一生懸命だったせいだろう。その程度に考えていた私だったが、体調不良は日に日に悪くなり、ついに気分の悪さで食べ物も喉を通らなくなってしまった。私を雇ってくれている老夫婦が「心配だから、良くなるまではうちで寝泊まりしなさい」と提案してくれたので、ありがたくお世話になることにしたが……なぜか体調は良くなる気配がない。

 寝ても起きても気持ち悪くて、情けない気持ちで寝台に横になっていると。……枕元で、そっとマリーさんが囁いた。


「エルナちゃん。もしかして、しばらく月のものが来ていないのではないの?」

「……あ」


 口から飛び出した呆気に取られたような声が、答えだった。

 そっと下腹部を押さえる。触ったって何も感じはしない。

 それでも心の中に広がるのは戸惑いと動揺。その中に一滴の嬉しさが混ざった感情が渦を巻く。

 

 父親の可能性があるのはヴァルディオス様、たった一人だけ。この子は尊い『魔王』の血を引く子だ。


 (どうしよう……! このことをヴァルディオス様に知られたら……)


 この子はどうなってしまうのだろう。

 

 魔王の直系の子として、魔界に迎え入れられる?

 それとも……身勝手に逃げた女の産んだ庶子として、むしろ処分される?


 ヴァルディオス様は優しい人だ。でも……

 

 (きっと私は、この子と一緒にはいられない)


 ……それだけは嫌!

 私はぎゅっと腹部にかかった掛布を掴んだ。

 

「お相手を聞いても?」


 マリーさんの問いかけに、必死で首を横に振る。


 言えない。

 ヴァルディオス様の子供だなんて、絶対に──


「……言えません!」

「そう」


 マリーさんはそれ以上何も言わなかった。……呆れさせてしまったのかもしれない。

 そんなことを考えていれば、入れ替わるようにしてギルさんが現れた。


「お腹の子が生まれて大きくなるまでは、この家で暮らしてくれ。父親については言わなくていいし、生活費についても我々が持とう」

「でもそれでは、ご迷惑ばかりかけてしまうことに……」

「それは違う。エルナは、君がどれだけの幸福を我々に運んだか分かっているか?」


 それは料理に込められている魔法のことを指しているのだろうか。老夫婦が「明日も元気に過ごせますように」と願いを込めて作ってはいるが、そこまで言われるほどの魔法を使った覚えはない。首を傾げていればギルさんが苦笑いした。

 

「自覚がないなら、それでいい。とにかく私たち夫婦としては、君を失うのは惜しい。どうか我儘を聞いてもらえないだろうか」


 どこからどう考えても、私にばかり都合の良い話。普通であれば裏があるのではないかと疑ってしまうほど。


 (ヴァルディオス様と私の子供なら、きっとこの子も魔力がある。魔力持ちに厳しいベルク王国で、身分証も無い私がこの子と一緒に暮らすには……この街で、ギルさんたちのお世話になるしかない)


 そう考えた私は頭を下げた。


「体調が回復したら、以前にも増して精一杯働くとお約束します。だから……どうか助けてください」


 ◇

 

 そうしてギルさん達の家で間借りして生活するようになった私は、数ヶ月後に無事子供を出産した。金色の目の、くるんとした巻き毛の可愛い男の子だ。


「同じ色だわ。そっくり」

 

 産まれたばかりの赤ちゃんの髪色を見たマリーさんんが、目尻の皺を深くして笑う。


「そうですね、同じです」

 

 ヴァルディオス様の髪色と同じ、漆黒の髪。……マリーさんが見ている私の黒髪は、ただ魔法で誤魔化しているだけの色。


「癖毛なところは君によく似ている。名前はもう決めてあるのか?」

「はい。男の子だったら『ディオル』にしようって考えていて……ギルさんはどう思います?」

「良い名前じゃないか。男の子らしくて強そうなのに、どこか優しい響きだ」


 ヴァルディオス様と私の名前から少しずつ取ってきた名前。由来は私にしかわからないけれども、それを良い名前だと言ってもらえて、思わず頬が緩んだ。腕の中でぼんやりと私を見上げているディオルの手を、きゅっと握る。


「ディオル。ママですよ」


 パパはいないけど、私が二人分愛してあげよう。

 何があっても、この子を置いて消えたりはしない。

 私に帰る場所はなかったけれども、せめてこの子の帰る場所になれるように……地に足をつけた生活を営めるようにしなくては。


 だからディオルは、どうか健康に育って欲しい。

 願わくば、ユリウスのように元気いっぱいで、ユリアのようにお喋りで。

 

 ……ヴァルディオス様のように、強くて優しい子に。

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