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5 制裁と旅立ちと

メルリーシュは今、ルートヴィヒの腕に抱かれながら王都を目指して空を飛んでいる。


「ご主人様、ありがとうございました。わたくし、なんとお礼を申し上げたらよいか!」

「君の気分が少しでも晴れたのならよかった。」

「それはもう!今日は今まで生きてきた中で一番愉快な日です!」

「そうか。寒くないか?」

「ちっとも!」


『少し眠っていると良い』と言われたのだが、空から眺めるこの美しい景色、自分を地獄から救い出してくれた美しいご主人様、さきほどの子爵邸でのできごと。

その全てに興奮して、眠るどころではない。

『君と一緒だから帰りは馬車を乗り継いで帰ろうかと思っていたんだが…君は想像以上に軽いな。どうだろう?君が怖くなければ、空を飛んで帰るのが一番早いんだが?』

ご主人様がそう言った。

そんなの決まってる!

『空を飛んで帰る』の一択だ!

メルリーシュはもはや見えなくなった子爵領の方向を見ながら、先ほどの出来事を反芻していた。


* * * * *


子爵邸の前に(まばゆ)い光とともに降り立ったルートヴィヒとメルリーシュを家の中から見つけた伯母が転がるように家から出てきた。

そのあとを伯父と従妹、ジーナたちを含む使用人が追って出てきた。

「何事だ!あんたは何者だ!」

そう言いながら出てきた義伯父は、ルートヴィヒの出で立ち、つまり、胸に金糸で王家の紋章が縫い付けられた白い礼服と、右半分を覆う呪詛の模様で即座にルートヴィヒの正体を特定した。

この国に生きる人間ならばメルリーシュのようによほど情報を遮断された人間でもない限りルートヴィヒのことを知っている。

「ま、まさか!?こ、こんなところに何故!…そ、それより、申し訳ございません!うちの使()()()が、何か無礼を働きましたか!?あ、あとできつく折檻しておきます…!い、いえ、殿下が煮るなり焼くなり好きに…」

「黙れ!!」

「ヒッ!!」

ルートヴィヒの怒声だけで家の正面の窓にビシリとヒビが入った。

ルートヴィヒはメルリーシュに危害が及ばぬよう保護魔法をかけて自分の背後に立たせた。

メルリーシュは怖いもの見たさでルートヴィヒの後ろからチラリと顔をのぞかせ、一連の様子を見た。

「この子はこの家の正当な後継者。貴様らは略奪者だ。私のこの全てを見通す魔眼(まがん)の前で、言い逃れが通用するとおもうなよ!?」

「そ…それは…。ええ!その子は後継者ですが、わ、我々はその子の後見人であり、保護者ですので!」

「保護のかけらもしたことがないのに、保護者(ヅラ)をするな!この子の後見人は、今日からこの私、ルートヴィヒ・バルシュミーデだ!!」

「そんな!こんな不気味な子供の後見人を殿下が!?ご冗談を!あっ、それでしたら、うちの娘はどうです!?」

「ちょっ…あなたっ!」

「パパ!?あたしイヤよ!こんな不気味な人っ!」

「ぎゃあ!?」

バリバリバリバリ!!と火花を散らし、伯父と従妹が吹き飛んだ。

「きゃあ!!あなたっ!でっ、殿下!何をなさるのですっ!!」

「何をだと?見てのとおりゴミ掃除だ。」

「ゴミ掃除!?」

「ああ、そこにもここにも、大きなゴミがあるな。」

「ぎゃ、ぎゃあああ!!」

「きゃあーーーーー!!」

伯母も吹き飛ばされ、メルリーシュを虐めていた使用人たちも片っ端から屋敷の外壁や地面にたたきつけられた。

「生きていたかったら、今日中に自分達の荷物をまとめて出ていけ。この家に元からあったものは何一つ持ち出すことを許可しない。この屋敷は私の配下の者を代理の管理人として寄越す。繰り返すが、この私の目をごまかせると思うなよ?」

「そんなご無体な!いくら殿下とおっしゃっても!」

「…わたしに逆らえる者が、この国に、この大陸に居るとでも?国王さえ、この私の力に遥か及ばぬというのに?いっそ、貴様と、国ごと、全部!!滅ぼしてやっても良いのだぞ!!」

だんだんと上げられる声のボリュームに、伯母一家はへたりこんで、従妹など失禁して水溜まりができている。

「そこの庭師の夫婦。」

「はい!」

「こいつらが余計なことをしでかさないか見張る役を、お前たちに与える。お前たちは今から私の配下。この下衆どもに気に要らんところがあれば私の名のもとに如何様にも処分することを許可する。そのつもりで監視せよ。」

