33 今日もバルシュミーデ王家は平和です
「メルリーシュ!お式が終わるまで甘いものは禁止と、あれほど言ったのに!!」
先月発注したウエディングドレスを試着するメルリーシュに、王妃アンジェラが怒鳴る。
「ご、ごめんなさいっ…!で、でも、ルー様に差し入れを届けたくて…。ちょ、ちょっとお味見しただけなのですよ?」
「ちょっとでこんなにドレスがきつくなりませんよ!」
アリーナと共に背中の紐を編み上げるマーガレットが吠える。
「お母様、ちょっとこっち、ひっぱって!せーので締め上げるわよ!せーのっ!」
アリーナとマーガレットは必死だ。
「ぐぇえ!お式が終わるまでに死んでしまいますっ!!」
「来月のお式が終わるまで生き延びればそれでいいから!」
「メルリーシュ、あなた、これから毎日城の外周を10周走りなさい。それから私と剣の鍛練よ!」
王妃が壁にしがみつくメルリーシュにズイッと近寄った。
「外周?お、お城の回りの間違いですよね?」
「いいえ。城の回りじゃないわ。城の、敷地の外周よ。」
5kmはある。
「む、無理ですぅ!!」
「あなたには無敵の祝福があるでしょう!!それでも伝説の妖精なの!?」
「み、皆さんが勝手に物語をつくりあげただけではありませんか!わたくしはのただのちっぽけなメルリーシュです!」
「みんなしてメルをいじめるなっ!!それから君はちっぽけじゃない!」
「でた…ウルサいのが…てゆーか、着替えの時は入ってくるなってあれほどいっているのに…」
アンジェラが頭を抱えた。
「おお!ウエディングドレスを着たメルだと!?天使が居るのかと思った。なんという愛らしさ!私の目だけえぐりだしてずっとメルの顔が見える位置にぶらさげておけたらいいのに。」
「ひぃぃ…!」
「気色の悪いことを言わないでください!!メルリーシュ様がドン引きしておられるでしょう!」
アリーナがおぞましいモノを見る顔で言う。
「とにかくメルをいじめるな!私はメルは柔らかいほうが抱き心地が良くて好きだぞ。まぁ、メルなら何でもいいけど。今日も世界一可愛いな、メル。」
「黙りなさい!!ウエディングドレスから肉がはみ出た王子妃の結婚式など、前代未聞です!!末代まで語り継がれたくなかったら、とにかく体重をもとにもどしなさいっ!!ほら!鏡を見てごらんなさい、ここのお肉!!」
王妃がメルリーシュの脇の肉をつまむ。
「お肉…あの、メガネはどこでしょう?わたくし、あれがないと何も見えないのです…」
「まっ、まだ目を治していなかったの!?ルートヴィヒ!!あなた何をしてるのっ!!」
「だって、メガネのメルも可愛いもんですから。」
「祝福は!!祝福はなんで目を治さないのよ!!」
「神様もきっと、メルはメガネのほうが可愛いって思ってるんでしょう。」
もはやアンジェラには言葉がない。
「ウエディングドレスから肉がはみ出たメガネの王子妃……。」
「…新しいわね、お母様…。」
侍女たちは控えめにつぶやいた。
何かルー様のお役に立ちたくて始めたお料理。
お菓子を差し入れると特に喜んでくれる。
作っている最中に味見をしていたら、痩せすぎなほど落ちていた体重がそこそこ戻ってしまった。
おかげであつらえたウエディングドレスがちょっとキツい。
メルリーシュが眠っている間に、バルシュミーデ王国は大陸一の超大国になっていた。
そもそも、アギレラ王家の暴虐政治はいつクーデターが起こってもおかしくない状態で、王都周辺を焼き尽くして国として機能しなくなった時、民たちが願ったのは羨んでいた平和な小さな隣国の暮らしに組み入れてもらうこと。
バルシュミーデの王子が隣国から放った魔法で(!)王宮を含むアギレラの王都を焼け野原にしたと知らせを受け、残った支配階級の者たちで話し合った結果、バルシュミーデに代表として辺境伯が訪れた。
もちろん、殺されないように大きな白旗を背負って。
「民も、悪政から救われたと、むしろ貴国には感謝しています。できましたら、我らの国を陛下の庇護の下に、置いていただけませんでしょうか?もちろん、対等だなどとおこがましいことはもうしません。属国ということでも結構です。」
圧倒的な力の前に、自国の無力は明らか。
交渉に来たアギレラの辺境伯は大幅に譲歩した。
でも、人が良いバルシュミーデの国王は、属国なんかにしない。
治める範囲が三倍以上にふくれあがって色々と忙しくはあるが、皆が平和に豊かに暮らせる国造りを目指している。
意外と国王の政の手腕が素晴らしいことが発覚し、日和見主義の平和王と思われていたバルシュミーデ国王は『希代の賢王』と言われるまでになってしまった。
