16 ルートヴィヒの激怒
「な………」
目の前でルートヴィヒから放出された怒りの魔力で、背後の壁が吹き飛んだのを見て、ローレンの目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
何事かと、あちこちから人が集まる。
「る、ルートヴィヒ殿下、お、落ち着いて……。」
顔をひきつらせ、ささやくような小さな声で、ローレンは言った。
これほどの事態になるとわかっていたから、メルリーシュが出来事を隠そうとしたのだと、初めて悟った。
(で、でも言っちゃったよ…どうしよう…。)
「何事だ!!」
『大爆発』となると、兄が関わっている可能性が高い。
そう思ってかけつけたノルベルトの勘は正しかった。
「ローレン殿下!何事です!兄に何を言ったんです!」
公衆の面前なので、敢えて「ローリー」と呼ばず、「ローレン殿下」と呼んだノルベルトに、ローレンも姿勢をただし、説明しようとした。
「実は…」
「……私的なことだ…。お前には関係ない。」
地を這うような声で出されたルートヴィヒの発言に、巻き込まれては大変と、大波がひくように野次馬達は散っていった。
それと引き換えに、女子寮の方から何事かと寮に滞在する女子生徒達がやってくる。
「…レーマン嬢をすぐここへ!」
ノルベルトが侍従に耳打ちし、侍従はメルリーシュを呼びに走った。
ただならぬ雰囲気のルートヴィヒを鎮められるとしたら、それはただ一人。
メルリーシュだけだ。
侍従が呼びにいくまでもなく、メルリーシュも何事が起こったのかとこちらに向かって駆けつけているところだった。
「兄上。王宮の建物を破壊しておいて何でもないということはないでしょう。どういうことなんです。」
「なんでもない。ここは直しておくから案じることはない。」
「魔法で修理が可能なことはわかっています。ただ……。」
「まぁ!これは一体、何事ですの!?」
声の主は、アギレラの王女だった。
((まずい!))
ノルベルトとローレンは瞬時に危機を察知した。
「まぁ!お前、今日わたくしを貶めた男!フフン。まさかお仕置きを受けているの?いい気味じゃないの!」
「「「はぁ?」」」
検討違いの発言に、三人の男は目が点になった。
「ルートヴィヒ殿下。ご無沙汰をしておりますわ。まぁ、相変わらず、お気の毒なお姿。かつては美男子のノルベルト殿下が霞むほどの美男子でしたのに。本当にもったいないことです。」
「王女殿下!言い方にもっとご配慮なさった方がよろしいのでは!?」
「まぁっ!お前、また私に意見するつもり!?一体どこの馬の骨なのです!?」
「き…さま……!」
ビキッ!!とルートヴィヒの額に血管が浮き上がった瞬間だった。
「ルー様!いけません!!」
メルリーシュはこのルートヴィヒの表情に見覚えがあった。
かつてメルリーシュに悪態をついた青年の表面をずるむけに火で焼いたときの顔だ。
あのときのことは、思い出しても背中に脂汗が流れる。
そして、今も。
「メル…。なぜ言わなかった。」
「い、言ったらこんなことになるからではありませんか。」
「ああ、当たり前だ。私は、君に害をなすものを容赦するつもりはない。虫けらのように…」
「ルー様!人は虫けらとは違います。」
「いいや、君を害するものは、むしろ虫けら以下だ。業火に焼かれるべきだ。」
「そんなことを言うルー様は、わたくしは好きではありません!」
「……は?………………………………………はぁあ!?」
「なっ、なんです!?」
「なんで、君のためを思っている私が嫌われねばならない!!それもこれも、虫けらのせいだな!?」
「違います!人を虫けらのように扱おうとする、その行為が好きではないと申し上げているのです!ルー様自身が好きではないと申しているのではありません!ですから、その暴力行為をおやめいただいたら、問題ないのです!」
「じゃあ好きか!」
「えぇ!?」
「暴力行為をしなければ、好きかと聞いている!」
「えっ、ええ!好きですとも!」
「………………。」
「ルー様?」
「………わかった。」
「お、おわかりいただけて、嬉しいです。で、では、離れに戻りましょうか?」
「…………わかったが、君がしてもらった分、返すのは、公平だな?」
「して…もらった?ご恩をお返しすることですか?…ええ。もちろん…?」
