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24 一人じゃない

ガン!!と離れのドアを蹴破るようにして入ってきたのは。


ノルベルトと、その後ろに王妃、国王、ローレン、マーガレットにアリーナにザイード。

それから、三日前ザイードについて行ったままだったルルトビッヒが「グルルッ!」と唸りながら。

普段からメルリーシュと仲良しだった王宮の侍女たちに図書館の同僚。

錚々(そうそう)たる魔力持ちの面々が息をきらせていた。


ルートヴィヒよりも魔王のような形相のノルベルトが入ってくるなり絶叫した。

「いいかげんにしろーーーっ!!」


「……なんだお前らか。邪魔をするな。」


「なんだお前らかじゃありませんよっ!!」

これは王妃。


「ルートヴィヒ殿下!ノルベルト殿下のおっしゃるとおりですよ!どれほど心配したと思っているんです!!いい加減になさってください!!」

これはマーガレット。


「てか、この結界破るのに、僕たち全力で魔力を使って、それでも三日もかかったんですよ!もうヘトヘトです!!」

これはローレン。


「私を殺す気か!!」

これはバルシュミーデ王。


ルートヴィヒはイライラして頭をかき、ガタンと立ち上がった……つもりが、ドスンと尻餅をついた。


「ほら見ろ!!」

「殿下、一体最後にお食事を口にされたのはいつです!?お水は!?」

ルートヴィヒは回らない頭をめぐらせた。

わからなかった。

「あなたは生きているんですよ!そんなことでは、メルリーシュ様が目をさまされたとき、あなたはミイラです!」

「こんなことだろうと思って、僕たちみんなで力をあわせて兄上の結界を破ったんだからなっ!」

「馬鹿者か!お前は!!」

「いい?ルートヴィヒ!?よくお聞きなさいよ!?」

お聞きなさいよも何も、動けないのだから聞く以外の選択肢はない。


「メルリーシュが生きているのなら、きちんとした看護を受ける必要があります。体を清めてやらねばなりません。栄養状態がどうなのか皮膚から調べる方法もあります。体温の管理も大切です。そんな敷きっぱなしのシーツに、目覚めるまでずっと寝かせておくわけにはいきません。やるべきことが山のようにあるのよ!?あなた、全部している!?」


「……どれも…。」


「だから、いいかげんにしろと言ってるんだよ!兄上、意味わかった!?」

「とにかく、お前は今、気がついていないかもしれないが、ここは鼻がまがりそうなほど臭い。」

バルシュミーデ王が鼻をつまんだ。

「最低ですよ。メルリーシュ様、目が覚めた時に、生ゴミよりも肥溜めよりも臭いにおいを嗅がされるんですからね。目覚めた瞬間、ショックでもう一度昏睡状態に入ってしまうかも。」

「たった三日で何で?何したらこんな臭くなるのさ?ここに比べたら家畜小屋が素敵なサロンに思えるよ?」

「ぐっ…。」


様々な薬品を試したり汗だくで解呪の魔法をかけたり、そんな色々な臭いが混じりあったらしい。


「わかったの!?」

「ああもう!うるさいな!わかりましたよ!!」

「わかったら今すぐ食事をとって、その臭い体を洗ってきてくださいませっ!!私どもはその間にメルリーシュ様をお清めして、お部屋のお掃除と空気の入れ替えをさせていただきますからっ!!まったく!!なんですこの臭くて汚い部屋は!!お可哀想にメルリーシュ様!!こんな部屋じゃ、百年たっても目なんか覚ましたくなりませんよっ!!」


(ああ…うるさいな……。)


…うるさいけど、言われたことは全てもっともで。


メルリーシュの心臓のことしか頭にない馬鹿者なルートヴィヒには全く思い付かなかったことばかりで。


…暖かくて…とてもありがたかった。


ズッ…と鼻水をすすり、ルートヴィヒはブン…と風呂場に瞬間移動した。

魔法でバスタブに湯をはり、服のまま頭までザブンと潜った。


《ルー様は、良いにおいがします。お日様のような、におい。お日様がどんなにおいなのか、ほんとは全然知りませんけれどね?うふふ。》


メルリーシュを胸に抱いて寝ていたときに、言われた言葉を思い出す。


(臭いんじゃ、洒落にならないものな。)


ぶくぶくと泡をいっぱいたて、ルートヴィヒは全身を服のまま洗った。


部屋に戻ると、カーテンは薄い桃色に、ベッドリネンは全て清潔な白い色に変えられていた。

メルリーシュにはベビーピンクの、新生児が着るような前開きのガーゼの寝巻きを着せられていた。


「周囲を白にしておいたほうが、顔色の微妙な変化に気がつきやすいですからね。明かりも暖灯色より明るい蛍光色のほうが。寝るときは安眠を誘うように暗めの暖灯色のほうがよろしいと思いますが。」

