魔力より大事なもの
「ふぅ…」
フィーネは疲れた様子で、コンビニのバックヤードの椅子に座り込んだ。日付が変わってからも忙しかった。レジも大変だが、それよりもここ最近、目に見えて魔力が弱ってきていることが気になる。
「どうした? 体調が悪いのか?」
俺は少し心配そうに声をかけた。フィーネは少し微笑んで、首を横に振った。
「ふむ、ただの疲れじゃ。魔法が効かなくなってきたせいか、ちょっと力が出ないだけじゃ」
「魔力、やっぱり減ってきてるのか?」
フィーネが来た当初から、彼女の魔力は目に見えて減少していた。人間界の空気が魔力を吸収してしまうのだろう。彼女が長くここにいられるのは、あとどれくらいだろうか。
「うむ、そろそろ……長くいられんかもしれん」
フィーネは少しだけ寂しそうな顔をした。けれど、その表情を見て、俺は胸が痛む。
「でもな、大地――あの、魔力だけが全てじゃないって気づいたんじゃ」
「え?」
「魔力は大事じゃけど、それ以上に、この世界で人と関わってることが楽しいって、気づいたんじゃ」
フィーネはふっと笑う。その笑顔が、なぜか俺を安心させた。
「人間界の食べ物も、ちょっとずつ覚えたし、お金をもらって働くのも楽しい。お前と一緒にいる時間も、まったく退屈じゃない」
「……本当に?」
「本当じゃ。だから、魔力が消えたからって、そこで終わりだとは思わない」
そう言って、フィーネは両手を広げてみせた。
「だって、魔法よりももっと大事なものが、ここにはたくさんあるから」
その言葉は、どこか力強さを感じさせた。フィーネは、ほんとうに少しずつこの世界に順応して、ここに、いることを大切にしているんだな。
その瞬間、ふと胸の奥が熱くなる。
「……俺も、そう思うよ」
ふたり、静かな時間が流れた。俺は思わず口にしていた。フィーネは少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んで、
「ありがとう、大地」
そして、その後の沈黙は、これまでのどんな沈黙とも違った。
それは、言葉では言い表せない、深い絆のようなものが少しずつ出来ていく感覚だった。
====
次の日。
俺は、フィーネに何気なく聞いてみた。
「ところで、お前、魔力が消えてきてるって言うけどさ……」
「ん?」
「もし、もう戻れないってなった時、どうすんだ?」
フィーネは少し考えてから、やや笑顔を見せた。
「ふむ……それは、まだ考えたことがないが。きっと……何か方法があるかもしれん」
そう言いながらも、フィーネの目はどこか遠くを見つめていた。あの深い瞳には、まだ解決できない悩みが隠れているのだろう。
「まぁ、無理に急ぐことはないさ。焦らず、今を楽しんでいこうぜ」
俺の言葉に、フィーネは嬉しそうに笑って、
「うむ、大地の言う通りじゃな! 今を生きることに全力を尽くすのじゃ!」
そう言って、手を広げて空を仰ぎ見た。その姿は、まるでこの世界を楽しんでいるかのように見えた。
しかし、その日の夜。家に帰ってきたフィーネは、少しだけ元気がない様子だった。
「……どうした?」
俺が聞くと、フィーネはちらっと俺を見てから言った。
「実は、エルフ界からメッセージが来たんじゃ」
「エルフ界から?」
「うむ、帰還の指示が来た……ただし、今すぐではないと言われたが……」
フィーネの顔に浮かぶ、不安げな表情。その瞬間、俺の胸は締め付けられるような思いがした。
「帰らないといけないのか?」
「まだ少し時間があると言われたが……いつまでもここにいるわけにはいかん。エルフ界の規則では、長くは滞在できんのじゃ」
「じゃあ、やっぱり――」
フィーネはうつむき、言葉を切った。
「魔力が完全に消える前に、帰らないと……」
その言葉が、重く響いた。