この世界の常識は、ちょっと難しい(後編)
バイト先の裏口に立っていたのは、制服姿のフィーネだった。
「うむ、これが戦闘服か。なかなか動きやすいではないか!」
セーラータイプのコンビニ制服が、妙にしっくりきてしまっているのが悔しい。いや、そうじゃなくて。
「なにしてんだお前!」
「む? 店長殿に頼まれたのじゃ。だいちが眠っておる間、おぬしが代わりに働けとな」
「アホか! バイトはそういうシステムじゃない!」
叫んでる俺の横で、店長が缶コーヒー片手にニヤついていた。
「いやー、いいじゃん別に。面白そうだし。俺も最初見たときコスプレかと思ったんだけどよ、愛嬌あるし、いけるって」
「いけないからな? いろいろ無理あるからな?」
「大地。俺、ルールとか嫌いなんだよな。フィーちゃん、レジのピッピってできる?」
「ピッピ?」
フィーネは謎の自信をみなぎらせて言った。
「任せるがよい! ピッと鳴らせばよいのじゃな!」
そのあと、彼女は本当にバーコード読み取り機を杖のように構え、「開門!」とか叫びながらレジの前で構えていた。接客じゃなくて詠唱だった。
俺はもう、頭を抱えるしかなかった。
「お客様が、供物を持参されたぞ! 祭壇に並べよ!」
「それレジ台な!」
「おお……この呪具、ピッと鳴るぞ! 成功したか!? 我、やったのか!?」
客の前でガッツポーズを取るな。
そんな調子で、フィーネの、はじめての接客は終始ドタバタだったが……意外な展開が起きた。
深夜、親に連れられて来た子供がフィーネを見て目を輝かせたのだ。
「ママ、あのお姫さま、ほんとにエルフみたい!」
「……!」
フィーネがはっとして、その子に微笑む。耳を指して、そっとウィンク。
「うむ、秘密じゃぞ。これは余とそなたの契約じゃ」
「わーっ! 本物だー!」
満面の笑みで喜ぶ子供の姿に、なぜか店長もほっこりしていた。俺も……ちょっとだけ、微笑んでしまった。
そして帰り道。
「楽しかったのう。人間界にも、こうして、人と触れ合う儀式があるのじゃな」
「バイトっていうんだよ、それ」
「なんにせよ……余は、ほんの少しだけ、この世界が好きになったぞ」
フィーネは夜空を見上げながら、ふんわりと笑った。
俺はその横顔を、ほんの一瞬だけ、まぶしく思った。
これは異世界から来たエルフと、無気力大学生の、とある出会いから始まる物語。
まだ何も始まっちゃいない。けど、たぶん――もう、始まってる。