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2.

「ようこそ!『空腹鍋』へ。

お食事なら空いているテーブルへどうぞ」


紅茶色の髪を三つ編みひとつに束ねた女性が入り口脇のカウンターから元気に声をかけてくれた。


「食事もだけど、宿も頼みたい。空いてるかな?」


「はい!空いてますよ。宿泊のお客様はめっきり減ってしまってますから」

ちょっと視線を下げた女性は寂しげに笑うと宿帳を差し出した。


入り口のカウンターを過ぎて続く部屋は、食堂となっていた。

食堂の左奥には階段があり、上階の宿の部屋へ続く様だ。

食堂は煌々と輝くランプが天井の中央で大きく輝き、聞けば昼も夜もこの部屋の明るさは変わらないとか。


星導具(ファクト)だな。

マークスは見上げた天井のランプを見て思う。

無骨な見た目だが、とても強い力を感じる。

星屑ではこんな風には感じない。まさか、等級持ちの星があのランプの組み込まれているんじゃないか?

よりによって宿屋のランプに!?



相応の力と輝きを持つ星石には等級がつく。等級外の石は星屑と呼ばれ、砕かれた粉が星屑として売られている。

星屑は、一般に普及している星導具の動力として使われている、世間一般に最も手頃な星石である。

対して、等級持ちの星石につく値段の桁は、ぐんと変わる。

富裕層の屋敷、町または国など、大規模な星導具を所持する所が買い手となる為、等級持ちの星石を見たことがある一般の人というのは大変少ないのだ。


食堂の奥にある火の入っていない暖炉近くのテーブルに座り、天井のランプを見つめる。

目を刺す様な光でなく、ただ優しく部屋を照らすランプは見た目より相当性能が良い星道具だ。


なんだろう?すごく落ち着く感じ。光の効果が付与されているのかも。

ここまで結構歩いたし、昨晩は道中で中途半端に時間を取られ、結局野宿した。

それなりに疲労はあるはずだったが、ここに座っているだけで癒されている様な。


「お待たせしました!

今の時間、すぐに出せるのは三角パイだけなんですよ。あと2時間くらいで夕食の時間になりますから。

それから、こちらがうちの自慢の蜂蜜酒(ミード)です。美味しいですよ!」


入り口で案内してくれた紅茶色の髪の女性が給仕をしてくれた。

なるほど、昼でも夜でもない時間では、しっかりした食事のメニューは出てこないだろう。


「充分だよ!うわ、うまそう!」

手のひらに乗り切らない三角のパイは香ばしい香りを放ち、照りのある表面の焦げ目までもがいかにも美味しそうだ。

サクッとかぶりつくと、潰した芋と挽肉が口内に溢れた。

芋の甘み、香ばしく味付けられた挽肉、サクサクのパイ生地。


綺麗に磨かれた木の杯から黄金色の蜂蜜酒を流し込むと、甘みを通り過ぎた後に口内がスッキリとした。

「んん!?

何これ。美味い!こんな蜂蜜酒は初めて飲んだよ!?」


「ふふ、そうでしょう!?この宿の自慢の品ですよ。昔からずっとね。

この味はこの宿で出した時にしか出ないんです」


「へぇぇ?このパイも思ったより腹に溜まりそうでいいね。

食べる前にはもの足りないかもって思ったけど」


「三角パイはこの辺りの名物ですね。店によってちょっとずつ味つけや具が変わったり、食べ歩きも楽しいですよ。

昔、星石の鉱山があった頃には鉱夫達がいくつか包んで山に入る時持っていく携帯食だったんです」


「なるほど。片手で持って食える手軽さがあるもんね」


パイの皿の隅に載せられた白いカブと緑のカブの葉の酢漬けをつまみながら辺りを窺うと、のんびりと蜂蜜酒を飲んでいる人でいくつかのテーブルが埋まっている。

宿の者は、この女性以外に見当たらないが今は裏で夕食の準備中なのだろうか。


「それじゃ、ごゆっくり!」

去り際の挨拶をする女性に、なんとなく気になった事を聞いてみた。


「お姉さん、1人で大丈夫なの?この食堂、それなりに広いよね。今は空いてるけど宿の受付と食堂の来客が被ったら大変じゃない?」


「大丈夫ですよ!

両親が死んでからはずっと、この宿はわたしが1人で切り盛りしてますから」

なんでもない事の様に笑って、お姉さんはカウンターに戻っていった。


1人で?


机も椅子も綺麗だ。

なんだったら、この皿もコップも艶々として磨かれている事がわかる。

これから暖かくなるであろう今の季節、使われていない暖炉には埃も積もっていない。


磨かれた床にはゴミひとつ落ちていない食堂は居心地の良い清潔な場所となっている。

そして、ちくりと感じるこの視線。

ランプを見上げていた視線をふいに空っぽの暖炉に向けると、茶色い影がすっと暖炉から消えた。


家妖精だ!


