19 悲劇は突然に
その悲劇は、唐突に起こった。
いや、唐突ではなく、あれもこれも、予兆だったのだと、あとから思えば気がつくことが沢山あった。
「………………メル……」
顔に、全身に、びっしりと呪いの痣を浮き上がらせたメルリーシュが、糸が切れた操り人形のようにグニャグニャになって仰向けに床に倒れている横に、ルートヴィヒは膝から崩れ落ちた。
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時間は、少し遡る。
王宮の二階にある広間に、大陸各国からアカデミーに留学中の王侯貴族が『懇親会』 という名目で集まった。
非公式な場ではあるが、それぞれが自国の代表という意識を持ち合わせた格式の高いパーティーで、バルシュミーデ王国では国王以下、王妃や王太子だけではなく高位の貴族たちも何人も出席していた。
いつもお騒がせのアギレラ王女が保護者を伴って登場するというので、参加者達はあまり関わり合いにならないように注意していた。
件の王女がバルシュミーデの王族に近づいたとき。
皆、反射的にその場から少し距離をとった。
「先日は娘が大変お世話になったようですが、そこはそれ。娘の方でも事情は察しているようですし、私の方からは何も申し上げることはありません。」
(何の話が始まったんだ。あの話は互いになかったことにするから面会して友好関係を再構築するという話じゃなかったのか)。
顔にこそ出さないものの、国王は困惑しているしルートヴィヒもノルベルトも内心うんざりした。
「つきましては、この場を借りましての非公式な申し出ではありますが…どうでしょう。我が娘と、再び婚約を結びなおすというのは。」
(…はぁ?気でも触れたか。)
「い、いやはや。…非公式な場とはいえ、いささか大袈裟なご冗談ですね。ははは。」
父王もノルベルトもルートヴィヒの周囲の気温がグッと下がったのに配慮して、ひとまず話題をひきとって受け流そうとした。
…だが、空気を読まないアギレラ父娘は全く引き下がる様子はない。
「冗談だと受け取られるのは、理解できます。ルートヴィヒ殿下のご事情も重々理解しているつもりですしな。」
「!」
これには父王も顔色を変えた。
ルートヴィヒの顔が呪詛で醜い痣に覆われていることをいっているのだ。
無礼にもほどがある。
感情を圧し殺した冷ややかな声で、ルートヴィヒが応じた。
「…おっしゃる通り。私はご息女の隣にはふさわしくございません。ですので、『冗談』、ということにされておくのが、よろしいのでは?」
ローレンや話が聞こえている貴族たちは、心のなかで必死に叫んだ。
(そうだよ、お前ら、命が惜しければ、冗談ということにしておけ!)
王女がグイッと前に出て、ルートヴィヒは一歩あとずさった。
「それが、全く問題なくなるのですわ!わたくしにお任せになって!元通り、美しい殿下に戻して差し上げますから!」
パチン!と王女が指をならすと、荷台に載せて布を被せた四角い箱のようなものが運ばれてきた。
近づくにつれ、ルートヴィヒは本能的に、ものすごく嫌な予感がした。
「…寄るな…。」
二歩、三歩とルートヴィヒは後ずさる。
「アギレラ陛下、それは何なのです?」
バルシュミーデ王が遮るように立ちはだかろうとする。
アギレラの従者達が壁になってその動きを遮った。
「いけませんわ!今からが一番重要な時ですのに!」
王女が目配せすると、アギレラの別の従者達がルートヴィヒの体を押し戻した。
「貴様らっ!」
「兄上に何をするっ!無礼にもほどがあるだろう!!」
箱がルートヴィヒの目の前に到着した瞬間、箱にかけてあった布がルートヴィヒの目の前でブワリとひるがえり、視界を覆った。
中から現れたのは。
呪詛の転移の呪文を唱え終えた、メルリーシュだった。
「や…」
やめろ!
その絶叫は、メルリーシュとルートヴィヒを包むすさまじい光に呑み込まれた。
全ての呪詛をその身に移し終え、光が和らいで顔が見えるようになった瞬間。
メルリーシュの唇が動いた。
『ルー様、お世話になりました。ずっと、お慕いしておりました。どうか、お幸せに。』
メルリーシュを運んできた箱も荷台も、消え行く閃光とともに、霧のように散って消えた。
ぐしゃり、と、小さな体が床に倒れた。
ルートヴィヒの中で全ての思考が停止した。
美しい銀の髪。
白い肌。
紺碧の瞳。
別人のような姿になって、立ち尽くした。
国王が歯をくいしばって、瞑目した。
ノルベルトは唇をわななかせ、目を見開いている。
王妃は顔を覆った。
見るものすべてが、この痛ましい惨状に、心を切り裂かれたような想いだった。
「やった!!やったわ!!」
ひどく場違いな歓声が、その場の空気を切り裂いた。




