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こんなにも好きだったのね

「……ちょっと待って」


 状況を整理しよう。猛スピードで駆ける心臓を落ち着けるべく、私は深呼吸する。

 白のシーツの上に広がる、艶のある黒髪の海。私の目の前で寝息を立てているのは、ヴァルディオス様だ。鍛えられた上腕二頭筋が惜しげもなく朝日に晒されているが、そこは問題ではない。いやいや、問題大有りなのだが、それ以上に問題なのは私だ。チラリと視線を下げて自分の状態を確認して、頭を抱えた。

 

「どうしよう……」


 きっと私はあの夜会でヴァルディオス様の婚約者を紹介されるのであっただろうに、この結果だ。私はベルク王国と魔界グランノクスの争いの火種を作ってしまった疑惑がある上に、彼の婚約者を大いに傷つける不貞行為を行った不届き者になってしまった。


(……ううん、ヴァルディオス様は優しくて立派な人よ。正当な婚約者がいるなら、私にこんなことはしないはずだわ)


 そうやって心の中で逃げ道を考えてしまっている自分が嫌になる。


 ……どちらにせよ、このままではいけない。私は節々の痛む体をかばいつつ、ぎこちない動きで寝台の周囲に散らばっている衣服を集め、身に纏っていく。人の手を借りて着ていたドレスを一人で着るのは難しかったが、頑張れば意外となんとかなるものだ。


「……エルナ」


 あと背中の紐を頑張って結ぶだけという時に、背後からヴァルディオス様に声をかけられる。

 あと三十分くらい眠っていて欲しかった! そんなことを考えながら振り返れば、ヴァルディオス様が神妙な顔で私を見ていた。


「な、何でしょうか」

「いや……。この目が初めに映す人物が、エルナで良かったと思っただけだ」


 一瞬何のことを言っているのか分からなかった。しかしすぐに事情を飲み込んで、私は寝台に座ったままのヴァルディオス様に近寄る。


 いつも眼帯で隠されている方の目。今までは虹彩が白かったのに、うっすらと金の色が戻ってきていた。


「ヴァルディオス様、これって……!」

「エルナの功績だ。視力は右目と比較すればまだまだだが、それでも近くにいる人間の判別くらいはつく」


 ヴァルディオス様が私の頬を両手で包み、コツンと額同士を合わせる。


「ありがとう。エルナがいてくれて良かった」

「いえ……嬉しいです。お役に立てたようで」

「だからこそだが……すまない。エルナが責められてしまったのは俺のせいだ。ベルク王国に、俺がエルナを良いように使っていると告げ口されたらしい。恐らく俺に良い感情を抱いていない派閥の貴族たちの仕業だろう」


 ……あぁ、やっぱり。

 そんな気持ちで瞼をおろす。


「ベルク王国はエルナを返せと言っているようだが、戻ったところで何をされるか分かったものではないし、そもそも俺はエルナを手放す気はない。……必ず守ってやる。だからしばらくは学業も中断して、警護しやすい魔王城で暮らしてくれ」


 ベルク王国に戻っても「魔力持ちは所詮魔族の仲間」と言われて、殺されるだろう。ヴァルディオス様が魔王城で暮らすように言ってくるのも、ベルク王国に告げ口した疑惑のある貴族たちの手から私を守るため。


 ……涙が出そうになるほどに、優しい。

 

 ヴァルディオス様の右目に、私の魔力が光をもたらしたのと同じように──ううん。それ以上に、私の人生に光の道筋を引いてくれたのは、彼だ。

 巨狼を裂いた光の太刀筋は「魔力持ちの人間エルナ」も一緒に裂いて。「料理で人を癒すエルナ」に変えてくれた。


(救われていたのは、むしろ私の方)

 

 ヴァルディオス様が私の料理を食べて笑ってくれるのが嬉しかった。

 一緒に過ごす時間が楽しみで、おやつ係という枠を超えて、彼と過ごす時間を楽しんでしまっていたように思う。

 想い出を辿るだけで、胸の奥が温かい。

 

 あぁ私、こんなにも……

 ヴァルディオス様のことが好きだったのね。


「エルナ、受け入れてくれるな? 俺は約束を違えないし、嘘はつかない。必ず守ると誓うから」


 そうだろう、ヴァルディオス様なら守ってくれるだろう。だからこそ私は──今から嘘をつく。


 瞼をあげて、口角を上げる。

 私は、もうここにはいられない。

 これ以上彼の邪魔にはなりたくないから。


 逃げることでしか、好きになった貴方を守れない私を、どうか許して欲しい。

 貴方から感じる僅かな好意すら、気が付かなかった振りをする私を、どうか許して欲しい。

 

「……じゃあ、寮に荷物を取りに行ってきますね」

 

 私の頬を包む彼の手にそっと触れる。最後に少し触れたかっただけ。

 

 さよならも心の中だけで済ました私は、寮に戻る振りをして行方をくらました。

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