はじめてのおつかい(深夜コンビニ編)(後編)
怒号とともに俺が飛び込んでから数分後。
フィーネは椅子にちょこんと座って、しょんぼりしていた。制服の帽子を両手で握りしめている。
「……怒ったか?」
「怒ったよ。そりゃ怒るだろ。揚げ物機に水かけたら、下手すりゃ火事だぞ」
「……火、抑えようとしたのじゃが」
「わかってるよ。お前なりに真面目にやろうとしたんだろ?」
フィーネが顔を伏せて、ぽつりと言った。
「……ひとりでやってみたかったのじゃ。昨日、子どもに、ありがとうって言われて……うれしかったから」
言葉の隅に、フィーネの本音がにじむ。
そもそも、異世界の人間だ。いや、異エルフだ。魔法だってうまく使えない。エルフ界では、きっと「役立たず」とか言われてたんだろう。人間界で、ようやく「誰かの役に立てた」って実感を得て、だから――張り切っちゃったんだろうな。
俺は溜息をついて、そっとフィーネの頭を撫でた。
「……まあ、俺だって最初は失敗ばっかだったしな。コンビニのレジなんて、ベテランでもミスるし」
「だいち……?」
「ただ、今度からは、わからないことはすぐ聞くって、約束しろ」
フィーネはきょとんとしたあと、ぱっと笑った。
「うむ、契約じゃな! よかろう、魔力の契約、結ばん!」
「ちげえよ。普通の約束だよ。なんでいちいちファンタジーに変換すんだ」
「よきかな、では約束の印を交わそう。指切りじゃ!」
「その文化知ってるんかい」
二人で指を絡めると、フィーネはうれしそうに笑った。
その後、店内で「失敗したけど頑張ったエルフ」だと妙な評判が立ち、フィーネのバイトはなんとなく許容された。もちろん、ちゃんと裏で俺がついてる条件付きで、だけど。
帰り道。
「だいち」
「ん?」
「今日は……楽しかった。怒られたけど、でも嬉しかった。なんというか、誰かと一緒に働くって、こういうことなんじゃなって」
「そっか。……お前、わりと素直だな」
「余は正直なエルフぞ! 嘘はつかぬ!」
「なら最初から、俺にちゃんと頼ればよかったのに」
フィーネは少し頬を膨らませた。
「それは……その、余のプライドが……」
「……ポンコツなプライドだな」
「むー! おぬし、今度は氷の矢を喰らいたいのか!」
「やめてくれ、絶対スプリンクラー鳴るから」
二人、いつものアパートの前で顔を見合わせて、つい笑ってしまった。
まだまだ、フィーネの人間界修行は始まったばかりだ。
ポンコツで、トラブルメーカーで、でも誰よりまっすぐなエルフと過ごす日々。
たぶん――少しずつ、俺の人生が動き始めてる。