「は!はいっ!おおせのとおりに!!」

「メルリーシュのめでたい門出に、今からお前達庭師夫婦以外、全員に『祝福』 を贈ってやろう」

にやり、とルートヴィヒは笑い、呪文を唱えた。

祝福などではない。

それは紛れもない呪いだった。

「今から貴様らは誰一人、この老夫婦に逆らえない。かすり傷ひとつ、つけることはできない。この二人に死ねと言われば死に、泣けと言われれば泣くのだ。」

「そ、そんな馬鹿なっ!」

「試してみるか?」

ルートヴィヒはゼベスを見た。

ゼベスはゴクリとつばをのみこみ、一人の使用人の女を見て、伯父を指さした。

「ベス、お前、そこに落ちている石でこの男を殴れ」

「なんだと!ゼベス!貴様!!」

伯父が激怒してビキビキと頭に血管を浮き上がらせたが、ゼベスに飛びかかろうとしても体が動かない。

「おゆっ…おゆるしをっ!!」

「ぎゃああ!!いたいっ!!」

ベスと呼ばれた女は足元の(こぶし)大の石を拾い、ガンッガンッ!と伯父の頭に打ち付けた。

「やめっ!やめさせなさいジーナ!!」

ジーナの顔は、いつも皆が知っている意地の悪いものではなかった。

怒りに満ち満ちて、両目に涙を浮かべていた。

「神様が、私の願いを聞き入れてくださった!こんな日が来るなんてっ!!」

ジーナはくるりとメルリーシュの方を向いた。

「メルお嬢様!!見ていてください!このジーナ、これからうんと、亡き奥様の仇とお嬢様が受けた仕打ちの仕返しをしてやります!十倍にも百倍にもして返してやりますから!」

「何をいってるのよっ!この老いぼれっ!!」

「誰に向かって口を聞いてるんだい!?自分で自分の顔を思い切りひっかきな!!」  

「ぎゃあああ!!」

「まっ、ママっ!!」

「そこの意地悪娘も、壁に頭でも打ち付けてなっ!!」

「なっ…イヤっ…ぎゃあああ!!」  


「は、発言の許可をお許しください!」

ゼベスがタッとルートヴィヒに駆け寄りひざまずいた。

「なんなりと申せ。」

「で、殿下は、お、お嬢様を、どうなさるおつもりですか?突然、どうしてこんな辺境の屋敷へ…なぜお嬢様を…我々をこんなふうに救ってくださったのですか?」

庭師夫婦は不安そうだ。

「たまたまここへ来て、この子と出会って、この子が気に入った。それだけだ。心配ない。これから、私のもとで、うんと甘やかすつもりだ。」

「ご冗談ではなく?」

「私は冗談を言うタイプではない。その点は見た目のとおりだ。…会いたければ、いつでも会いに来るといい。」

「ありがとうございます!!」

ゼベスとジーナはひれ伏して何度も感謝の言葉を唱えつづけた。


ご主人様と飛び立つ直前に見た伯母一家は、焼け焦げた髪の毛とボロボロの服で泣きながら抱き合う伯母と従妹、それからゼベスにホウキで殴り付けられる伯父の姿だった。

ジーナは両親の形見や隠しておいてくれたメルリーシュのお気に入りの本(妖精王の本も入っている)、それから、メルリーシュが大好きだった菓子などを詰めたカバンを斜めがけにしてメルリーシュにもたせてくれた。

「お顔を見せに来てくださいね。お嬢様に食べていただきたい焼き菓子、沢山用意しておきますから。奥さま直伝のレシピもお伝えしなきゃ。」

ジーナは泣き顔で、でも嬉しそうに微笑んでいた。

最後に教会にも寄ってもらって、この奇跡に巡り合わせてくださったアンスロテウス(しん)様に感謝を捧げた。

教会の掃除などは今後はゼベスとジーナが責任をもってしてくれるとのことだ。


そんな光景を思い出しているうちに、メルリーシュはウトウトと眠ってしまっていた。

何年もずっと極度の緊張状態にあったのに、今はこんなに安全で安心な腕の中にいるのだから。


* * * * *


「ん?眠ったか?」

抱えていた体からフッと力が抜けたのに気がついて、見るとメルリーシュが気持ち良さそうに眠っていた。


ルートヴィヒもまた、飛びながら考えを巡らせていた。


* * * * *


飛び立つ前、メルリーシュが不安げに聞いた。

「あの、今さらですが、わたくしのようなものが付いて帰って、ご家族の皆様は不快ではございませんか?あなた様はとても高貴なお方なのでございましょう?」

「…まさか、ここであの庭師の夫婦と暮らしたいのか?」

「い、いえ!ご迷惑をおかけしないのであれば、是非連れて行っていただきたいです!ここでは、辛い思い出が多すぎて…。」

「それなら、遠慮は無用だ。私の家族は私に関心が無いからな。私が何をしようと、私の勝手だ。家も、離れに一人で住んでいるし。さ、おいで。」

コクンと頷いて、ルートヴィヒの腕に抱かれ、メルリーシュはポツリと言った。

「…でも、きっと、あなた様は愛されています。だって、ご家族に愛されていない方が、こんなにお優しい方なわけ、ないですもの。」

「………行くぞ。しっかりつかまっていろ。」


『優しい』、なんて初めて言われたかもしれない。

(私を優しいと感じたのだとしたら、それは君が優しくしたいと思わせたからだ。家族は関係ない。)

ルートヴィヒを見て心から微笑んでくれた愛らしい少女。

この子が願うなら、世界を滅ぼすのは保留だ。

ルートヴィヒに久しぶりに喜びを与えてくれたメルリーシュために、ルートヴィヒも生きようと思う。

魔王とまで呼ばれたルートヴィヒの腕の中で幸せそうにクゥクゥと寝息をたてるメルリーシュに、感謝の気持ちさえ沸き上がる。

メルリーシュが寒くないように、ルートヴィヒは指先で魔法を操りマントの前をピッチリととめてメルリーシュを覆った。

全力で甘やかすと心に決め、飛行スピードをあげるルートヴィヒなのだった。


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