あぁ、この宿屋には妖精がいるのだ。

『空腹鍋』は、今ではめっきり数を減らした妖精がまだ存在する、なんとも珍しい宿屋だった。


なぜ気付いたかというと、マークスは常々思っていたのだ。

妖精の気配と星石の気配は似ている、と。


(うーん、星石の気配を辿ったつもりが、妖精の気配に釣られちゃったのかな?

いやいや、あのランプは絶対に等級持ちの星石ものだ!)


星狩が妖精に遊ばれる


それは、うっかりと目的からそれたり逸らされたりを表現する言葉として使われる。

星狩にしてみれば、結構な恥である。

なにせ実際に妖精に遊ばれる事あらば、命がけの大冒険が巻き起こる事もあり得るのだから。



(パイで腹も膨れたし、ちょっと休んで夕飯をしっかり食べよう!

うん。それで一晩休めば疲れも取れて、明日から探索すればいいさ!)


誰に何を言われた訳でもないのに少々言い訳じみた事を考えながら、マークスは部屋で休む事とした。

席を立とうとしたその時、ひとつ向こうのテーブルから声が掛かった。


「お前、妖精に遊ばれたな?最近は一丁前を名乗ってたはずなのになぁ?」


グッと変な声が喉から出たが、聞き覚えのある声の方をきろりと睨むと声を返した。

「『森歩きリロイ』がこんな所にいるのは、同じなんじゃないの?

この辺の鉱脈は生きてないって話だし、この土地の森だってそう広くないだろ」


ニヤニヤと木の杯を掲げながら見つめる無精髭の中年男がマークスを見ていた。

とはいえ、その目は随分と優しげだ。

茶色い髪と緑の目を持つその男は、かつてマークスが旅に出て最初に知り合った星狩だった。


「ふふっ。元気そうで何よりだ。マークス。俺はちょっと休暇中だよ。一仕事終えた時、この町に来れる距離だったから美味い飯と蜂蜜酒を楽しむ事にしたんだよ」


「ここ、やっぱり有名なんだ」


「星狩の間じゃな。ある意味聖地さ。この町には大抵誰かしら、星狩がいるんだぜ?今日居たのはたまたま俺だったってだけさ」


最初の星石鉱脈発見の地にして、マエストロ・グリーの定宿、『空腹鍋』


なるほど、あやかりたい大発見と大物の伝説だ。


「宿はあんまり流行ってないって聞いたけど」

「あぁ、町役場のある広場に観光客用の新しい宿があるからな。それでも、星狩が泊まるのはここ。

というか、この宿には昨今、星狩しか泊まらねぇよ」

わははと陽気に笑うリロイは、この町にはだいぶ詳しいようだ。もう何度も訪れているのだろう。


「あ、でも食事時は混むぞ?なんせ飯が美味いからな。もちろんこの蜂蜜酒も。気付いたろ?お前」

「うん。それも知られた事なんだ?」


「あぁ、この宿ができた頃から、店主は代替わりしてもずっと居るんだ。あの家妖精は。

去年、悪い風邪が流行って主人とカミさんが両方やられてなぁ。1人残されたレイアが宿の主人となってからも、バリバリに働いて宿も厨房も回してる。

よっぽど好きなんだろうな。この宿が」


「レイア?」

「あの子だよ。『空腹鍋』の一人娘、今は宿の主人となったグレイアールちゃん」


入り口のカウンターで書き物をする紅茶色の髪の女性を見遣りながらリロイが教えてくれた。

どうやら帳簿をつけて居るのか、ちょっと眉間にシワを寄せて居る。


「あのランプの事、知ってるかな?」


「どうだろうな。いい星導具だが、あれについては触れないのがレガシーなんだよ」

「そうなのか…」


マークスは基本的には一人旅だ。

というか、星狩は大抵1人で動く事が多く、チームを組んであたるような大きな事案は近年では滅多にない。

初めて訪れた町で、昔馴染みにばったり出会うのもこれが初めてで、なんだかムズムズして顔が緩んでしまう。


「鉱脈は尽きてるが、森の星屑は多少は残っているんだよ、わざわざ狩に行く程でもないが。

何年かに一度くらいは星獣の出現があってな。

この町に誰かしら星狩がいるのはそれもあってかな」


今や同じテーブルで蜂蜜酒を傾けるリロイが、リングイネの町について色々と教えてくれる。


「親父さんの足跡は見つかったかい?」


「全然」


「そうかい」


2年前、旅を始めたばかりのマークスを拾って暫くは一緒に旅をしたリロイは知っているのだ。。

物心つく頃には既にいなかった父の手記を便りに、旅をし始めた事を。


手記から、おそらく父は星狩だった。と思っている。

指輪は手記と共に残された父の星導具だ。


けれど、指輪の全てが稼働している訳ではない。

星屑ではチャージできないのだ。どうやら等級の高い星石しか吸ってくれない。

希少にして貴重な指輪型星導具はの性能は素晴らしい事請け合いなのだが、コストと言う名の使い勝手は微妙である。

なにせ、等級持ちの星石は容易く狩れるものではない。


近況を話し合っているうちに陽は傾き、そのまま夕飯を共にする事となり、久しぶりに1人ではない食事は深夜まで続いた。


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