「そうか。それならいいか。」
ゆらり、とルートヴィヒが足を踏み出した。
ローレンは飛び上がってノルベルトにしがみついている。
戻ってきた侍従も、ノルベルトの腰にしがみついている。
「なに?なんの話なの?またそこの忌々しい女が、邪魔立てするつもりなの?…ヒッ…。」
凍てついた表情で、ルートヴィヒはブリジットの前に立った。
「私のメルが貴殿からいただいた分、きっちりお返ししよう。これは、貴殿が今日、私のメルの頬にくれた分だ。」
ルートヴィヒは手の平をそっとブリジットの頬にかざした。
頬を撫でられると思ったブリジットは、一瞬、在りし日のルートヴィヒの顔をおもいだし、うっとりした表情になった。
「い…いったぁああい!?」
ルートヴィヒの手の平から、今日の昼間にメルリーシュから吸いとった傷が、そっくりそのまま移された。
「な、何するのっ!?」
「それはこちらの台詞だ。よくも私のメルの頬を打ってくれたな。本来ならその醜い顔の皮膚を全部引き剥がしてやりたいところだが、今日のところはメルに免じて見逃してやる。が、次はないと思えよ。」
「お、王女様!!も、戻りましょう!!」
顔を押さえて泣くブリジットを、従者が背にかばった。
「こ、この件は厳重に抗議させていただきますから!」
捨てぜりふを吐き、泣くブリジットを抱えるようにして、アギレラの従者は去っていった。
「はぁ~!?どういう神経してるんだろ!抗議したいのはこっちの方だっていうのに!」
ローレンはノルベルトにしがみつきながら心底あきれた顔をしている。
「それにしても兄上はすごいな。『傷を移す』?」
「ああ。普通の治癒と違って、私は今日のメルの傷は、直さずに保存しておいたんだ。絶対に誰かにやられたんだと確信していたから、相手に返してやろうと思ってな。」
「へぇー!さすがルートヴィヒ殿下だ!」
この場はひとまず丸く収まったので、メルリーシュはホッと一息ついた。
背後では魔力持ちの従者やアカデミーの生徒達が壁の補修にとりかかった。
そんな中、メルリーシュの心に一つひっかかったことが。
「ルー様。傷って、保存したり移したりできるのですか?」
「ん?ああ。大きい傷ほど長時間持ち続けるのには魔力を要するし、それを持ち続ける魔力がなければ引き取った本人に現れる。まぁ、その時は治癒魔法で治せば済む話だが。」
「ならば、ルー様の、その傷は!?その呪いは!?」
「これは、魔法使いである私にかけられた呪いだからな。魔法使いにしか移せない……」
ルートヴィヒはメルリーシュが目がキラキラと輝くのが気になった。
「ならば、わたくしには移せます!わたくしに移せばよいのです!!」
ドガーン!!と、ルートヴィヒの背後の壁が再び吹き飛んだ。
「あーー!!今直したところなのにー!!」
「馬鹿者!!!!!!!!!!!!!!!!」
ローレンの苦情はルートヴィヒの怒声に完全に掻き消された。
顔中に唾を飛ばされて怒鳴り付けられ、メルリーシュはのけ反った。
「冗談でもそんな馬鹿な発言!!!二度と許さんぞっ!!!」
メルリーシュはのけぞった体をエイッと前にたおし、踏ん張るように両手をグーにして脇をしめ、食ってかかる。
「じょ、冗談で言ったのではありません!!わ、わたくしがやっとお役に立てるではありませんか!!」
「この呪いは、私ほどの魔力があるものでさえ、体の半分が蝕まれ、魔力も半分ほどになっているのだ!!メルが耐えられるわけがない!!死んでしまうだけだ!!」
「それならそれで良いではないですか!!ルー様が元に戻るのならば…」
「ばぁかものぉおおおおおーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
怒声で爆風が起こり、メルリーシュは尻餅をついた。
男子寮は部屋の天井まで吹き飛び阿鼻叫喚だ。
「お前は!!こちらへ来いっ!!」
倒れたメルリーシュをグイッと引き上げ、ルートヴィヒは空間移動で離れの屋敷へと消えた。
「あーあ……メルリーシュ…無事だといいけど……」
「あれって、レーマン嬢は…どうなるの?」
「…さぁ……。」
「とりあえず、ここ、修理しちゃう…?」
「うん…そうだな……。」
王族二人が寮生たちと協力して下働きのように男子寮を修繕するのだった。