「ははははは!!見たか!!これからは力こそ正義だ!!そもそも、私やノルベルトの魔力だけでも、一国ぐらい優に焼き払えるんだからな。もう遠慮はせんぞ!下手に出ても損をするだけだと身にしみた!なぁにが『みな歩調を合わせて』だ。アホらしい。」
「あなた!悪者がいたら、あなたの魔力でチョイ~!とやっつけてしまって!」
「無論だ!任せろ!力あっての平和だ!」
「わたくしだって、不届きものがいたら、自慢の剣でザックリと串刺しにしてやるわ!ホ~ホホホホホ!」
「頼もしいな、さすがは我が妃!は~はははは!!」
「ちょっと…ふたりとも…その魔王みたいな感じ、やめてもらえない?」
「ノルベルト、お前もやっとけ!」
「あ、アッハッハッハ!…ハ…。」
***
最初は微笑ましいと思っていたルートヴィヒとメルリーシュのいちゃいちゃもにもいい加減見飽きてきた城の面々。
今日も式の打ち合わせをしていたら、なんやかんや言いながら全員集合しているわけだが……。
「あ~毎日毎日、ほんとうに暑苦しい!」
ノルベルトがうんざりと言った。
「みんな、嫉妬は見苦しいぞ。ノルベルト、ザイードお前達も早く結婚しろよ。この世にこんな幸せなことはないぞ!」
「クソッ!!兄上に上から目線で結婚を説かれるなんてっ!!ちっくしょー!!」
「まさかでしょ!俺がルートヴィヒ殿下に愛を説かれるなんて!」
ザイードは地団駄を踏んでいる。
「あーあー。世も末だねぇ。」
ローレンは他人ごとのように呟いた。
「何を呑気なこと言ってるんですローレン殿下!人のこと言えないでしょう!?」
「なっ、なんでだよ。」
「大体あなた、なんでここに居るの?」
アンジェラはツッコまずにいられなかった。
「い、いいじゃないですかぁ!親戚みたいなものなんだからぁ!」
「まったく。そんな下品な物言いの王子や王太子が居ても良いのか?ザイードは不敬罪だぞ。……ああ…メルは本当に愛らしいな…誰にも見せたくなのに、大聖堂で式やら馬車でパレードやら…面倒この上ない。メルにも負担だろうに…。私は今すぐ二人で式を挙げたいのに。」
「うふふ。ルー様ったら。…でも、そうですね。わたくしがあんな立派な聖堂でお式なんてちょっとイメージできません。夢のようなお話です。リーマン領の北の果てのあの小さな教会で二人でお式を、という方が現実的といいますか…。」
「なに!?メルもその方がいいと思うか!?」
「えっ?いえ、あの、わたくしはただ、その方が現実味があると…」
「ちょっ…ちょっとお待ちなさいよ…?」
不穏な発言に、アンジェラ以下、その場の全員が凍りついた。
「め、メルリーシュ嬢、ふ、不用意な発言は…」
「よーし!では今すぐ二人で式を挙げてくる!」
「ねっ、寝言は寝て言いなさい!!お式は来月よっ!!これは国としての…」
「知りませんよ国なんて。ソレはソレで適当にやります!それでは!よっ…と!」
ルートヴィヒがメルリーシュを横抱きにした。
「ひゃあ!!ルー様っ!!」
「待ちなさいっ!!待ちっ…あーーー!!」
止める暇など全くなかった。
「消えた…。ああ…兄上は呪いが解けたから前みたいにどこでも空間移動できるんだっけ…。多分今ごろレーマン領だな…。」
「もういやぁーーー!!」
アンジェラがその場に崩れ落ちた。
「あ、アンジェラ…お、落ち着いて…!お、お茶でも飲もう!ま、マーガレット!気分が落ち着くお茶を…!」
見たことがないほど取り乱す妃に国王はうろたえる。
「…すぐご用意します。わたしもポットから直接飲みたい気分ですがね。」
「よ、よーし!みんなでカモミールティーで乾杯だぁ!はっはっは!」
国王は何の解決にもならないが、とにかく明るくふるまってみた。
「お茶なんか飲んでる場合じゃないわよ!ザイード!!魔法の門の用意を!」
「エエっ!?あれはまだ試作品でしょう!?」
「大丈夫!先週メルリーシュがリーマン領まで飛んでいたけど、無事に行けたみたいよ!みんな!すぐ行くわよ!」
「政務はどうするのー!」
一応ノルベルトは現実的な話を出してみた。
「そんなもん、後でいい!」
国王には通じなかったけど。
「えぇー!?」
「さぁみんな、正装で行くわよ!」
王妃はヤケクソだ。
「はぁ!?」
「えーっ!僕、そんなすぐ用意できません!」
「ローリー、なんでお前も行く気なんじゃ?」
「のけ者にするつもりですか!?僕、絶対に行きますよ!」
「ああもう……僕のを貸してやるよ。」
ノルベルトがため息をつきながら言った。
「サンキュー!さすがノル!」
バルシュミーデ王国に、建国以来、最も平和な治世がやってきたのだった。




