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7 これは現実

ルートヴィヒは王宮の敷地内にある『離れ』と呼ばれる小さな屋敷に瞬間移動した。

腕の中ではメルリーシュがヒュ…ヒュ…と必死に息をしようとして、うまく吸えていない。

大きな目にみるみる涙がたまった。

「どうしたメルリーシュ?怖い夢でも見たか?大丈夫だぞ?ここに君に危害を加える者は誰もいないぞ?」

ルートヴィヒは狼狽えながらメルリーシュを撫でさすった。

「…ゆ…め…じゃ…ない?」

嗚咽を耐えながら、メルリーシュが答える。

「ああ、夢なものか。」

「だ…って…いま…急に…ここに…。」

「ああ!空間移動に驚いたのか?近距離なら私は一瞬で空間を移動できるんだ。」

「…ゆめ…じゃ…なく?」

「ああ。現実だ。」

何度も確認するメルリーシュが愛らしくて、ルートヴィヒは微笑んだ。


「うわぁあああああああん!!」

「うわっ!?」


メルリーシュが突然、火がついたみたいにわぁわぁと泣き出した。


「ど、どうした!?夢だと思って悲しかったのか?よしよし、心配するな!まいったな…まさかやはり、帰りたいのか?」

メルリーシュはまたヒュッ!!と息をつまらせ、必死に頭を振った。

「そうだよな、あんなところに帰りたい者がいるわけがないな。」

「わたくし…めっ、目がさめたら、真っ暗…でっ…何もかも…夢だったのかとっ…思ったのですっ…そしたら、急に景色が変わって、それでっ…またっ…やっぱり夢だったんだ…と…思ってっ…」


びえぇええ、と、メルリーシュは泣き続けた。


「…そうか…。」

ルートヴィヒは泣き続けるメルリーシュの背中を、撫で続けた。

(馬鹿だな、私は。『君はなぜ、笑っていられるんだ』だなんて。)


聞くまでもない。

笑うしかなかったからだ。

泣いて辛気くさいと更に打たれないために。

最後に命をけずって祝福という名の呪いを与えてくれた母を、大好きだった母を、恨んでしまわないように。


「…これからは、いつでも好きなときに、笑って、そして泣くといい。泣きたいだけ、泣くといい。」

その言葉に、メルリーシュは更に声を大きくして泣いた。

「…でも覚えておいてくれよ?私は、君を世界一幸せな子供にしてみせるからな。」


メルリーシュは泣いた。

この夢のような幸福に感謝して。

この、気が遠くなるような四年間の四年分の涙を絞り出すように。

毎日笑顔で満ちる日々の始まりの、準備のように。


バン!と扉をあけ、ノルベルトが飛び込んできた。

宮殿からここまで全速力で走ってきたらしく肩で息をしている。

「チッ…」とルートヴィヒは舌打ちした。

「あっ!いま舌打ちしたね!?舌打ちしたいのはこちらだよ!」

「『説明は後で』と言ったはずだが?」


メルリーシュは見知らぬ人物が突然現れたので驚いて泣き止んだ。

「泣いているじゃないか!兄上、なんだって誘拐なんかしてきたんだ!?すぐにその子を元の家に返さないと!」

『元の家に返される』と聞いて、メルリーシュは血の気がひいた。

「馬鹿なことを言うな!メルリーシュが怯えているだろう!虐待されていたから、保護してきたんだ。これからは私と共に暮らす!」

「兄上と暮らす!?それこそ、何を馬鹿なことを言っているんだよ!孤児院に預けるとか親切な養父母を探すとか、他にいくらでも方法はあるだろう?」

「いいや。私はひと目でこの子が気に入った。この子は私と暮らすんだ。なぁ?メルリーシュ?」

「は、はい。わたくしは、()()()()と暮らしたいです。」

「ほら見ろ。聞いたか。」

「ご主人様ぁ!?」

「ノルベルト、うるさい。メルリーシュが怯えるだろうが。」

メルリーシュはその人物に見覚えがあることに気がついた。

「…ノルベルト王太子殿下……?」

メルリーシュはルートヴィヒの腕の中からガバリと立ち上がった。

「ノルベルト王太子殿下ではございませんか!?…兄上…そうすると…ご主人様は…そんな…まさか…」

メルリーシュの顔がみるみる青ざめる。

そんなメルリーシュの様子にルートヴィヒは急激に心が冷えた。

ノルベルトを知っていたということは、ルートヴィヒが陰で『魔王』 と呼ばれている噂を知っていてもおかしくない。

今までは人物と噂が結びついていなかっただけで。

そうしたら、メルリーシュは自分をどう思うだろうか…。

肩を落としたルートヴィヒの推測は、メルリーシュの想いとは真逆だった。


「第一王子殿下といえば……」

(…そう…『魔王』 と呼ばれている王子だ…)

「救国の英雄ではありませんか!」

(ん?…まぁ…それはそうだが…世間の評価はそっちより…)

メルリーシュの反応はルートヴィヒが思ったのと違う。

「いいえ!それどころではございません!この大陸の創成期以来の、稀代の大魔術師にして英雄…!」

メルリーシュは立ち上がり、祈るように手を胸の前で組み、空中を見上げて夢想するように語りはじめる。


ルートヴィヒとノルベルトは、一瞬チラリと目を合わせてその様子を見守ることにした。



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