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この世界の常識は、ちょっと難しい(前編)

 朝――というより昼前。


 俺がバイト明けでようやく布団に潜り込んだ頃、部屋の隅から謎の呪文が聞こえてきた。


「我、神々に供物を捧げん――南の島の黄金の実よ、その恵み、余に与えたまえ!」


 起き抜けに聞くセリフじゃない。


 顔をしかめながら布団から這い出すと、そこには真剣な表情でバナナに祝詞を捧げるフィーネの姿があった。しかも、床に正座し、両手を掲げ、目を閉じている。


 神聖すぎて突っ込めない。


「……お前なにやってんの」


「見てわからぬか? 供物の儀式じゃ!」


 見れば、コンビニのレジ袋がテーブルに置かれており、中には昨日の廃棄バナナが二本。


 あー……夜勤明けで、店長に「持ってけ」って押しつけられたやつだ。


「いや、それ俺が食うつもりで持ち帰ったんだけど……」


「む、そうであったか。だが、これは既に、契約の果実として神々に捧げてしまったゆえ、貴様は今日一日加護を受けられるぞ!」


「いらんわ、そんな加護」


 俺はバナナを一本取り、皮をむいて口に運んだ。


 うん、甘い。普通にうまい。だが、何かを侵した気がして、ちょっと背徳感があるのはなぜだ。


「むう……人間界の供物は、意外とうまいのう」


「お前も食うんかい」


 それからもフィーネの魔法的解釈は止まらなかった。


 シャワーを、水の祝福の儀と称して全裸で浴室を占拠し、歯磨きを、錬金の秘技と呼びながら歯ブラシに魔力を込めようとして泡まみれに。


 スマホに至っては――


「わっ、わっ!? な、なんじゃこれは!?」


 彼女の絶叫が上がったとき、俺はレンジで朝飯を温めていた。


 慌てて振り向くと、フィーネがスマホを手に持ち、震えていた。


「この箱……我の姿を写して、呪いをかけおった!」


「いや、ただの自撮りだ。カメラ機能な。インカメラ」


「い、インカメラ……? 悪霊の名前か……?」


「誰が悪霊だって?」


 俺はスマホを受け取り、画面をスワイプして見せた。カメラ、通話、メッセージ、天気アプリ――ありふれた現代の機能たち。


「これ、人間界の魔道具じゃなくて、スマホっていう文明の産物だから。現代人はこれで全部済ませてんの。情報収集、連絡、写真、買い物、ゲーム……ま、命より大事ってやつもいる」


「……ははぁ~ん」


 フィーネが頷いた。めちゃくちゃ納得顔で言う。


「つまりこれは、魂の書のようなものじゃな!」


「いや、たぶん違う」


「この箱に人間の命が宿っておるのじゃな……! だから貴様、いつも画面をにらんでおったのか!」


「そんなホラーな理由じゃない」


 ああもう、ツッコミが追いつかねぇ。


 昨日までの静かな生活が、遠い過去のようだ。騒がしい。けど、変な話、ちょっとだけ楽しい。


 だが――平和なボケとツッコミは、ここで終わる。


 その日の午後、俺のスマホに、店長から一通のメッセージが届いた。


『おい大地、昨日の夜、裏口で変な子拾ったろ? 今日、その子、夜勤代わりに入れ』


 は?


 え?


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