「…なるほど。……みんな、すまなかった。ありがとう。ルルも、ごめんな。お前のことをすっかり忘れていた。」

グルル!と鳴いたルルトビッヒはメルリーシュに近寄り、キュゥン、と顔をひとナメしたあと、ザイードの元に戻った。

「そうだな。しばらくそちらで世話になっていてくれるか?メルの目が覚めるまで。」

グルッ!とルルトビッヒは返事をし、二本の尻尾を応援するように交互に振り回した。


「…頼りないかもしれないけどさ。ちょっとぐらい頼ってくれよ、バカ兄上。」

「頼りないなんて思ってないさ。ちょっと頭がイカれてただけだ。」

「殿下の頭がイカれてるのは今に始まった話じゃありませんよ。」

「…フン。今回は反論せん。…恩にきる。」

「ひぇえ!らしくないのはやめてくださいよ!」

「そうだぞ兄上。気持ち悪い。恩にきるなんて水くさいこと言うなよ。僕らだってメルリーシュのことは心配なんだ。一日もは早く目が覚めてほしいと思ってる。だからさ、手伝わせてくれよ。」

「…っ…ありがとう。ごめん。」

またルートヴィヒは涙を拭った。


ショックで正常な判断ができなくなり、たった一人で看護をしていくものだと勝手に決めてかかっていた。

一人でメルリーシュを守るのだと。

ルートヴィヒにはこんなにも親身になってルートヴィヒのことを心配してくれる、手をさしのべてくれる家族や仲間が居たのに。


バルシュミーデ王がルートヴィヒに歩み寄った。

「…詫びるのは私だ。お前にどれだけのものを背負わせてきたのか、今回という今回は思い知った。今まで本当にすまなかった。今回のことも…。お前を無理に呼び立てたりしなければ、あのアギレラの馬鹿どもを受け入れようとしなければ、起こらなかったことだ。私の判断ミスだ。」

そう言った王はルートヴィヒの前で深く腰を折った。


「本当に、済まなかった。」


「やめてください父上。メルさえ無事に目を覚ましてくれれば、それでいいんです。」

「こちらで手配できることがあれば何でも言ってくれ。償いというのも烏滸がましいが、全力で支援させてもらうから。」

「…父上。ありがとうございます。」


父から詫びや労いの言葉などもらえると思っていなかった。

懇親会に参加したのは王子として当然引き受けねばならぬ義務だと思ってのことで、父のせいだなんて思っていない。

今までのことだって全部そうだ。

恨んでなんていない。

けれど、父が、父親として、ルートヴィヒに対して思っていた本音が聞けた気がして、それだけで、今まで引き受けてきた犠牲が救われた気がした。


*  *  *  *  *


それからは母やマーガレット、アリーナにたよりつつ、時々見舞いにくるノルベルトやローレンと軽口をたたきつつ、日々、希望をもってメルリーシュの看護に打ち込んだ。

クリームは母が良い香りのものを練ってくれた。

メルリーシュ特製のものとは香りが違うが、メルリーシュが好きそうな花の香りがする。


心音はある日、1分半に1回、トクリ、と刻むようになった。


そうして、あの日からかれこれ一ヶ月。

途方もなく長い時間を過ごした気がする。


唇の半分は痣がなくなり、薄桃色の愛らしい、元通りのメルリーシュの唇がのぞいている。


「メル、今日も可愛いな。もうすぐメルの誕生日だ。今年はメルは食べられないけど…。メルの好物を用意したら、よだれをたらして急に起きたりしないかな?そうだ、プレゼントは何を贈ろうか。帽子なんかどうだろう?目がさめたらかぶって一緒に出掛けないか?ルルも一緒に。」


今日もルートヴィヒはメルリーシュに語りかける。

(いつまでだって待つから。きっと、きっと目をさましておくれ。)


公の場に姿を見せなくなったルートヴィヒに世間は噂した。

『死んだ恋人に保存魔法をかけ、生きていると信じている気の毒な王子』とか『恋人を失って完全に精神を病んだ』とか。

心ない噂が耳に届くたび、「ああ、誰も彼も、滅ぼしてしまいたい」と思う。

でも、しない。

きっと、メルリーシュがそれを望まない、ということがわかりきっているからだ。


「言いたいやつには言わせておくさ。なぁ、メル?」


一年が過ぎ、メルリーシュの顔の半分の痣が消えた。


体も、今はみぞおちから下まで呪詛が消えている。

豊かな胸の先の薄桃色の実までわかってしまうから、衣服を脱がせて確認するときに気合いを入れる必要がある。


心臓の音は一分に二回。


呪詛が消えるペースが日を追うごとに増しているのは希望的観測ではない。

きちんと測定しているから間違いない。

呪詛が消えても目が覚めるという保証はない。

脳に異常はないか、ルートヴィヒのことを覚えているか、話はできるか、目は見えるか。

何の保証もなく不安で仕方ない。


「ああ…メル…どうか無事に…。」


寝台に上がり、今日もメルリーシュの無事を祈り胸に抱いて眠りにつくルートヴィヒだった。



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