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9 あれから6年

メルリーシュは十六歳になった。


ルー様と生活を共にするようになって以来、メルリーシュはひたすらに甘やかされた。

仕事らしい仕事は全くさせてもらっていない。

汚れた衣服は王宮の洗濯係さんが取りにきて、きれいになったものを戻してくれる。

食事も給仕さんが王宮の料理人さんが作ったものを運んで用意してくれる。

メルリーシュときたら家のお掃除をたまにする程度だし、それさえ、掃除中にたまたま侍女さんが訪れたら取り上げられる。


フカフカの寝台、温かい部屋、広くてお湯がたっぷり張られた贅沢な湯殿。


「ルー様、お仕事を下さいませ!わ、わたくしにはタダでこんな良い暮らしをさせていただく理由がございません!今にバチがあたってしまいます!」

「誰がバチを与えるっていうんだ?そんな奴がいたら私が捻り潰してやる。君の仕事は毎日私と幸せに過ごすことだ。」

「そんな仕事、聞いたことがありません!」

「う~ん…。頑固だな、メルは。」


翌日、ルー様は白いモフモフの子犬を連れ帰ってきた。

子犬…のような、尻尾が二本ある生き物。

瞳の中を覗きこんだらチラチラと光る星が散っている。

「わぁ!なんです!?この子!なんて愛らしいんでしょう!」

「気に入ったか?先日メルが町で買ったぬいぐるみがあるだろう?あれに似ていると思って。」


そのぬいぐるみだって、城下町に用があるからついてくるようにと言われ、雑貨屋に入った時のこと。

『かわいい!!』と思った瞬間に、ルー様が『店主、これを包んでくれ』と言って購入してくれたものだ。

用があるの『用』って何だったのか。

メルと雑貨屋に行き、洋品店でメルの服や靴や帽子を買い、カフェーで美味しいケーキを食べる以外、何もしなかったのだが。


「この子、どうするのです?」

「うん。今日から、この子の世話をするのがメルの仕事だ。」

「……ふぁ?」

「ぷぷっ…何だ、その可愛らしいトボケた顔は。いいかい?この子は今日から私の屋敷の子だ。君はこの子が役立たずだったら、バチが当たると思う?」

「思うわけがありません!こんなに愛らしいのに!」

「つまりは、これと似たようなことだ。」

「…わたくしが仕事をせず、こちらでお世話になることがですか?つまり、ペットのようなものだと?」

「まさか。君はペットとは比べる次元が違う。()()()()()()()と言っているだけだ。」

「えぇ~…」

「名前は何がいいかな。メルがつける?」

「………………()()()()()()です。」

「えぇ!?私と一緒!?」

「ルートヴィヒではなく、ルルト()ッヒ。ルルちゃんです。」

「…さては意趣返しのつもりだな?」

「さぁ?」

「このっ!生意気なメルめ!」

「きゃぁ~♪」


そんなこんなで、美味しい食事にお菓子、可愛らしい洋服と、あれもこれもがメルリーシュに与えられ続けた。

毎日いつ夢が覚めるのかと怖かったほど。


六年もたてばさすがに慣れたが、それでもやはり、自分がここに居る奇跡に今も感謝せずにいられない。

毎日ルルちゃんのフワフワの毛にブラシをかけながら、メルリーシュは今ある全てのことに感謝を捧げる。


『離れ』の暮らしは、元々は家族の気持ちを誤解して引きこもるために始めたそうで、誤解だとわかったなら王宮にあるご自分の部屋に戻り、メルリーシュは使用人の宿舎(本当はあるんだと侍女さんに聞いた)に住むべきだと思う。

けれど、メルリーシュとの暮らしが一番大切なものだといって、二人で暮らしてくださる。

きっと、メルリーシュが寂しがったり使用人さんの宿舎で萎縮しないようにご配慮くださっているのだ。


学校にも通わせてくださった。

ルー様に学費を負担していただいて通わせてもらっているのだからと脇目もふらずに勉強した。

普通の子供より三年も遅れて入学したにも関わらず、六年制の学校で通いはじめて三年ですべての単位を取り終えた。


初等学校(プライマリースクール)を卒業したあとは『バルシュミーデ王立魔法学院』、通称『バルシュミーデアカデミー』に入学した。

ルートヴィヒにメルリーシュは非常に優秀だから初等学校だけでは勿体ないと言われ、半ば強制的に受験させられたのだ。


バルシュミーデアカデミーの敷地は王宮の敷地と隣接していて西の城壁の真ん中あたりに連絡扉があって繋がっている。

高等教育機関で、国内外の至るところから優秀な魔法使いの卵が高い学費を払って高度な魔術を習得しにくる。

メルにしてみれば、せっかくプライマリースクールを三年で卒業したのに、そんな学費の高い学校に行っては意味がない。


「ルー様。わたくしはすでに、あなた様から返しきれないほどのご恩をいただいているのです。これ以上は一生かかっても返しきれません。そもそもあちらの学校には奨学金の制度はございませんでしたよね?」

「まだ恩だのカネだの言っているのか。私はそんなに甲斐性なしに見えるのか?」

「そんな訳がございません。あなた様は王兄殿下でいらっしゃいますし、大陸でただ一人の大魔法使い様にあらせられます。ですがそれとこれとは…」

「そう!私は、大魔法使いだ!そうだろう?」

「は、はい、もちろん…?」

「この大陸でただ一人。つまり、仕事量がハンパじゃない。弟子がもっと魔術の勉強をして助けてくれたら、楽になるんだがなぁ?」

ルー様の助けになると言われれば話は別だ。

「わ、わかりました! では学費は卒業してお仕事をしましたら、必ずお返ししますので!」

「頑固だなぁ、メルは。」

「必ずです!」

「はいはい。」


エルフとのハーフで比較的魔力量の多かったメルリーシュは、入学してすぐにアカデミーの首席になった。

貴族の中にはやっかんで目立たぬように悪口を言ったりや嫌がらせをする者もいたが、メルリーシュがルートヴィヒのお気に入りであることは有名だったので、誰も表立ってはメルリーシュを攻撃できなかった。


アカデミーは四年制だったが二年で卒業し、メルリーシュはアカデミーを南西に王宮を南東に隣接し双方の北側にある国立バルシュミーデ図書館の職員として働き始めた。

館長はルー様。

膨大な蔵書の半分は魔術書で、管理に精緻な魔力を要するためメルリーシュは適役だった。

お給料も沢山もらえるので、すぐに学費を返せそうだ。

…受け取ってもらえるかどうかはわからないけれど。


こんな風に、ルートヴィヒに引き取られてから、変わらない平和な毎日が続いている。

ルー様は年々渋味を増し、ますます妖精の王様のような美しさを増している。

メルリーシュのことを、とても大切にして下さる。


そんな中、残念ながら変わってしまったことが二つあるのだった。


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