エルフ、アルバイトを始める(前編)
「なあ大地、あの子……コスプレガチ勢なんだろ?」
翌日のバイト前、コンビニのバックヤードで、店長・杉山がニヤニヤしながら言った。
「いや、違いますって。あれ、素で耳長いですから」
「ははは! ノリいいなあ~、お前って。リアルで言い切るとは思わなかったわ」
完全に冗談として受け取られている。まあ、普通はそうなるよな。ファンタジー設定を本気で信じるやつなんて、俺くらいだ。
ちなみに、昨夜のフィーネ夜勤チャレンジは、店長的に「めっちゃ面白かった」らしく、
『うちのバイト、個性派が足りないと思ってたんだよね〜』
という謎理論で、なんと正式採用が決まった。
「……本人、まだ何も聞いてないんですけど」
「いいんだよ、ああいう子は勢いで入れるのが一番なんだって。な?」
そうして話していると、ガチャリとドアが開いた。
「余、参上!」
制服を着こなしたフィーネが、堂々とレジ前に立っていた。
……いや、着こなしてるっていうか、着方が明らかにおかしい。ワイシャツのボタンが上から留めてあって、袖も片方だけまくれている。
「これは……人間界の戦闘服! どうじゃ? 似合っておろう!」
店長が吹き出す。
「いやー、面白いなあ君。最高だよ。即戦力採用!」
「即戦力じゃねえって!」
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こうしてフィーネは、コンビニバイト正式デビューを果たした。
とはいえ、実務はまだ無理なので、今日は「先輩バイト(俺)について店内を見学&勉強する日」だ。
「まず、品出しからな。日付が古い順に前に出す。これは賞味期限ってやつで――」
「ふむふむ。これは、時の呪縛により腐敗する封印食品じゃな?」
「いや、普通に消費期限だよ」
「ふむ、なるほど。では、このおにぎりなる神器は、握り手によって味が変わる……?」
「コンビニは機械で作ってるからな」
「なにぃっ! それでは魂のこもった呪印が……!?」
ひとつひとつが大騒ぎで、俺の説明も追いつかない。
ただ、ちゃんと聞いてるのは偉い。質問も多いし、なんだかんだで真面目なんだよな。
「で、こっちがレジ。バーコードを読み取って、金額を――」
「むむ、これは、印を読み取る古代装置じゃな? 『ピッ』という鳴き声がかわいい」
「鳴き声って言うな」
そんなやり取りをしていると、またしても小さな事件が起こった。
「ねえ、あのお姉ちゃん、ほんとにエルフなの?」
やってきたのは、昨日も来た小学二年生くらいの女の子。
「うむ、我は正真正銘のエルフぞ! 耳が長いのが証拠じゃ!」
「ほんとだー! すっごーい!」
子どもたちは純粋にフィーネを信じている。なんなら「魔法見せてー!」とまで言われて、ちょっと困ってる様子。
「むむ……魔力が枯れておるゆえ、大技は出せぬが……では、この光の呪具を!」
フィーネはスマホのライトをつけて、高々と掲げた。
「て、てれれれーん☆ ルミナス・ライトニングじゃ!」
子どもたち「わぁー!」と拍手。
俺、真顔。
「……うまくごまかしたな」
「ふふん、余を誰だと思っておる。高貴なる王族エルフぞ?」
いや、魔法的知識はともかく、演技力だけやたら高いの何なんだお前……